カミングアウトってむずかしい。する側の葛藤・される側の受容。イベントレポート。

3月16日(土)にトークイベント「カミングアウトってむずかしい~する側の葛藤・される側の受容~」を開催しました。
 

当日は、ご自身のセクシャリティをカミングアウトした高橋圭さんをゲストスピーカーに迎え、カミングアウトの難しさについてお話いただき、その後、仕事柄、生きづらさを抱えた方からのカミングアウトをたくさん受けてしまうPlus-handicap編集長とのクロストークを行いました。
 

今回はそのクロストークの一部をご紹介。カミングアウトの必要性、不平等感、コミュニケーションとしての大切さなどの議論を交わしました。
 


 

カミングアウトのきっかけは、嘘をついていられない環境になったから

 

佐々木:
最初にお聞きしたいんですが、どうして圭さんはカミングアウトができるようになったんですか。
 

高橋:
きっかけは東京に出てきたことです。軽い気持ちで、初めて新宿二丁目に行ったら、そこでできた友達が”ふつう”だったんですよ。”ふつう”って言葉はあんまり好きじゃないけど。
 

僕は長野出身ですが、地元だとどこか閉鎖的なコミュニティにならざるを得なくて、それこそ理解されない、気持ち悪いって言われちゃうのも仕方ないような気がしていました。でも、こっちって、今まで僕が知っていた異性愛者の人と同じような感覚の人が多いんですよね。
 

「ゲイってこういう”ふつう”の人たちもいるんだ」ってところから、ゲイに対する認識が少し変わっていきました。自分がゲイでもいいと思えるようになって、男の人と付き合うようになって、自分の中でちゃんと認知できた上で、周りの環境が整って。そしたら、言ったほうが楽になるんじゃないかという気持ちになったんです。
 

佐々木:
僕も福岡出身なので、なんとなく通じるところがあります。母が福岡から出てきたときに「コンビニのレジの人、みんな外人やん」って言ったんですよ。僕からすると、それって当たり前になっていることで、逆に日本人だけしかいないレジを見ると「大丈夫かな?」って心配になるぐらい(笑)。
 

東京ってたぶん「異質なものも”ふつう”」みたいなところがあるのかなって気がします。
 

僕の場合、生まれつきの障害者って部分もあるので、障害のある方の話を聞いたり、したりすることが多いですけど、障害に対する染み込み方っていうのもわりと”ふつう”。世代間での差は少しある気がしますが。「そんな人もいるよねー。」っていう、いい意味での達観さがある気がします。
 

そうは言っても、地方から出てきただけでカミングアウトできるものなんですね(笑)。
 


 

高橋:
東京に出てきたのは、転職がきっかけです。その後、起業したいと思い立って、コーチングを受けていたんですが、自分のことを正直に伝えなくては提出できない課題があったんです。嘘をついていられない状況になっちゃった。
 

そのときに「もういいや、書いちゃおう!」と思って出したら「あ。そうだったんだ、伝えてくれてありがとう。」とサラっとした返答が来て。「言っても大丈夫なんだ」と思えて、できる人に少しずつカミングアウトして、そして、1年位かかって公開カミングアウトをしました。
 

あれっ?そういえば、僕、佐々木さんには正式にカミングアウトしましたっけ?ゲイなんです、って言ったのかな?
 

佐々木:
多分、言われたんだと思うんですけど、圭さんもサラっとしているし、僕もそういうこと聞き慣れているんで「あー、そうなんですね。」って感じじゃないですかね(笑)。明確な記憶がちょっと…
 

高橋:
そうそう。カミングアウトし始めたら、今みたいな感じになって、誰にして、誰にしてないかがわかんなくなっちゃった。「この人にはしたかな」って考えながらしゃべるのが結構大変で、それってめんどくさいなって感じてきた。「じゃあ、もうみんなにカミングアウトしちゃいたい」って気持ちになったのかな。
 

佐々木:
外堀から埋められていったのがよかったのかもしれないですね。言わざるを得ない理由がいっぱいでてきたから、やるしかない、みたいな。結果的にできるようになったという流れは自然ですよね。
 

高橋圭さんがオフィシャルな場面で初めてカミングアウトした瞬間。

 

そもそも、カミングアウトってする必要ある?

 

佐々木:
僕は「カミングアウトって別にやらなくていい」っていうところがあるのかなって思っているんですよね。圭さんから突然「佐々木さんのこと好きです」って言われたら、その好きという感情がLOVEでもLIKEでも、圭さんのセクシャリティを聞いたほうがいいかなと思うんですよ。たいていLOVEで受け取っちゃうと思うけど(笑)
 

ただ、例えば、職場の人間関係の場面で、セクシャリティを知ることって重要?みたいな。どちらかというと「そうなの?お前が同性愛者であっても別にいいけど、それ以上にお前仕事できんの?」って。仕事に対する姿勢とかのほうが知りたくなる。
 

高橋:
僕のまわりでも、多分カミングアウトしてるのは10人に1人くらいの割合で、他はしてないんですよ。
 

ただ、僕の場合は、カミングアウトをしないと、本気でその人と仕事できないなって思っていて。保育士とか福祉畑でずっと働いてきたことが背景かもしれないですけど、自分にはいろんな相談や話をしてくれるのに、僕は相談ができない、本音で話せていないっていうところがすごく嫌で罪悪感があったんです。
 

自己満足なのかもしれないけど、本気で関わっていくのであればカミングアウトしたいし、その方が働きやすいんだろうって思ってる。
 

佐々木:
すごく誠実だなあ。その誠実さゆえに、罪悪感だと捉える部分と、言わなきゃいけない使命感みたいな部分があるんでしょうね。僕は全然誠実じゃないので、嘘で塗り固められた人生でも割と平気なんですけど(笑)
 

あと、僕自身は、法人営業出身なんですが、営業って、ある種、相手に理想や幻想を描かせることが必要になってくる。カミングアウトに対する考え方って、どういったキャリアを積んでいるか、そして本人の性格や価値観とかも反映されてくるのかもしれないですね。
 

イベント内容のグラフィックレコーディング。

 

カミングアウトとは、表に出せなかった秘密を伝えて、共有すること。

 

佐々木:
「カミングアウト」って項目は、圭さんの辞書、高橋広辞苑には何と書いてありそうですか?
 

高橋:
うーん。「自分の表に出せなかった秘密を伝えること」かな。
 

佐々木:
僕の広辞苑だと「秘密を伝えること」のあとに「共有すること」って出てくるんです。
 

高橋:
あー、なるほど。
 

佐々木:
圭さんに「僕ゲイなんです」って言われたとして、僕は「高橋圭がゲイである」って秘密を守っておかなきゃいけない。めっちゃ言いたくても、言ってはだめ。ということは、事実として、僕は秘密をひとつ課せられたっていうことになる。僕はそう受け取っちゃうタイプ。
 

カミングアウトって、する側は準備していることなんですけど、される側からしたら唐突なこと。このあたりのバランス感覚ってすごく難しいなって思っていて。
 

高橋:
母にカミングアウトしたときを思い出したんですけど、1ヶ月前から言えなかったときのために手紙を書いて、言う練習をして、風呂場で泣いて、みたいなことを繰り返していました。たしかに、こっちは準備していますね。
 

佐々木:
「打ち明けられる」って、こっちの人間力も試される。カミングアウトをする側の勇気って尊重すべきことだし、もちろん「してくれてありがとう」っていう感謝の部分はあります。ただ、打ち明けられた次の一言に何を伝えるか「これからの関わり方ってどうしたらいいんだろう」っていう人間力が問われてくるのは、こちら側なのかなと思ってしまうんです。
 

高橋:
僕も3人目くらいまでは、カミングアウトするとき「僕LGBTだよ」「LGBTの僕をみて」みたいな雰囲気だったかもしれない。でも、すればするほど、慣れというか、僕を知ってほしいという想いになったかも。
 

佐々木:
「みんなちがって、みんないい」という、みんなが好きな言葉があるように、自分と同じ人間なんていないわけなので「ちょっとした違いくらいあるよね」という割り切りというか、達観性が必要かなと思います。
 


 

「嘘をつきたくない」「本音で話す」といった、相手との関わり方で大切にしている考えを教えてくれたカミングアウトする側の高橋さん。「唐突で心の準備ができない」「こちらが試されるほう」といった、少し言いづらい本音をぶっちゃけたカミングアウトされる側の佐々木。
 

クロストークで浮かび上がった、人と人とのよりよい関わり方のヒントは、「ちょっとした違いくらい、当たり前」だと思えるようになることなのかもしれません。
 

ライター:森本しおり

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この記事を書いた人

Plus-handicap 編集局