解離性障害

離人症の世界は2次元のスクリーンの向こう。解離性障害に現実感は無い。

2019.05.29

西村 裕子

私は、心から楽しいとか悲しいとか、あるいは怒りを感じることがありません。ただ、不安感が肉体の苦痛となって現れる時は、心底「つらい」と思います。けれど、その「つらさ」さえ、どこか他人事めいて思えます。私は現在49歳ですが、17歳の時から「解離性障害」の中の一つの「離人症」を患っています。

尼のような子

私たちは強烈なあこがれと劣等感の間を生きている 少年アヤ『尼のような子』

2019.05.25

杦本 友里(すぎもとゆり)

「男子が女子の制服着てるのかと思った」中学校に入った初日の朝、まだ知りもしない女子生徒から何の気なしにかけられた一言。慣れない制服に身を包み、どんな新生活になるか緊張しながら登校したのに、この一言で私の期待は7割減。憂鬱なスタートでした。当時の私は入学時点で160cmをちょっと超えるくらいの身長。

幸せ

一緒に幸せになりたかっただけなのに。

2019.05.23

森本 しおり

私は、最近、もっとも大切な人と離れることになりました。3年前、私が苦しみの泥沼にハマっているときに、一緒にいてくれた恩人でもあります。寂しいときには、黙って甘えさせてくれる家族のような存在でした。でも、私は彼が苦しんでいるときに、ただ見守ることがどうしてもできませんでした。耐えられなかったのです。

ストレス

仕事の愚痴を言うのはダサい、みたいな風潮がダサいし生きづらい。

2019.05.22

井上洋市朗

ボーナスや給料に限らず、仕事に関する愚痴をこぼしている会社員のニュースが流れると、必ずといっていいほど「愚痴ってるだけじゃなくて解決のために努力しろ!」とか「仕事の愚痴を言ってるだけはダサい」とか、そんな意見が出てきます。特にTwitterなどのSNSを中心に。

マイナビパートナーズ

表面だけの優しさは要らない。配慮はしても遠慮はしない、障害者雇用の現場。 ー株式会社マイナビパートナーズ 藤本さん・岩間さんインタビュー

2019.05.20

Plus-handicap 取材班

株式会社マイナビパートナーズは、株式会社マイナビの特例子会社。代表の藤本さん、障害者社員の雇用を束ねる岩間さんに現場で実践している「配慮はしても遠慮はしない」というマネジメントの姿勢について伺いました。表面だけの優しさは要らないという言葉の裏側にある、優しさと厳しさのバランスとは?

自己分析

1週間の出社拒否を自己分析してみた結果

2019.05.16

一條 未佳

会社に行けなくなった。前の日に、洋服や持ち物を準備して、目覚ましをかけて、早く寝るようにしているし、朝も起きられる。朝のルーティンとしてコーヒーを飲んでから呼吸瞑想を15分ほどやっているので、それもできる。調子が良いときはシャワー浴びて、洋服を着替えるところまでいける。でもそれ以上ができない。

チャット

本人の了承なく秘密を暴露してしまう「アウティング」の怖さ

2019.05.14

高橋 圭

僕は、自分がゲイであるとカミングアウトしたことで、今までとは違う気の遣い方をするようになりました。それはTwitterやInstagram、FacebookでLGBTの友だちとの写真を一切シェアしないこと。「一緒に写っている人ってゲイなの?」と思われてしまうかもしれないからです。

藤本さん、岩間さんの写真

「これまでにない特例子会社にする」という意欲 ー株式会社マイナビパートナーズ 藤本さん・岩間さんインタビュー

2019.05.13

Plus-handicap 取材班

株式会社マイナビパートナーズは、株式会社マイナビの特例子会社。代表の藤本さん、障害者社員の雇用を束ねる岩間さんに特例子会社を立ち上げた背景、黒字化を進める経営スタンスなどを伺いつつ、お二人が考える「これまでにない特例子会社を作る」というビジョンについて探ってきました。

【イベント終了】こまりごと解消かるた 〜自分のこまりごとが見えてくるかるた〜(6/9 11:00-13:00)

2019.05.09

Plus-handicap 編集局

こまりごとや生きづらさを抱えているとき、何が問題って、それらが漠然としていることだったり、解決策がわからないことだったりします。そこで、あなたが抱えているこまりごとを「見える化」してみませんか?どんなこまりごとでも構いません。浅いも深いも小さいも大きいもありません。2019年6月9日(日)11時スタートです。

自分の左足を切るか残すかという30年続く自問自答。「切る」に傾く日がやってくるのか。

2019.05.07

佐々木 一成

「20歳になったら左足を切るかどうか考えよう」その言葉を初めて聞いたのは8歳くらいの頃。毎年、義足や装具を作り変えるたびに、主治医から”20歳の選択”を刷り込まれました。不完全なカタチの両足で生まれてきた私は、まずは自力で立てるように、そして歩けるようにという順序で、生まれて2年の間に手術を受け続けました。

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