「自分が伝えたいだけ=相手が準備できてない」カミングアウトの危険性

カミングアウトはしたほうがいいのか。
 

この答えが明確に出ることはあまりありません。それは、カミングアウトにはメリットとデメリット両方あるからです。どちらを重視するかによって、まるでちがう結果になります。
 

カミングアウト賛成派の人たちは、心が軽くなるなどのメリットの大きさを重視している印象がありますし、反対派の人たちは、秘密が広まってしまうかもしれないなどのデメリットの大きさを重視しているように感じます。
 

また、カミングアウトされる側の気持ちも考えてみると、カミングアウトにまつわる話は複雑に絡まった糸のように見えます。でも、これらはすべてある一面から見ているだけで、本質は変わらないのかもしれません。
 

カミングアウト

「そもそも、カミングアウトって何?」と考えてみると、パッと思いつくのはLGBTの方がセクシャリティを打ち明けることです。最近だと自身の発達障害を打ち明けることもカミングアウトの一例として取り上げられるようになってきました。
 

カミングアウトが「他人に言いづらい秘密を打ち明けること」だとすると、打ち明けたいと考える側と知りたいと考える側のタイミングが合ったときにだけ、カミングアウトが上手くいきそうです。しかし、タイミングが合わなければ…
 

タイミングの「ズレ」を図でまとめてみると、こうなります。
 

カミングアウト図説

右上の「相思相愛ゾーン」と左下の「誰も得しないゾーン」は利害が一致しているのでもめないはずです。
 

自分は言いたい。相手も知りたい。そんな場合はどちらもハッピーな「相思相愛ゾーン」です。双方ともにデメリットよりメリットのほうが大きいと考えています。カミングアウトを応援するようなメディアや発信は、この「相思相愛ゾーン」について触れている印象があります。
 

自分は言いたくない。相手も知りたいとは思っていない、気づいていないかもしれない。そんな「誰も得しないゾーン」は特に問題になりません。このゾーンはめったに表に出てきませんが、数としては多いはずです。
 

しかし、問題になってくるのは、自分と相手のタイミングが合わないときです。
 

「自分の準備不足」ゾーンか「相手の準備不足ゾーン」か。これは双方のメリットとデメリットのバランスが悪い状態とも言えるかもしれません。リスクとリターンが釣り合っていないため、誤解や葛藤、トラブルなどが生じやすくなっています。
 

「自分の準備不足ゾーン」は、自分は言いたくないけれど、相手は知りたいという状態です。なんとなく相手は気づいていて、そのモヤモヤを解消したいという想いがあるのかもしれません。
 

心の整理がついたら言いたい、自分の中で必要性を感じていない、本当に親しい人にだけ理解してもらえたらいい、などといった自分の意思が定まっていないことで生まれる準備不足もあれば、相手の反応によって傷つきやすい、秘密が広まることを怖れているといった不安感からくる準備不足もあります。
 

「自分の準備不足ゾーン」と書いていますが、必ずしも「言えるようにならなければならない」「言えるようになったほうがいい」ではありません。打ち明けずとも、今の生活などに支障がなければ、その安定を壊してまで賭けに出る必要はないのかもしれません。
 

支障がない人は、周囲との摩擦や不一致感を少なくするための対策ができているのではないでしょうか。相手との距離をとる、キャラとして確立する、受け流すスキルを身に付ける、納得してもらうだけの理由を用意するなど、その方法はいくつもあります。
 

「自分の準備不足ゾーン」は、お互いの居心地の悪さを解消するために、対処する力が問われます。
 

カミングアウト図説
図解をもう一度。

「相手の準備不足ゾーン」は、自分は言いたいけれど、相手は知りたいとは思っていないという状態です。相手は気づいていない、意に介していないかもしれないけれど、自分は伝えたい理由がある、仮面を被って接している気がするという状態なのかもしれません。
 

ただ、カミングアウトには不平等さがあります。する側は「伝えたい」を選べますが、される側はそれを選ぶことはなかなかできません。タイミング、伝え方、シチュエーションがそれぞれ選べる立場と選べない立場であるとも言えるでしょう。
 

する側もされる側も、感情を持った人間です。カミングアウトされる側の消耗は大きく、対応を間違えた場合に、泣かれたり、恨まれたり、今までの人間関係が悪化したり、その責任の一端も担わざるを得ません。精神的に抱え込みやすいタイプだと、共倒れパターンの危険性もあります。
 

万事うまくいくようにとカミングアウトする側が期待するならば、相手を尊重できる、相手の領域を土足で踏み荒らさない、精神的にタフなほうがよいなど、実はけっこうハードルが高いものを求めていると言えるのです。
 

カミングアウトをする側が、相手にそこまで期待をしていなければ、負担は大きくないのかもしれません。ただ、期待が大きいのであれば、応えられない人が出てきてもおかしくないと思います。
 

カミングアウト

勇気を出して打ち明ければ、相手に受け止めてもらえる。カミングアウトはそんなシンプルな、そしてハッピーな話ばかりではありません。むしろ、色々な要素が複雑に絡み合っているので、万事うまくいくのはレアケースではないでしょうか。
 

「ひとりで抱えこんでいてつらい、言いたい」というときは、自分自身が切羽詰っているので、相手のことが見えなくなりがちです。相手も感情を持った人間、すべてを受け止められるとは限りません。だからこそ、バーッとバケツをひっくり返すように、辛かったことをぶちまけてしまう前に、立ち止まる配慮が大切なのかもしれません。
 

あなたのカミングアウトは、どのタイプですか?「相手の準備不足ゾーン」のときは要注意です。
 

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この記事を書いた人

森本 しおり

1988年生まれ。「何事も一生懸命」なADHD当事者ライター。
幼い頃から周りになかなか溶け込めず、違和感を持ち続ける。何とか大学までは卒業できたものの、就職後1年でパニック障害を発症し、退職。障害福祉の仕事をしていた27歳のときに「大人の発達障害」当事者であることが判明。以降、少しずつ自分とうまく付き合うコツをつかんでいる。
自身の経験から「道に迷う人に、選択肢を提示するような記事を書きたい」とライター業務を始める。