支援者になってつくづく感じた、自分のコミュ力の不甲斐なさ。

「”ございます”もいらない」
 

障害者施設に勤務している私が配属当初、利用者のひとりに「おはようございます」と挨拶をした際、上司に注意された言葉です。ここだけ切り取ると大きく誤解されるので経緯をさらっと。
 

私が配属されたフロアは、自閉症・自閉傾向のある方で構成されています。利用者一人ひとりに様々なこだわりがあり、そのうちのひとりに「挨拶のこだわり」があります。
 

視界に入った職員全員に必ず早足で近付き「おはよ~ございま~す」と言います。そして、私にだけずっと「おはよ~ございま~す」を繰り返し、言葉が切れませんでした。
 

「さっき挨拶したからもういいですよ」「打ち止め打ち止め確変終了」「トランキーロ、あっせんなよ!」などと対応していた私を見かねた上司が「とにかくエトウは言葉が長いから、もっと短く」と注意されてから「おはようございます」のみに徹した矢先の「”ございます”もいらない」でした。もちろん、この注意は、普段から利用者に対してベラベラ、ベタベタ、ドタバタしている私に対してカスタマイズした注意の言葉です。
 


 

初対面の人を苦手とする利用者は実に多く、その苦手さゆえに相手に近付いて反応を伺ってしまう傾向があります。そこで多弁な対応をすると、気持ちが落ち着いていない利用者を更に混乱させ、支援者なのにパニックを誘発する邪魔者になってしまいます。
 

実際、挨拶のこだわりがある利用者は、きっと私のせいでフロア内をドタバタと駆け回り、備品を床に叩きつけ、私の腕を引っ張り回した末に泣きそうな顔で言葉にならない言葉を絶叫することがありました。
 

それ以来、自分なりに言葉を削ってコミュニケーションを取るようになりました。「あれ」「これ」ではなく、指で具体的な方向を示す、飛び跳ねている利用者に「やらないで」「止まって」ではなく、「席に座って」「(道具を指差しながら)お仕事しよう」と伝えるなど、利用者にとって次の動作が明確に分かるような指示を出すことを意識し続けています。
 

普通の感覚でその風景を見ると、きっと冷たく、いい加減に映るのではないかと思いますが、それでもなお、表情や声量をもっともっと抑えなければと感じているし、ベラベラ、ベタベタ、ドタバタが少しは改善されているだろうかと常に自問しています。
 


 

無駄な言葉を省く。具体的に伝える。数字や絵などのビジュアルで示す。
 

実はこれは、障害のある方への限定的な支援手法などではなく、サラリーマンなら誰でも実践しているコミュニケーションのはずです。あ、できていない方もいるかもしれませんが。
 

私は今の業界に身を投じる前に20年ほどサラリーマンをしていました。営業部門ではノルマに何とか追い付き続け、様々な立場の方と駆け引きを繰り返しました。管理部門になってからは若い社員に常識を説き(たまにビジネス激怒含む)、人間関係をディレクションする業務もしていました。
 

普通に考えたら、いくら今が別世界だとしても、今までの経験をそのまま当てはめれば良いだけのこと。だが、しかし!全っ然、全っ然、通用しません。仕事を舐めてるワケでは断じてなく、むしろ、考えまくっている挙句の結果の不甲斐なさ。
 

…ふと思うのは、サラリーマン全員がこの場に来たら、自分のコミュニケーションについて振り返ることができるのに、ということ。
 

人生の第4コーナー前で、
 

「能書きが 多いだけが loveじゃない」
 

と、改めて思い知ることが出来た運命に、少し感謝をしています。
 

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