障害のない社会になったときの、障害者のアイデンティティ。

2018.11.08

佐々木 一成

もし、仮に、この社会の隅々まで障害に対する配慮が行き届き、障害者に対する偏見もなくなるという理想的な社会になったとしたら、いわば障害のない社会になったとしたら、それが障害者にとっていい社会なのかどうか、僕にはよく分かりません。障害があったから認められていたこと、赦されていたことが、なくなってしまうかもしれない。

義足の中が熱中症。え?サンダルって涼しいんですか?

2018.08.10

佐々木 一成

サンダルを脱ぎ捨て、足の指先を伸ばしている女友達に「ねえ、サンダルって涼しいの?」とふと聞いてみた。きょとんとしながら「え、涼しいけど?」と聞き返されたけれど、それは僕にはまったく分からない世界。義足に装具にと、夏でもそれぞれの足にブーツを履いているような状態だと、生足にサンダルという涼しげな格好を経験したことがない。

【イベント終了】もし自分の子どもに障害があるとわかったら、あなたは何を考えますか?

2018.05.24

Plus-handicap 編集局

もし自分の子どもに障害があるとわかったら、皆さんは何を感じ、何を考えますか。正直なところ、自分の子どもに障害があることを望む親はいないでしょう。今回のイベントは「もし自分の子どもに障害があるとわかったら」をテーマに、障害のある子どもを育てること・「親亡き後」という社会問題・障害をもつ子どもが生まれてしまうのではという不安との葛藤…

【イベントレポート】デンマークに留学して得たもの解放されたものー大きく変わった"福祉"と"障害者"に対する考え方。27歳女子の本音ー

2018.03.08

Plus-handicap 編集局

2018年3月3日、トークイベント「デンマークに留学して得たもの解放されたものー大きく変わった"福祉"と"障害者"に対する考え方。27歳女子の本音ー」を開催しました。2017年1月から「デンマーク留学記」を書いてくれた高橋菜美子さんをトークゲストにお招きし、福祉大国と呼ばれるデンマークの実情や文化、人々の考え方の違い、彼女自身の…

そこには障害者なんていなかった。1年間のデンマーク留学を終えて。デンマーク留学記⑰

2018.02.01

Namiko Takahashi

2017年12月、エグモントホイスコーレンを卒業する日がやってきました。日本では「障害者」だということに悩み、デンマークに行ってからは「障害ってなんだろう」っていうことに悩み、そして「障害者っていないんじゃない?」へ変わった。たぶんそれは「障害者だから」という言い訳を、障害者にも障害者を取り囲む社会にも許さない国にいたからだと思…

どの物差しで自分の価値を測るのか。すべては物差し次第。

2017.12.11

中司 浩史

例えば、どのような人を健常者といい、また障害者というのか。それは結局、都合よく決められた物差しで区別しているに過ぎないのではないでしょうか。そこには他者から決められた物差しもあれば、自分で決めつけてしまっている物差しもあるでしょう。その物差しを変えれば、誰だって障害者のカテゴリに入ってしまうこともあるのではないでしょうか。

障害者とか介助者とか、その役割に縛られず、互いに助け合う42kmウォーキング。デンマーク留学記⑮

2017.11.08

Namiko Takahashi

私が通うエグモントホイスコーレンでは、毎年秋に恒例イベントが行われます。それは全校生徒で42㎞を2日間かけて歩くという、ウォーキングマラソン。その恒例行事が刻一刻と迫っていた日。私は小枝のような吹けば倒れる、どつけば転がるバンビ足をしているので、先生にある相談していました。「筋ジストロフィー(らしき持病の)高橋。不覚ながら、15…

シャーペンの芯くらいの視野しかなくても一目惚れする。恋は盲目!

2017.09.11

松田 昌美

「おしゃれだね」「ネイルきれいだね」「どうやって、そんなオシャレできるの?」私が初対面の方によく言われる言葉です。女性として「おしゃれ」とか「きれい」と言われるのはうれしいです。でも、少し悔しい気持ちにもなります。だって「目が見えないのにオシャレできるなんて信じられない」と言われているような気がするから。

ハダマールとベーテル。障害者の命を見つめたドイツの街。デンマーク留学記⑫

2017.08.01

Namiko Takahashi

フランクフルトから列車を乗り継ぎ2時間弱。私はハダマールという町に向かいました。ここは大戦中にナチスが障害者とユダヤ人に対する安楽死計画を実行した病院があります。生きるに値する命と、生きるに値しない命を選別し、病院内のガス室に送り込む。ふたを開けてみれば優生思想に加え、社会福祉に掛けるお金がないことを理由にした虐殺でした。