カミングアウトは突然に。する側の準備、される側の無防備。ーPlus-handicap Session #7レポートー

「実は僕、ゲイなんですよ」
「あまり知られてないかもなんですが、◯◯という難病で」
「私、もうそんなに長くないんですよね。余命。」
 

Plus-handicapでイベントを開催すると、その前後でしばしばカミングアウトされることがある。「生きづらさ」をテーマにしていることもあって、自己紹介がカミングアウト的なものとなるのはしょうがない。ただ、3年ほど前のイベント後の「ゲイ→難病→余命期間」というカミングアウトのラッシュには、だいぶ精神力が削られ、ヘロヘロの帰り道だったことは今でも思い出される。
 

20160815①
 

とはいえ、イベント後に毎回のようにカミングアウトされることに慣れてくると、その対応への魔法の言葉の存在に気づく。「へぇーマジっすか!」あるいは「え?ホントですか?」である。
 

ドヤ顔でカミングアウトされた場合は前者、深刻そうにされた場合は後者。そんな判断軸で対応していた時期があった。さすがに今は真摯に聞くことができるようになったが、これは慣れである。
 

「実は僕、ゲイなんですよ」
「へぇーマジっすか!」
「あまり知られてないかもなんですが、◯◯という難病で」
「え?ホントですか?」
 

コミュニケーションのマニュアル化。カミングアウトする側の勇気とか不安感とか考えているの?とツッコまれそうだが、ひとつひとつの言葉に過剰に反応し、じっくりと受け止めようとするとどれだけの疲労感が残るのか。「カミングアウトされる側」の精神状態へ少しだけ視野を広げて、考えてみてほしい。
 

カミングアウトは「する側」は準備ができる。本人の心の葛藤やゆらぎ、不安感。そして伝えることへのリスク。それらを自分の中でクリアしたタイミングで「する側」はカミングアウトへと動き出す。しかし「される側」はほぼ準備期間ナシの無防備。受け答え次第では事故を起こし、自身の評判にさえ影響を及ぼす。カミングアウトは突然に、なのである。
 

20160815②
 

私の友人が先日、10数年来の友人にゲイだとカミングアウトされたらしい。なんとなくゲイかもしれないと思っていたそうだが、なぜ今なのか、別に言われなくても関係性は変わらなかったのにと、どこか悶々とした顔を浮かべていた。
 

カミングアウトへの否定的な見解を述べるつもりは一切ない。心の奥底に秘密を抱え込んだままの状態はしんどい。信頼関係を築くための大切な一歩であり、カミングアウトしようという意思、いざという場面での勇気を思うと、自分が同じ状況ならば踏み出すことができるのかと悩む。「する側」の決断は尊い。
 

その一方、「する側」に葛藤があるように「された側」にはモヤモヤが残る。今まで言い出せなかったことを伝えた/受け取ったのだから、相手の心に何かが引っかかるのは当然といえば当然。「する側」が相手の精神状態まで慮ることができるのか、相手視点に立てなくてはカミングアウトしてはダメなのか。もちろんダメではない。ただ、この事実を知っているか否かで、その後の人間関係の円滑さが変わるのではないかと思う。
 

Plus-handicap Session #7の一コマ。

Plus-handicap Session #7の一コマ。


 

Plus-handicapでは10月11日のカミングアウトデーを前に「カミングアウト」について考えるイベントを9月3日に開催。カミングアウトを支援するNPO法人バブリングの代表網谷勇気さんに進行役をお任せし、セクシャルマイノリティ、希少疾患、障害児をもつ父という属性の方々にパネラーを務めていただいた。
 

「カミングアウトは、言えなかったことを打ちあけて新たな関係を築くことで、自分らしく生きていくための手段」
 

網谷さん率いるバブリングさんのカミングアウトの定義だが、新たな関係を築こう、自分らしく生きようというのは相手の立場であって、そんなことを何も考えていない、ぼやっと生きている中でカミングアウトされたら、私はどうすればいいのだろうということを考えながら、イベントで繰り広げられる話を聞いていた。
 

家族に対してのカミングアウトが一番難しい。その言葉が印象に残ったが、たしかに自分の息子からゲイだ、難病だ、余命いくばくだと言われたら、その状況を思い浮かべ、感情がかき乱されるだろうなというのは想像に難くない。ただ、なんとなく気づいていたとか、事実が明らかになって良かったとか、安堵する気持ちが涌き立つかもしれないと感じる。
 

人間関係の構築というより、事実関係の確認という捉え方のほうが個人的にはスッと入ってくる。これは「される側」の立場を務めることが断然多いからだろう。
 

20160903
 

「へえーマジっすか!」「え?ホントですか?」というような反応をすると、軽いだとか、ちゃんと話を聞いてほしいだとか言われるのだが、その反面、どこまで聞けばいいのかと悩む。ここまでの半生、カミングアウトを決断した理由、今の気持ち、それらすべてを聞けばいいのだろうか。
 

事実は受け止められても、感情面すべてまでは抱えきれない。応えられない。そもそも多くのひとにとってカミングアウトの場面は慣れているわけではない。慣れ方、受け止め方、言われたことを抱え込まずに済む方法。そういった手法は、可能ならば知りたい。
 

好きだった相手に振られると、相手のことを嫌いになろうとするのは自己防衛の一環。これは最近夢中になった『ドメスティックな彼女』に出てきたセリフだが、カミングアウトされたときに無関心であるように振る舞い、対応することは、心がかき乱されないように自分を守る、自己防衛の一環であると考えている。無防備な心に突然、豪速球が投げ込まれるかもしれないのだから、守る術を持っておかないとケガをする。
 

ゲイだ、難病だ、余命いくばくだというのはその本人が抱える事実。カミングアウトは事実関係の告知と確認。個人的にはこう定義できるようになったとき、必要以上に相手のことを抱え込まずに済むようになった。きっと自分の精神状態を調整しやすく、また不必要に深刻に捉えずに済むのだろう。
 

ひとは言い出せないことをいくつか抱えているもの。それが何であろうと、抱えているという状態だけは平等なのではないだろうか。
 

(Plus-handicap 編集長 佐々木一成)
 

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