子どもの夢の応援が大人の学びにつながる。児童養護施設出身者の夢を応援する「カナエール」が大人に投げかける問い。

全国に600ヶ所弱、約3万人の子どもたちが生活する児童養護施設。施設に預けられる理由は親からの虐待や育児放棄、経済的理由や死別など様々ですが、親を頼ることができないという点は共通しています。高校を卒業する18歳の春には児童養護施設を退所しなくてはならず、自分の力での生活を余儀なくされる子どもたち。大学や専門学校への進学率が2割ほどという数字に表される進学の難しさは、その後のキャリア形成にも影響を与えます。
 

過去の家庭環境もタフであり、自身の未来設計にも困難が付きまとう。そんな児童養護施設出身の子どもが自身の夢をスピーチすることで奨学金を得られるプログラムが「カナエール」です。3人のボランティアとともに120日の時間をかけてスピーチを作り上げていきます。
 

今回は、ボランティアへの指導を通じ、子どもたちのスピーチ作りをサポートしている鵜川さんに「カナエール」に参加する子ども、関わる大人という2つの登場人物について、お話を伺いました。
 

カナエール20150112①
 

大人と子どもではない、人間と人間のぶつかり合い。

 

カナエールはスピーチコンテスト。自身の夢をスピーチするために、サポートする3人の大人(エンパワ)とともに原稿を練り上げていきます。エンパワはメンター・マネージャー・クリエイターという役割を担い、計4人のチームで120日間の準備期間を経て、コンテストの舞台に立ちます。
 

カナエールに関わろうとする大人たちは、子どもの夢を応援したいという想いを持っている熱いひとだったり、キャリアカウンセラーの資格を持って自信があったりと、様々な背景があるけれど、最初は全然うまくいかないんですよね。それこそ、子どもの方が上手(うわて)かもしれない。テクニックとか技術とか年齢とかじゃなくて、人間と人間のぶつかり合いがカナエールですね。

 

120日間という長い期間には、初顔合わせの初日もあれば、意見がすれ違う日もあります。お互いの空気感が掴めるようになった頃にはコンテストが目の前ということも。「夢を語る」・「奨学金を得る」という子どもの役割と、「意欲を継続させる」・「発表を完成させる」という大人の役割。それぞれの役割を果たせるように、チームづくりも含めて、時間は流れていきます。
 

夢をスピーチするといっても、そこはやっぱり等身大の子ども。時間に遅れることもあったり、やる気を見せてくれなかったり、いろいろあります。大人の場合、やる気がないから仕事しないとか通用しないけど、大人の論理で語っても納得はしてくれません。大切なのは、とことん話し合って、お互いをさらけ出していくこと。厳しい環境で育ってきているぶん、大人を見る目がシビアなのかもしれないですね。

 

記事を書いている私自身、カナエールのマネージャー経験者ですが、応援したいという気持ちだけでは通用せず、子どもに感謝されたい、好かれたいというような気持ちは見透かされ、信頼を損ねます。どんな仕事をしていようが、キャリアを歩んでいようが、彼らにはまったく関係ありません。カナエールの舞台に立つ子どもたちの目は、大人ひとりひとりの、そもそもの魅力に注がれている気がします。肩書きなくお前は勝負できるのか?カナエールは社会人として価値を問われる時間なのかもしれません。
 

カナエール20150112②
 

子どもたちに夢を語らせるのであれば、まずは自分の夢から話さないと。

 

カナエールに参加するためには、書類審査や面接を経て、カナエルンジャー(コンテスト登壇候補者)として選出されることが第一歩となります。書面や面接での受け答えで、一度は夢を公言しているからといって、エンパワに簡単に自分の夢を開示してくれるわけではありません。
 

お互いの自己開示が必要ですよね。自分のことを話さないのにあなたの夢を教えてくださいと言われても、普通は簡単には話さない。大げさな言い方かもしれないけど、子どもの夢を応援するための活動をしながら、実は自分自身と向き合う時間だったりする。120日間という時間は濃密で、自分自身が生きているという実感だったり、今後どうやって生きていこうかと考える体験だったりが目まぐるしく起こる。日常的な業務をこなしているだけでは忘れていた感情の揺らぎが起こるんですよ。

 

子どもの夢と向き合うという時間の中で、自分自身に夢や目標がなければ、相手へ投げかける言葉のひとつひとつに説得力をもつことはなかなかできません。自分自身を語る言葉を持っていない大人が、子どもに対して自分の夢や目標を語らせようとするのは、難しい注文です。カナエールは子どもの夢を応援するプログラムですが、大人側にとっては自分自身を見つめ直す時間になるのかもしれません。
 

夢ってふわふわしてるもので、現実離れしてるもの。現実を見ろというのは大切なことだけど、カナエールはそうしたくない。チームビルディングも兼ねた、カナエールの最初のワークで、夢の原点と実現へのプロセスとその先の未来を描くワークをやるんだけど、これはエンパワもルンジャー(カナエルンジャーの略)も同じことをやる。すると、ルンジャーはさらさら書けるのに、エンパワの手がパタッと止まるとかある。自分の心の奥の何かに気づいていく時間なのかもしれません。

 

カナエール20150112③
 

ルンジャーは「意欲」と「資金」を手にする。じゃあ、エンパワは?

 

コンテストへの出場可否を判定される事前発表会を経て、カナエールは本番を迎えます。昨年の東京会場でいえば、約600人を前に夢を高らかに発表。本番のステージを終えれば、奨学金を得る資格を受け取ることができます。ルンジャーは発表を終え、達成感とともに、夢に向かって頑張ろう!という意欲まで高まってきますが、エンパワは燃え尽き、もぬけの殻になってしまうなんてことも。
 

子どもたちのスピーチを作るための時間はすごくレアなもので、関わる大人たちにとっては、今後の生き方に影響を与えるような気づきも得られます。ただ、カナエールは祭りのようなもの。本番を終えると気づきが気づきのままで終わちゃったりする。これはエンパワにとってもったいないなあと思っていました。もちろん、やりきったと言って終えることも大事だと思います。

 

カナエール2015はちょうど今、エンパワの募集中。鵜川さんの悲願だった、エンパワのせっかくの気づきを気づきだけに留まらせないための仕掛けも今年からスタートします。
 

カナエール20150112④
 

自分自身がどうなりたいか、どうありたいかに向き合っていく時間だったり、成果を作り上げるためにどうやってチームをつくっていくか、コミュニケーションを取っていくかだったり。スキル的なことをからめて学んでいくSELP(Self Leadership Program)をスタートします。学びの実践の場がカナエールになりますが、あくまでも中心はカナエールであり、子どもと本気で向き合うことが第一。カナエールが気づきの場、SELPが学びの場。両輪をうまく回していき、最終的には自分の未来につなげていってほしいなと思っています。

 

SELPは自分自身を磨くための研修プログラム。15万という費用のほとんどがカナエールの運営費になります。子どもたちの自立を支援する一助になる自分自身の学びの対価が、子どもたちの自立を支援する資金にもつながる。社会貢献や自立支援という分野において、新しい経済循環のカタチかもしれません。
 

カナエール20150112⑤
 

ルンジャーとエンパワは、大きな括りで考えれば、当事者と支援者という2つに大別できます。カナエールというプログラムの性質上、当事者はシビアな目で支援者を判別します。ルンジャーは自分自身の未来がかかっている分、好き嫌いというような感情的な目ではなく、実利的な部分に偏ることも仕方がないかもしれません。そのとき、支援者側に投げかけられるものは「その人のそもそもの魅力」です。自己開示できるのか、自分の未来を考えるために心を委ねていいのか。様々な背景を持つ10代の子どもの心模様は、普通の大人が窺い知れるものではないでしょう。
 

支援者側が存在価値を賭けて、本気で取り組むカナエール。エンパワが学び取れるものの大きさも然ることながら、当事者と支援者の関係性を考える上でも、興味深いプログラムと言えるかもしれません。
 

カナエールホームページ:http://www.canayell.jp/

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この記事を書いた人

佐々木 一成

1985年福岡市生まれ。生まれつき両足と右手に障害がある。障害者でありながら、健常者の世界でずっと生きてきた経験を生かし、「健常者の世界と障害者の世界を翻訳する」ことがミッション。過去は水泳でパラリンピックを目指し、今はシッティングバレーで目指している。障害者目線からの障害者雇用支援、障害者アスリート目線からの障害者スポーツ広報活動に力を入れるなど、当事者を意識した活動を行っている。2013年3月、Plus-handicapを立ち上げ、精力的に取材を行うなど、生きづらさの研究に余念がない。