生きる価値ってなに?可視化できるの?「人」と「価値」とを結びつけること自体が難しい。

私が障害者支援業界に身を投じた年の7月26日に、相模原障害者施設殺傷事件が起きました。
 

勇気をもって正直に言うと「俺が関わり始めた途端にこれかよ」「俺の人生にありがちだよな」「いや、俺が関わったせいで!?」というのが最初に抱いた雑感でした。
 

あまりに大き過ぎる出来事で、未だに自身の気持ちの中でどう解釈すべきか分からないので、この事件に関して私見を綴ることはしません(但し、これは「事件」ではなく「殺戮(さつりく)」とか「支配」に分類されるのではないかとちょっとだけ感じています)。
 

この時からずっと考えていることは、人の「生きる価値」とは何ぞや?ということです。業界柄、人権研修や差別に関する講演会があり、人を尊重することの大切さや人を虐げることの愚かさを丁寧に教授して貰える機会があります。それでも、人の「生きる価値」や私の「生きる価値」を定めるには、私自身で考えて結論に近付けるしかないと分かりました。そこにロジックはありませんが。
 


 

明確に記憶してないのですが、強度の四肢麻痺のある人が取材の中で「俺は国や市から年間で〇〇〇万円貰って生活している。仕事はしていない。その〇〇〇万円はお前の税金だ。それでも俺に生きる価値はあるのか?」という主旨の質問を取材者にして、その取材者は答えを返せなかったという記事をネットで読んだことがあります。
 

(コラムを作成するにあたって、この記事をかなり検索してみたのですが見つかりませんでした…私の思い違いかもしれません)
 

取材者が絶句するのは当然の感覚だと思います。
 

ここで「赤ちゃんや高齢者は働いてないけど家族にとって大切な存在だから生きる価値があるし、貴方だってそうです」と、正論で切り返しをする人より、言葉に詰まる人の方が全然マトモな感じがします。少なくとも私には。
 

おそらく、生きる価値があるorないとは、経済・市場の観点に基づいて考えることが大半で、多くの介助が必要な人には不利な尺度だと思います。一方、有名な心理学者の本にも書いてあるように、人は存在しているだけで価値があるという定義にも強く共感できます。
 

でも、でもね、オジサンは思うんですよ。
 

「人が人に対して価値があるとかないとか、偉そうに掘るんじゃねえよ馬鹿」って。
 

会社や学校で頻繁に出てくる台詞で「コイツ使えねえな」があります。「生きる価値がない」に類似した感情だと思いますが、恐らく、この台詞を吐く人(もちろん、私を筆頭に)の気持ちの根底にあるのは、相手が鈍感、愚直、横着、低能だといった決めつけ、印象のようなものです。
 

ただ、この「使えない」人も、上司が変わるなどのちょっとした環境変化によって高い評価を得て、組織でイニチアシブを取ることなどはよくあります。そんな人のほうが、案外、実は図太くて狡猾で陰口まみれだったりして。
 


 

私の身近でいえば、昨年「生きる価値が無い」と言われた知的障害のある人も、自身のハンディキャップを有効活用して日々を過ごしている部分はとてもあります(ズルいと思いますが憎いとは思えません)。
 

一方、「生きる価値がない」とは言ってなくても、常に人を値踏みしていたり、ルックスも経済的にも「一見、生きる価値がありそうな」論客だって、「使えねえ」と言われてしまう人や障害のある人より、深い無価値の念を抱いていることもあるのではないかと思います。
 

毛深いなどの身体のこと、息子が口を利いてくれないなどの家庭のこと、いつもSEXしたくてどうしようもないなどの嗜好・癖のこと、そして、実は十年前にバキバキのうつ病を患って、今でも抑うつ剤が手放せなかったりということだとか。これら、他人から見たら些細に感じることが、当の本人にとっては「生きる価値がないかも…」とまで思い詰めることがあるかもしれません。
 

組織の予算に基づいて上司と部下はMBO(目標管理)を定めることができますが、「生きる価値」は万人が可視化できる指標がありません。ゆえに私は「人」と「価値」を結ぶこと自体に相当な無理があると思っています。
 

それでも「他人の生きる価値」を云々言いたいのなら、手前のハンディキャップやジレンマ、ノルマに向き合って、少しでもそれを埋めてからじゃないの?そう結論付けました。そこまでやってみて、ようやく他人のことを洞察できるかどうかではないでしょうか。
 

以上、あまりにも難しすぎるネタなので、今後この考えはコロッと変わるかもしれません。
 

最後に、人権研修を繰り返したり、倫理観を磨いたりすることも大切だけど、基本的なビジネス研修や、キャリアと役職に応じて責任や判断を背負う社会性を知る機会を設けないと、この業界はいつまでたっても頭でっかちというか、砂の城みたいなままの気がしています。
 

社会性と倫理観が低いと自覚している私が言うのもヘンですが。
 

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この記事を書いた人

エトウ アキラ