初めて買った杖があまりに可愛くなくて絶句しました

私は大学4年生のときに交通事故に遭って以来、杖を使う生活が始まりました。
 

神経系の損傷というのは、一昔前では癌同様本人には告知をしない傾向があったそうです。私の場合、事故当初、けがの状態は教えてもらえましたが、「私歩けるようになるんですか?」という問いに対しては、医師からは「神経系の損傷は、個人差が激しいので何とも言えません。がんばりましょう。」としか返ってきませんでした。
 

それでも歩けるようになると信じて疑わなかった私は(というより、よく状況を飲み込めていなかった感もありますが)リハビリをがんばりました。あの病棟で、私と相方さんが一番長くリハビリ室にいた自信があります。
 

Knock on the door
 

杖デビュー!「え?これしかないんですか?」

 

事故から2か月ほど経った頃でしょうか。担当の理学療法士さん(リハビリの先生)からカタログを渡されました。
 

「ふゆちゃん、そろそろ杖の練習が始められそうだよ。どれがいい?」
 

そう言って開いたカタログに載っていたのは、ロフストランドクラッチという杖。色は赤・青・黒の3色。
 

「え?これだけですか?」
 

思わず私はそう口にしていました。どれがいい?と聞かれたものの、選べるのは3色の中からどれがいいかということだけ。しかもその選べる色というのも、なんとも微妙で(真っ赤!真っ青!という感じで、全然自分のファッションには合いません)、仕方なく、一番無難にと、黒を選びました。
 

※余談ですが、このとき「え、杖買うんですか?借りるんじゃだめなんですか?」と聞いた私。退院後もずっと杖を使うようになるなんて、まだ思っていなかったようです。
 

はじめて自分で買った杖。「こんなのしかなくてすみません。」

 

約100日の入院生活も無事に終わり、日常生活へと戻った私。退院して卒論を書いて卒業した後は、就職が決まっていた東京で新居を探して、引っ越してと、あっという間に社会人生活が始まりました。
 

それまで1日2~3時間の外出がせいぜいだったのに、週5日で会社に通うということは身体的にとっても大変で、水曜日くらいから栄養ドリンクを飲んでなんとかしのぐ生活。それでもだいぶ慣れてきた、社会人1年目の秋のことでした。
 

金曜の夜、仕事も終わりさぁ帰ろうと思ったら、なんと、使っていたロフストランドクラッチが折れていたのです。突然のことに驚きましたが、杖がないと帰ることもできない。とにかく杖を買わなくちゃ!しかし、自分の人生のなかで、街で杖を見かけたことがなかった(というより、目に入っていなかった)私は、杖がどこに売っているのかわかりませんでした。
 

帰ろうと思って閉じたPCをもう一度開いて、「東京 杖 購入」などでgoogle先生に質問。少し調べていくと、渋谷の某百貨店の介護用品売り場で杖が買えるということがわかりました。まだ帰宅前だった先輩が付き添ってくれて、なんとか杖売場にたどり着いた私は、20~30本くらい並べられている杖たちを見て、思わず絶句。そのすべてが、一言でいうと「超ださい」。
 

チェックはチェックでも、どうしてこんなチェックになっちゃうの?
せめて真っ黒にしてくれればいいのに、どうして持ち手だけ木目なの?
この花柄の色使いはないでしょう!
 

その心の声を察してくれたのか、案内をしてくれた若い男性の店員さんが私に言ったセリフが「こんなのしかなくてすみません。」
 

杖①
 

店員さんが謝っちゃっていました。私ももう笑うしかありません。それでも杖がないと歩くことができない私は、結局そのなかで一番「マシかな」と思った、黒の微妙なチェック×持ち手が木目の杖を買いました。
 

おじさん杖を使っての生活。「お出かけしたくない」

 

さてこうして微妙な黒チェック×木目の”おじさん”なT字杖での生活がはじまったのですが、悲しいのは週末の服選びでした。
 

「そうだ!先週買った新しいワンピ着てこ~」
「靴はこれにして、バッグは、うーんこっちかな!」
 

鏡の前で今日はどんなファッションにしようと悩む時間は、女性にとって楽しい時間です。じゃあ今日はこんなコーデに決まり!と杖を持つと、超微妙な黒チェックと木目です。
 

たとえばピンク系タイダイ柄のエスニック風ワンピを着ていて、サンダルと麦わら帽子を選んだ時。にこちゃんマークのTシャツにデニムショーパン、ムートンブーツを選んだ時。どこをどうやっても、このおじさん杖は合わないわけです。お出かけ直前になってのこの絶望感。さっきまでのデートのワクワクなんて綺麗に消え去っています。
 

「杖が合わない。こんなんじゃ外に出たくない。」
 

そう言って鏡の前で泣いたことは数知れず。歩くことを助けるための杖が、「外に出たくない」とさせてしまう。なんとも本末転倒なお話です。
 

可愛くしているつもりだったけれど。「そんなのしかないんですね」

 

それでも交通事故に遭ってから、「生きているって、それだけで奇跡なんだ!」「このいのちをめいっぱい楽しもう!」と思うようになっていた私は、歩けるだけラッキーと、基本、明るく楽しく生活をしていました。あのダサ杖も、キーホルダーやシュシュをつけて、少しでも可愛くなるよう工夫をして。しかしそんな私の気持ちは、ある一言で見事に打ち砕かれました。
 

その日、私はとある交流会に出席していました。会の終了後、参加者のひとりと雑談をしていたときに、その方が私の杖を手に取って言いました。
 

「わぁ、やっぱり杖ってこんなのしかないんですね。かわいそう。」
 

シュシュやキーホルダーつけて、少しでも可愛い杖にしていると思っていた気持ちを全否定する言葉です。こんなちっぽけなもので飾ってもどうにもならない。結局「かわいそう」と見られてしまうんだ…と悲しくなり、返す言葉にとまどっていると、そこに同席していた友人が言いました。
 

「それこそ、ふゆこさんのやるべき役割なんじゃないですか?」
 

オリジナルの杖を作るようになって。「可愛い杖!どこで買ったんですか?」

 

友人のその一言から、杖を可愛くするにはどうしたらいいだろう?どんな杖がほしいかな?どんな杖だったらもっと毎日を楽しく過ごせるかな?と私は模索をしはじめました。
 

手始めに、微妙なチェックをそぎ落とし、真っ黒にしてラインストーンデコもしました。
「ちょっと、可愛いかも。」
 

次は、木目の部分をピンクの花柄にしました。
「これ、結構いいかも!」
 

1本可愛い杖が手に入ると、次はもっと明るい色も欲しいな、今度あの服に合わせられる杖がほしいなと、どんどん杖作りが楽しくなりました。行く先々で「その杖可愛いですね!」と言われるようになり、週末、鏡の前で泣き出すことはなくなりました。
 

杖②
 

歩きたくなる杖で、毎日をめいっぱい楽しもう!

 

いま、私はオリジナルの杖を制作・販売しています。それはここで書いた、自分の経験があるから。
 

オシャレな杖を手に入れたことによって、ファッションが楽しくなりました。ファッションが楽しめるようになって、外に出るのが楽しくなりました。自信をもって人に会えるようになりました。外に出ること、人に会うことが楽しくなると、人生の可能性は一気に広がります。
 

お友達に会いに行くのもいい。好きな絵を見に行くのもいい。ただ外の空気を吸い、空を見上げるだけでもいい。身体の健康は大切です。しかし、どんなに機能が優れていても、外に出たくなくなる杖じゃあ意味がない。心が健康になるような「お出かけしたくなる杖」を私は作り続けたいと、今は感じています。
 

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この記事を書いた人

楓友子

21歳のときに交通事故に遭い、脊腰椎骨折、大腸破裂などの重傷を負い、杖が必要な生活となる。市販の高齢者向けの地味な杖を使うのが嫌で、2011年9月、24歳で独自ブランド「Knock on the DOOR」を立ち上げ、自身で装飾をした杖のインターネット販売を始めた。自分が嫌いで死にたいと思っていたが、事故を通じ「生きてるって奇跡なんだ」と知り、いのちへの考え方が180度転換。日本で唯一のステッキアーティストとして活動するかたわら、「生きるをもっと楽しもう」というメッセージを伝える活動も行っている。