僕はお酒を飲んでも、酔いつぶれたことがありません。気を抜くと「変なことを言ってしまうかもしれない」ということが常に頭の中にあったからです。「寝言を聞かれるのが怖い」とも思っていました。
「自分は男が好き」ということを隠し続けるためには、ずっと気を張っていなければいけません。自分の恋愛の話を全くしないと「心を開いてくれない」「あいつは何を考えているのかわからない」と言われてしまいます。だからと言って、好きな相手の性別を女性に入れ替えて話をすると、騙している罪悪感もあるし、「いつかボロが出るんじゃないか?」と不安になります。
「気を張り続けるくらいなら、最初から人と関わらない方が楽だ。」いつの間にか、僕は自分の周りにバリアを張るようになっていきました。
僕は26歳になるまで、「自分は男が好き」だということを、隠して生きてきました。職場の人だけではなく、家族や友人にも言えませんでした。ゲイコミュニティで出会った人たち以外に言ってしまうと「気持ち悪いと思われてしまうのでは?」「職場にいられなくなるんじゃないか?」という不安があったからです。
ゲイであることを隠すのが困難になるのは、恋愛や結婚の話をする時だけではありません。例えば「AKBの中で誰が好き?」といったなにげない質問にも気を遣います。本当は、AKBには興味がないのですが、その理由をそのまま答えるわけにはいきません。
以前「篠田麻里子かな、短髪がいいよね」と答えたら「え?短髪?ショートカットのこと?」と聞き返されたことがあります。「しまった!女性には短髪って言わないんだった!」と焦りました。その場で取り繕って返そうとすると、不自然になってしまうことがあるので、「この質問をされたら、こう答える」という回答集のようなものを一時期、すべて用意してありました。
また、僕は短大を卒業した後、保育士として働いていたので「どうして子どもが好きなのに結婚しないの?」と保護者や他の先生から聞かれる機会が何度もありました。内心、結婚、子どもに人一倍憧れが強かっただけに、この質問はつらかったです。最終的には「ゲイに育てられていることで、子どもたちまで気持ち悪いと言われたらどうしよう」と感じるようになってしまい、仕事を辞め、転職することになりました。
僕のはじめてのカミングアウトは、精神科の先生に対してでした。転職先が忙しかったこともあり、うつになってしまった僕は精神科を受診しました。そこでようやく自分のことを打ち明けられたのです。
「実は、女性を好きになれなくて。僕は異常なんです。」
先生は嫌な顔一つせずに、こう言ってくれました。
「高橋くんは全然異常じゃないよ!世の中には魚が好きな人もいれば、お肉が好きな人がいる。魚を好きなのに無理にお肉を食べようとするのが異常なんだよ。そんなことしなくていいんだよ。」
誰にも言えずにいたことをはじめて他人に受け入れてもらえて、ものすごく肩の荷がおりました。
ゲイのなかでもカミングアウトをすることに対していいイメージの人と悪いイメージの人がいます。僕は、全員にカミングアウトを推奨しているわけではありません。できる環境で本人がしたいのであれば、すればいいと思っています。
カミングアウトをするまでは「僕がバリアを張っているのは、ゲイのせいだ」と思っていました。ゲイであることを隠すために、人と話すことそのものを避けてきました。上辺だけの付き合いで、腹を割って話すことができなくなってしまっていました。だからこそ、「カミングアウトさえできれば、一気に楽になって、相手との距離もグッと近くなるはず」と信じていました。
実際にカミングアウトをしてみると反応は様々でした。「そうだったの、大変だったね」と労ってくれる人もいれば、「勇気をもらえました」と言ってもらえることもあります。相手からのカミングアウトが返ってくることもあります。僕は「秘密を共有しあうっていいな。」と思います。その人がぼくを信用して言ってくれたのかな、とうれしい気持ちになります。
予想外だったこともあります。ゲイを隠すために作り上げてしまった性格は、カミングアウトをしても急には変わらなかったことです。もっと仲良くなりたいのですが、敬語が抜けなかったりするのです。今でも、信頼関係を築くのは苦手です。そのことに気づけただけでも、カミングアウトをしてよかったと思います。
僕は今、ようやくスタートラインに立てた気がしています。嘘をつかずに恋の話をできることがうれしいです。「この中だったら、誰が一番タイプ?」などの話に自分も参加できるようになりました。
また、他の人が中学校や高校の頃にやっていたであろう、相手との距離の取り方で「どこまでこの話を突っ込んで聞いていいのか?」を今、まさにやっている最中にも感じています。「人と関わるって楽しい」とようやく思えるようになってきました。