この連載は「ワカラナイケドビョウキ」という不思議な病気になり障害をもった私が、ノーマライゼーション発祥の国デンマークに留学する1年間の放浪記です。デンマークでゴロンゴロンでんぐり返しをしながら「障害ってなんだろう」と考えます。
私が通うエグモントホイスコーレンでは、毎年秋に恒例イベントが行われます。それは全校生徒で42㎞を2日間かけて歩くという、ウォーキングマラソン。
その恒例行事が刻一刻と迫っていた日。私は小枝のような吹けば倒れる、どつけば転がるバンビ足をしているので、先生にある相談をしました。
「筋ジストロフィー(らしき持病の)高橋。不覚ながら、15㎞が限界だと思います……無念!(泣)」
「大丈夫。途中棄権が必要な生徒もいるだろうから、担当の先生が車や自転車で常時見回りしてるよ。もう無理だと思ったら、先生の目につくところで待機していて」
「……わかりました!」
先生の言葉を精神安定剤のように抱きしめ、当日を迎えました。
1日目は22キロメートルを歩くため、お昼頃にスタート地点を出発。
でもなんだろう、この胸の張り裂けるような、心細さは。学校を出て、大きな空の下に放り出された解放感かな。それとも恋…かな。
と思ったら、気付きました。
エンドレス山道やないかーい!ときどき、森。そう、車なんか通れっこない、山道がルートだったんです。
先生来るって…嘘かい。
ここは地獄へのルートかい。
いや、頑張った先にあるのは天国(なはず)。
野垂れ死んだら、平均身長180センチの金髪色白イケメンたちが私を取り囲み、抱きかかえてくれるかもしれない。そう思いながら腹をくくり(来るべき時に備えて)メイクを直し、一歩ずつ足を進めていきました。
途中では名前のわからないキノコと挨拶したり、牛と世の中の世知辛さについて話したりしながら、風景はのどか。
BGMはモーツァルトのレクイエムのような自分の息切れと、車椅子が目の前でクラッシュする音。がこんっ。
歩き続けて5時間、山道を抜けて、農道をひたすらに歩きます。あたりも真っ暗になり、15㎞地点を超えたあたりから足を大幅に引きずり始めました。
足が痛い。いや、痛さを通り越して段々右脚の感覚がなくなってきている。もう、ダメかもしれない。私、死ぬのかな。右脚だけ、死ぬのかな……。
走馬灯のように26年間の短い人生が頭をよぎった時に、大きなシルエットとぶつかりました。
それは、友人のモートゥン。190㎝の筋骨隆々の身体と相反するように、優しい目をした男の子です。20代前半の彼は、数年前に交通事故にあい、高次脳機能障害を負いました。記憶が混同したり、感情の高ぶりが抑えきれないことがたまにあります。そしていつも、不自由な右足を引きずりながら歩いています。
出発前の私は、彼が42キロメートルを歩ききれるのかどうか少し心配していました。その彼が、日本人の男の子の車椅子を一生懸命に押しながら一歩ずつ進んでいました。
そのときに、出発前に先生が言っていたことを思い出しました。
「ハプニングだらけの道のりだと思います。障害者とか介助者とか役割に縛られずに、お互いに助け合って前に進んでください。」
「みんなで一緒にゴールすることが目的ではありません。全員体力が違うから、歩くスピードも歩ける距離も違うと思います。ひとりひとり、自分自身の限界を超えてください。」
その言葉がリフレインしました。
星しか見えない真っ暗な農道で、ひとりひとり携帯電話から出る些細な光を足元に照らして前に進みます。前が見えない道は、泥だらけになるし、転びそうになることもある。すごーーーく心細い道のり。
途中、デンマーク人の男の子たちが「日本の歌を歌って」と言ってきたので、デンマーク人でも知っていそうな『見上げてごらん、夜の星を』を歌いました。女子のか細いソプラノボイスに、気付いたらデンマークの男の子たちが負けるもんかと意気揚々とした歌声を重ねてきました。
これだ、彼らが楽しく生きている秘訣は。
どんな場所でも楽しむ。歌を歌って前を向く。当たり前のように、隣にいる人と手を取り合いながら生きていく。
最後まで頑張ろう。
彼らの姿から勇気をもらってゴールに向かいました。
1日目、22㎞を歩ききり、ゴールのキャンプ地に着き、私は自分の限界をしっかり超えたのを確認して(迎えに来たバスで)ひとり学校に帰りました。
次の日、学校で皆の帰りを待っていました。仰々しいテープが用意されているわけでもない。キャンプを経て42キロ歩いた先にある、当たり前の日常の風景に彼らは帰ってきました。
なんでもないことのような雰囲気をまとい、でもすごく晴れやかな顔をして、また日常の延長戦を歩き始めたのです。
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ダスキン障害者リーダー育成海外研修派遣事業第36期研修生として留学中です。ミスタードーナツに行くとレジの横に置いてある募金箱。全国の皆様の応援で学ばせて頂いております。