技術革新によって障害者が障害者じゃなくなる日。例えば、攻殻機動隊の世界が現実になったら。

原作が発表されて25年。今もファンを魅きつけて止まない「攻殻機動隊」という作品があります。「かくいう私」も大ファンなのですが、そこに描かれている世界が現実のものになったとしたら、障害者が障害者じゃなくなる、むしろ強者にもなり得る。そんな日が来るのかもしれません。
 

 

攻殻機動隊は、生身の人間、電脳化した人間、サイボーグ、アンドロイドなどが混在する社会の中で、テロや暗殺、汚職などの犯罪を事前に察知し、その被害を最小限に防ぐ「公安9課」(通称「攻殻機動隊」)の活動を描いた物語。主人公の草薙素子は全身を義体化したサイボーグです。
 

アニメの第一話は草薙が高層ビルから飛び降り、着地するシーンから始まります。作品内の社会は技術が格段に進歩しており(作品内では2029年〜)、自らの性能を向上させるために義足、義手、人工臓器などを選択することが普通のことになっています。戦闘能力を向上させるための技術活用が多く描かれますが、高速で走る、高所から飛び降りる、敵を遠くに蹴飛ばすといったことが可能な義足、射撃やタイピングのスピードを向上させる義手などが登場します。
 

本作世界におけるサイボーグ技術。義手、義足、人工臓器の概念を全身に拡張、草薙のように、脳と基幹神経系だけを残してほぼ全身を人工物に置換したり(完全義体化)、逆に電脳化を行わず肉体だけ義体化することも可能。生身の人間を越える運動能力を持つサイボーグは「戦闘サイボーグ」と呼ばれており、専用ソフトウェアによる格闘・射撃などの能力強化も行われている。そのため負傷や障害が無い健康体にも関わらず、そうした特殊能力を求めて義体化を行う者も多い。(「攻殻機動隊_技術_義体化」wikipedeiaより)

 

また、人間の脳とコンピューターネットワークの回線を直接接続する技術が確立されているため、脳そのものを機械に変えることで、無線・有線通信や情報の視覚化などが脳内で変換できるようになります。言わば、テレパシーにも似た状況でコミュニケーションが図れます。先述の高性能の義足や義手は、この機械化された脳によって性能をコントロール。人間自体がシステム管理された個体として扱われています。
 

「SFでしょ、作り物の世界じゃないですか」というツッコミはごもっともですが、昨年秋にはNTTドコモベンチャーズが攻殻機動隊の技術を実現化しようという「攻殻機動隊REALIZE PROJECT」を実施するなど、フィクションを現実化させるべく、プロジェクトが立ち上がるほどのインパクトを攻殻機動隊は有しています。
 

 

義足や義手は、身体障害者が身につけるもの。義足や義手を履いている人は身体障害者です。しかし、攻殻機動隊の世界では、自身の性能を高めるために、義足や義手に付け替えます。今の前提条件から考えれば、健常者が選択し、身体障害者になるのです。「速く走れるように足を切断して、義足にしてくるわ〜」と言って、医療機関に行くような社会です。
 

2014年12月に為末大さんが「パラリンピアンがオリンピックに出ることに賛成ですか」という記事をハフィントンポストに掲載しています。2012年のロンドンオリンピックでオスカー・ピストリウス選手というパラリンピアン(パラリンピック選手)が男子4×400mリレーに出場しました。両足に義足を履いたランナーがオリンピックに出ることは初のこと。しかし、「ピストリウス選手の義足が競技に有利に働いている可能性がある」という議論が渦巻きました。昨年、ドイツの片足義足の走り幅跳び選手が、ロンドンオリンピック銀メダルに当たる記録でドイツ選手権を優勝したことを受け、いよいよこの議論が再燃しています。
 

実は義足はカーボン素材でできています。使いこなすのはとても難しいですが、反発力は人間の足よりもはるかに大きいのです。さらに今後開発が進めば、もっと優れた製品ができる可能性もあります。このままでは、2020年はパラリンピアンの方が遠くに跳んでいるのは間違いなさそうです。(2014年12月4日ハフィントンポスト「パラリンピアンがオリンピックに出ることに賛成ですか」

 

人間の脳がインターネットと直接つながることができるようになると、耳が聞こえない、話すことができないといったコミュニケーション面での障害を抱える身体障害者にとっては、非常に便利なことになるでしょう。例えば、インターネットが発達し、チャットでコミュニケーションを交わすことができるようになったことは、その第一歩かもしれません。脳内で情報が視覚化されるようになれば、見えないことは障害だと言い切ることはできず、また、義眼によって、今の人間が有し得ない熱感値などができるようになれば、そもそもの視覚障害の概念も崩れていくでしょう。
 

Plus-handicapでは、定期的にライターの堀が「障害者の生活を便利にするアイテム」の紹介を行っていますが、先日掲載した「2015年新春、独断で選んだ注目の障害者便利アイテム10選」の中で紹介された、会話をリアルタイムでスマートフォンの画面上に文字化するアプリ「Transcense」は、上記の流れを汲んでいるもののように感じます。先日デンマークで発表された、視覚障害者と目の見えるボランティア希望者を取り持ち、ビデオチャットで生活をサポートできるアプリ「Be My Eyes」など、ツールをいかに活用するかで、障害が改善されていく時代になってきています。
 

 

脳の機械化が進む社会となれば、身体の障害だけでなく、知的障害や発達障害を解消する、あるいは活用する手段が模索されることは予測できます。先日、私が書いたブック(アニメ)レビュー「アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』ーシステム管理された社会になれば生きづらさはなくなるのかー」にある、人間の心理状態や性格的傾向を計測し、数値化できる社会は、精神障害に対する解決策や予防策を講じる一助となるかもしれません。
 

アメリカのジェームズ・W・ヤングは、1940年に出した著書『アイデアのつくり方』の中で、「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」と書いています。その言葉を借りるなら、SFの世界は、過去に生まれてきた技術やツール、概念などを組み合わせて、未来を描いているとも言えます。攻殻機動隊の世界は、実際に生まれてきている技術やツールを見ても、あながち絵空事ではありません。
 

技術革新が進み、障害が障害じゃなくなる、今の障害者が使っているものが健常者の性能向上につながる、そんな社会になったとき、健常者と障害者の境目は失われるのかもしれません。障害者が抱きやすい劣等感は技術が解決してくれる。そしてそれはめちゃくちゃ遠い未来ではないのかもしれません。
 

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この記事を書いた人

佐々木 一成

1985年福岡市生まれ。生まれつき両足と右手に障害がある。障害者でありながら、健常者の世界でずっと生きてきた経験を生かし、「健常者の世界と障害者の世界を翻訳する」ことがミッション。過去は水泳でパラリンピックを目指し、今はシッティングバレーで目指している。障害者目線からの障害者雇用支援、障害者アスリート目線からの障害者スポーツ広報活動に力を入れるなど、当事者を意識した活動を行っている。2013年3月、Plus-handicapを立ち上げ、精力的に取材を行うなど、生きづらさの研究に余念がない。