デンマークの子供たちのパーソナリティを育む仕事「ペタゴー」とは?箕田祐子さんに聞くーデンマーク留学記⑱

この連載は「ワカラナイケドビョウキ」という不思議な病気になり障害をもった私が、ノーマライゼーション発祥の国デンマークに留学する1年間の放浪記です。デンマークでゴロンゴロンでんぐり返しをしながら「障害ってなんだろう」と考えます。
 


 

デンマークでの留学中、今でも忘れられない出逢いがありました。
 

そのきっかけは、オダー市という小さな町の公立の小中一貫校に見学に行った時のこと。バスに揺られて学校に着いたとき、先生方や子供たちが日本人学生を待っていてくれました。
 

1,000人が在校する大きな校内を歩き、案内してもらった教室には、ビスケットや色とりどりのフルーツ。フルーツパラダイスやぁ~と学校の皆さんの歓迎の気持ちに心を掴まれ、何がはじまるのかワクワクしていたら、校長先生や生徒、デンマーク発祥の「ペタゴー」と呼ばれる先生からデンマークの教育についてお話を聞くことができました。
 


 

ホワイトキューブのような教室内でスクリーンを前にして行われる先生方の説明中、慣れない英語の森をさまよいながら耳を澄ましていると「ペタゴー」というキーワードがたくさん聞こえてきました。
 

ペタゴーとはなんぞや…と思っていると、北欧で主流になっている職業で、コミュニケーションを通して、子供たちの生活教育や支援をしていく人のことだそう。各学校に必ず常駐していますが、学校以外にも保育園・幼稚園、障がい者施設や高齢者施設、病院、学童保育などでも活躍しているようです。
 

子どもたちの「個を育てる」「コミュニケーションを教える」ともいわれるペタゴー。エグモントホイスコーレンでもデンマーク人の友人たちと話していると、デンマークのペタゴー教育の影響を感じることが多々ありました。
 

横並びの教育はよしとせず(それゆえに学力テストもなく)学校でペタゴーや先生たちによって個をしっかりと育まれてきたデンマーク人は「人と比較をしない」マインドを持ち、相手と自分は違うことを心得ているがゆえに「相手の話を真摯に聴く」スペシャリストです。瞳の中にロウソクを灯したような、彼らの眼差しのあたたかさに何度も救われました。
 

学校の視察から戻ったあと、ペタゴーのことをもっと知りたい!と思い、後日あるひとりの女性を尋ねました。
 

デンマークに住んで10年、現在ペタゴーとして保育園に勤務している箕田祐子(みのだゆうこ)さんです。デンマーク人の「ひとづくり」の根幹を支えるペタゴーという仕事の特徴についてお話を伺いました。
 


 

ー10年前にデンマークのエグモントホイスコーレン校に留学し、その後デンマークでの結婚、出産、離婚を経ながら、ペタゴーになった祐子さん。ペタゴーとはどういう職業ですか?
 

学校にいるペタゴーを例にあげると、学校で先生は教科などの知識面を主に教えますが、それに対してペタゴーは、子供たちのパーソナリティや、子供たちが人として成長していくのをどう後押ししていくかを考える仕事です。
 

例えば授業中、先生は「子供たちにどうしたら(授業内容や知識が)よく伝わるかな」ということを考えて教科を教えます。でもペタゴーの視点からすると、この子はどの学びのスタイルが適しているのかな、座って聞いて学ぶのが適しているのか、外で身体を使って学ぶことが適しているのかなって考えて、その子の学びを促進してあげられるように授業を見るのがペタゴーの役割です。
 

ー学校、とりわけ保育園や幼稚園生の段階では、ペタゴーはどのように教育・支援を行うのでしょうか。
 

例えば、私には5才の息子がいるんだけど、自己主張の強い息子に求められる、今の段階の社会性は、幼稚園で友達とちゃんと遊べるかということ。
 

遊んでるときに、友達を支配したり見下したりせずに「僕はこれしたい、僕はこう思う」って言葉にすることができて、その上で相手の子の意見を聞くことができて、「OK。じゃあ、そうしよう」とか「うーん、こうしたら両立できるんじゃない?」というふうに(相手を尊重しながら)遊べるかということ。ケンカになっても叩いたりしないこと。言葉でのやりとりをすることです。
 

幼稚園での最終的な目標は、自分たちで話して、認め合って、解決できることだけどね。ただ自分たちでどうしようもなかったら、大人を呼びに行くこと、とかそういったことです。
 

ーペタゴーとして仕事をする上でびっくりしたことや、ペタゴーならではだと感じたエピソードはありますか?
 

子供たちに自立を求めているので、もちろん大人も自立した一個人であることが求められます。ペタゴーの仕事の中では自分から率先して、あなたはどう思うの?どうアプローチしたいの?それに対する専門的根拠は何?っていうことを自問自答することや、チームに自分の意見を伝えて、どんどん目の前にあることに自発的に動いていくことが大事です。
 

デンマークのペタゴーの世界では、自分たちの理論や実践していることを、プロフェッショナルとしてもっともっと言語化していこうということを、とても意識しています。常に専門職として、この状況を専門的にどう見て判断し対応するか。そしてその根拠は何かということを、現場のペタゴーが専門的に話せることを目指しています。
 


 

ー祐子さんは、ペタゴーの仕事をする上でどんなことを大事にしていますか?
 

まずは自分がオープンにすることを心掛けています。職場の他のペタゴーとのコミュニケーションや、保護者との関係作りでも同じです。これはデンマーク人がやっているのをずっと見てきて、真似してみようと思って始めました。色々なことをなるべく言葉にして、発信するようにしています。
 

また、私が今働いているのはデンマークの保育園だから(日本という自分のバックグラウンドにこだわらず)今私がいるこの(デンマークの)社会の持つ価値観に沿って、ペタゴーとしての仕事に取り組んでいかなければと思っています。子供たちがこの社会でよりよい人生を送れるよう、私たち親やペタゴーが子供たちの成長を後押しすることが大事だと思います。
 

ー保護者との連携もペタゴーの特徴の一つである気がしますが、いかがでしょうか。
 

親との共同作業は常に重視していて(保護者に対して)「今お子さんは、保育園・幼稚園でこういうことをしています」とか「お子さんがこういうことができるようになりました」とか「だから、家でもひきつづきこれをやってみて」とかそういう会話を大事にしています。
 

保育園でやったことを家でも話をして反復するということが、子供にとっての学びに繋がっていくと信じています。幼稚園と家庭のコミュニケーションや共同作業は子供が成長するための安心の場を築くために、すごく大事なことだと思います。
 

ー保護者とのコミュニケーションからは具体的にどのようなことを感じましたか。
 

デンマーク人はプロフェッショナルに対して信頼をもって向き合うことが、とても上手だなと思いました。
 

例えば、私がコンタクトペタゴー(担任の先生)として受け持った児童のお父さんが、入園前の面談の時から、私への信頼をことあるごとに表現してくれていました。
 

「(先生を)信頼しています。何かあるときには、必ずそれを伝えてくれるだろうということまでも含めて」。そういったシグナルは、私にとって一番の応援メッセージでもあり、子供の親からの信頼を感じるたびに、仕事への新しいエネルギーを得ることができました。そして今では、私も個人としても親として、全てのプロフェッショナル(ペタゴー、先生、医師、政治家)に接する時に信頼することを心掛けています。
 

ー将来、どのようなペタゴーになりたいですか?
 

個人的には異文化の背景を持つ子供が多くいる保育園に勤められればいいなと思っています。私自身、異文化を背景に持つペタゴーであり、親である。デンマークとそうじゃない文化の両方が混在して生活していくことがどんなことか知っています。そういった特徴を活かしてデンマーク文化を背景に持つ人や社会と、異文化の背景を持つ親御さん達の架け橋になれると思うし、そこが自分の強い面だと思っています。
 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

お話を伺いながら、デンマークのペタゴーは、国にとっても子供たちにとっても、詰め込み教育のストッパーのような役割を果たしているのだと感じました。
 

担任の先生とは違う視点で学生一人一人に目を配り、この子はどんな子なんだろう。何がしたいんだろう。今の勉強はこの子の目標に合ってるんだろうか?そんなことを学校や親、子供自身に向き合わせてくれるような存在です。
 

ペタゴーとしては駆け出しだと語り、丁寧に言葉を選びながらお話をしてくれた祐子さん。その繊細さと、どのような問いにも大きく笑って答えてくれる気風の良さ。子ども一人一人と向きあう、デンマークの教育の懐の広さを、祐子さんの瞳からも感じました。
 

教育の正解は一つではない。子供の数だけ答えがある。
 

「障害児でもそうじゃなくても、スペシャルなニーズがある子にはスペシャルなサポートをする用意を整えている」そう語っていたデンマーク人の先生たち。小中一貫校を見学したときに、難民の生徒のクラスや、発達障害の生徒たちが集中して勉強できるように防音仕様になっているクラスなど、工夫をこらした教室が並んでいたのが印象的でした。
 

教育先進国の教育風土は、子供たち皆を同じ方向を向かせるのではなく、その子らしい人生を歩めるようにサポートをする先生たちのマインドが根幹となっていたような気がします。
 

祐子さんのご自宅を出てから、「教育とは」「人生とは」と自問自答しながら、初雪で真っ白に染まったデンマークの街並みを眺めて足を踏み出しました。
 

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この記事を書いた人

Namiko Takahashi