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35年間、障害者として生きてきて思う。障害者は障害にこだわりすぎている。
最近だと「障害があっても〇〇したい」みたいな言葉を見かけますが、そもそも「〇〇したい」と思う気持ちが強ければ、「障害があっても」なんて言葉を使わなくても実現しようと動くはず。 この風潮だと、できなかった理由を障害に集約したいだけなのではないか?と勘ぐってしまいますし、障害がより「困難さをもたらすもの」として認識されそうです。 -
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障害者への「配慮疲れ」から考えた、合理的だけではない「快適への配慮」という考え方。
「桜井玲香 乃木坂46卒業」というニュースが7月初めに飛び込んできたとき、仕事だけでなく、すべてのことに意欲が湧かない日が続いていました。日々のエネルギー量が普段の1%ほどしかないようなときでも、ともに働く障害のあるメンバーに対しての配慮を怠ることはできません。障害者に対する合理的配慮が求められているからです。 -
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障害のない社会になったときの、障害者のアイデンティティ。
もし、仮に、この社会の隅々まで障害に対する配慮が行き届き、障害者に対する偏見もなくなるという理想的な社会になったとしたら、いわば障害のない社会になったとしたら、それが障害者にとっていい社会なのかどうか、僕にはよく分かりません。障害があったから認められていたこと、赦されていたことが、なくなってしまうかもしれない。 -
human
義足の中が熱中症。え?サンダルって涼しいんですか?
サンダルを脱ぎ捨て、足の指先を伸ばしている女友達に「ねえ、サンダルって涼しいの?」とふと聞いてみた。きょとんとしながら「え、涼しいけど?」と聞き返されたけれど、それは僕にはまったく分からない世界。義足に装具にと、夏でもそれぞれの足にブーツを履いているような状態だと、生足にサンダルという涼しげな格好を経験したことがない。 -
human
障害者だって恋愛したい!とか言うけれど。障害者の恋愛って何が問題なの?
先日、障害者の恋愛に関する取材を受けました。 障害者が恋愛をするにあたって、障害が障壁になるのかどうか、という問いから取材は始まりましたが、誰かを好きになることなんて元々は自由な話で、そこに障害の有無なんて […] -
society
【イベントレポート】デンマークに留学して得たもの解放されたものー大きく変わった”福祉”と”障害者”に対する考え方。27歳女子の本音ー
2018年3月3日、トークイベント「デンマークに留学して得たもの解放されたものー大きく変わった”福祉”と”障害者”に対する考え方。27歳女子の本音ー」を開催しました。2017年1月から「デンマーク留学記」を書いてくれた高橋菜美子さんをトークゲストにお招きし、福祉大国と呼ばれるデンマークの実情や文化、人々の考え方の違い、彼女自身の家族のことなどを話していただきながら、留学のきっかけとなった「障害とは何か?」という問いに対する高橋さんなりの回答、そして留学先で見つけてきた「幸福のレシピ」を教えてくれました。 -
society
そこには障害者なんていなかった。1年間のデンマーク留学を終えて。デンマーク留学記⑰
2017年12月、エグモントホイスコーレンを卒業する日がやってきました。日本では「障害者」だということに悩み、デンマークに行ってからは「障害ってなんだろう」っていうことに悩み、そして「障害者っていないんじゃない?」へ変わった。たぶんそれは「障害者だから」という言い訳を、障害者にも障害者を取り囲む社会にも許さない国にいたからだと思います。 -
society
どの物差しで自分の価値を測るのか。すべては物差し次第。
例えば、どのような人を健常者といい、また障害者というのか。それは結局、都合よく決められた物差しで区別しているに過ぎないのではないでしょうか。そこには他者から決められた物差しもあれば、自分で決めつけてしまっている物差しもあるでしょう。その物差しを変えれば、誰だって障害者のカテゴリに入ってしまうこともあるのではないでしょうか。 -
lifestyle
障害者とか介助者とか、その役割に縛られず、互いに助け合う42kmウォーキング。デンマーク留学記⑮
私が通うエグモントホイスコーレンでは、毎年秋に恒例イベントが行われます。それは全校生徒で42㎞を2日間かけて歩くという、ウォーキングマラソン。その恒例行事が刻一刻と迫っていた日。私は小枝のような吹けば倒れる、どつけば転がるバンビ足をしているので、先生にある相談していました。「筋ジストロフィー(らしき持病の)高橋。不覚ながら、15㎞が限界だと思います…無念!(泣)」 -
society
ハダマールとベーテル。障害者の命を見つめたドイツの街。デンマーク留学記⑫
フランクフルトから列車を乗り継ぎ2時間弱。私はハダマールという町に向かいました。ここは大戦中にナチスが障害者とユダヤ人に対する安楽死計画を実行した病院があります。生きるに値する命と、生きるに値しない命を選別し、病院内のガス室に送り込む。ふたを開けてみれば優生思想に加え、社会福祉に掛けるお金がないことを理由にした虐殺でした。