誇張よりリアルを。箱根駅伝の実況と障害者報道に求められるもの。

お正月の風物詩、箱根駅伝が終わりました。
 

私は1月1日からインフルエンザでぶっ倒れていたわけですが、なぜか1月2日の7時半ごろになると勝手に目が覚めてチャンネルを4に合わせていました。
 

さすがにずっと見入っているのはしんどいので、横になりながら、ぼんやり画面を見つめ実況を聞いていたのですが、インフルエンザの体調にはアナウンサーの絶叫は騒音でしかありません。以前から批判の声はあったと思いますが、改めて日テレの駅伝実況のセンスのなさを感じました。復路で前と10秒差くらいでタスキをもらった選手が1Km地点くらいで前の選手に追いつく瞬間を「今!今!追いつきます!」と実況が叫んでいたときに、流石にムカついて音声を消しました。駅伝では10秒くらいの差であれば少し速いペースで入ってでも前に追いつくなんてことはよくあることです。
 

駅伝はサッカーなどと違って、一瞬で勝負が決まるというものではありません。そのため、ただ映像を流すだけでは単調になってしまう可能性があることは確かです。だからといって、小さなことを絶叫してあたかも大事であるかのように誇張する報道姿勢には疑問が残ります。と同時に、とりあえず絶叫して視聴者に強制的に感動させる手法は、社会的弱者をお涙ちょうだいで紹介するメディアの姿勢とも重なりました。
 

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日本テレビと言えば24時間TVでお涙ちょうだい作戦を展開することで有名ですが、その根性が箱根駅伝の中継でも出ている気がしてなりません。
 

私は箱根駅伝を見て感動するし、24時間TVで感動することもあります。しかし、決して絶叫するアナウンサーの声を聞いて感動しているわけでもなければ、障害者が歌って踊っている姿に感動しているわけでもありません。自分の目標に向かってひたむきに頑張っている選手や個人の姿を見て、その背景を勝手に想像して、時には自分に重ねて感動しているのです。
 

そういった感動に必要なのは小さなことを誇張して絶叫するアナウンサーではありません。アナウンサーに求めるとしたら、事前の取材に基づいた選手のエピソードや気持ちだけで十分です。それは、社会的弱者を紹介するときも同じです。「こんなに大変なんです」「こんなに困っています」という誇張した内容ではなく、当事者自身の声であり、リアルです。
 

箱根駅伝のアナウンサーが十分に事前の取材をしているかと言えば、必ずしもそうとは思えない場面も多いのが事実です。紹介する内容は出身地と出身高校や高校時代の実績、箱根駅伝への抱負くらいです。しかし、その情報すら間違っていることもあります。今年の箱根駅伝では高校時代に世界クロスカントリー選手権に出場した選手の実績を「クロスカントリースキーの代表」と言っていたり、「昨年5区を走った服部翔大さんの武蔵越生高校の後輩」と言っていたり(武蔵越生高校は設楽兄弟の母校で服部選手は埼玉栄出身)、揚句は「中央学院大学の過去最高は5位」と言っていた場面もありました(本当は3位)。もちろん、言い間違えもあるかもしれませんが、マスメディアなら言い間違えたら訂正するのが筋ではないでしょうか。これだけ不勉強な人たちから「感動するでしょ!」とやられても、むしろ不信感しか募りません。
 

私の知り合いの、かつて箱根駅伝で区間賞を獲ったこともある人が言っていました。
「箱根駅伝はスポーツというよりもショーですから」
 

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私はショーでも構わないと思います。けれども、ショーであるならば、その舞台に立っている人たちの魅力を最大限に引き出すのが放送する側の役割ではないでしょうか。どうでもいい場面で絶叫するのは、見せ場でもない場面でスポットライトを当てるようなものです。
 

小さなことでも無理矢理スポットライトを当ててしまう。これは障害者や難病患者などを報道するときにも起きている気がします。本人たちは「こんなの大したことじゃないのに」と思っているのに、周囲が勝手にスポットライトを当ててしまうのです。箱根駅伝も社会的弱者も、本当に魅力を伝えたいのなら、伝え手が当事者の魅力に気付き、感じなければなりません。
 

来年のお正月は選手の魅力が引き出されていることを期待します。

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この記事を書いた人

井上洋市朗

「なんか格好良さそうだし、給料もいいから」という理由でコンサルティング会社へ入社するも、リストラの手伝いをしてお金をもらうことに嫌気が差し2年足らずで退職。自分と同じように3年以内で辞める若者100人へ直接インタビューを行い、その結果を「早期離職白書」にまとめ発表。現在は株式会社カイラボ代表として組織・人事コンサルティングを行う傍ら、「生きづらい、働きづらい環境を変える方法」についての情報発信を行っている。