今回お話を聞いた祢津奈美さんは、株式会社綜合キャリアトラストが運営する就労移行支援事業所「SAKURA」でエリアマネージャーを務めています。
求職中の障害者に対する支援だけでなく、支援者側である社員への教育も任されている祢津さんに、就労移行支援事業所ってどういうところ?支援者側はどんな考え方をもつことが大切なの?といったことを伺ってきました。
就労移行支援事業所は障害のある方の就職をサポートする事業所。就職のサポートというと、面接指導や履歴書の書き方講座などが思いつきやすいですが、障害という特性から、自身の障害理解に関する時間や日常生活のリズムを客観視する時間なども設けられています。
「SAKURA」では、企業で働きたいと考えている方々にどのようなことを伝えているのでしょうか。
私たちの根底にあるのは「働きやすい職場を自分たちで作って欲しい」ということです。働きやすさは障害への配慮や理解があるか、条件の良さなどが挙げられると思いますが、自分にとっての働きやすさを自分で作ることが大事だよと伝えています。
障害者が働きやすい職場というと、企業が準備してくれるような印象、いわば「与えられる」ような印象を抱きます。しかし、自分が黙ったままでは何も準備されることはなく、ズレや不一致が生じることも少なくないでしょう。
当事業所は挨拶を大切にしているのですが、利用者さんには「挨拶をしたときに相手がどう感じるのか?」を考えてもらうようにしています。相手目線に立つ意識をもってもらいたいからです。また、例えば、大きな声で元気よく挨拶をする習慣を身につけたとしても、それが就職した先の社風に合うかはまた別問題です。「小さい声で挨拶してくれればいいよ」という職場もあるはずなので。ひとつひとつの行動の裏にある意識を考え、気づくこと。これを伝えることが大事だと思っています。
行動の背景にある意識に注目することは、仕事への目的意識、共に働く同僚への気遣い、お客様の気持ちを察することなどへのトレーニングにもつながります。障害の種類や程度によっては、この部分が苦手、難しいという方もいるので、障害が原因で起こる困りごとの改善にも活かされそうです。
障害者雇用を進めていきたい企業さまからお話を聞くと、働く社員に対して高いスキルを求められているわけではありません。職場で周囲から必要とされるかどうか、現場で活躍できるかどうかを求められているんです。技術が必要といわれることって実はほとんどなくて。組織や職場で、自分のどのような振る舞いが周囲に好影響を与えられるのか。私たちは「自分自身の振る舞いが働きやすい職場を作っていく」ということを伝えています。
障害の有無に関わらず、可愛がられる後輩になる、面倒を見たくなる部下になるということは大切です。障害への配慮を義務的に行うのか、自発的に行うのか、上司や同僚の行動は、障害者社員自身の振る舞いが決めているのかもしれません。
就労移行支援事業所で働く皆さまは、求職中の障害者をサポートすることが仕事。どのように関わり、どのように就職につなげていくのか。祢津さんは支援する側の教育にも携わっています。
この業界ではよくある話かもしれないのですが、支援する側はどんどん勉強したくなるんです。専門用語とか、障害特性とか、制度理解とか。もちろん、勉強は必要なのですが、自分が習得した知識を目の前の相手に「このケースはこうだ」と当てはめてしまうことがあります。ただ、これはすごくリスクのある話で、実際には逆。一人ひとりに自分が得た知識をどう使っていくのかが大事なんです。
知識を当てはめるのではなく、知識をどう使うかという考え方。これは就労移行支援だけではなく、様々な支援の現場で、支援する側が陥りやすい傾向への危惧です。
社員教育の手段のひとつ、OJTの場面(現場で仕事をしながら学ぶ)でも、支援する側にとっては少し耳が痛くなる言葉を届けながら、育成を進めていきます。
私も同じ経験をしたことがあるのですが、個人的な満足感というか、自分本位な支援になってしまうことがあります。OJTでは、支援に対する意識やスタンスの確認が大きい割合を占めているのですが、自分が満足するための支援になってしまっていないかどうかを客観視できるように指導しています。
「自分の目指す支援」と「相手の希望」が合致するとは限りません。理想が高い人や、仕事に対する思い入れが強い人こそ、相手の希望とのズレが見えなくなったり、自分本位の支援をしてしまったり。そんなリスクが潜んでいるのかもしれません。
これはあまり大きな声では言えないのですが…私は、面接のときに「ありがとうと言われたい、感謝されたいという気持ちで、この仕事をするのはちょっと難しいよ」と伝えています。面接に来る方の中には多少いらっしゃいます。時には厳しいことを言わなくてはならないこともあり、嫌われ役になる覚悟も必要なんですよね。
自分本位で、相手に好かれたい・感謝されたいという気持ちでの支援は、まるで相手のことを考えていないかのようなものになってしまいます。ただ、支援する側といっても、同じ人間、完璧に対応できるわけではありません。そんなとき、一歩引いた目線でアドバイスを送ってくれる祢津さんのような存在は、頼もしいかぎりです。
就労移行支援事業所は、働きたい障害者の就職をサポートするという同じ目的があっても、それぞれの事業所にそれぞれのカラーがあります。「働きやすい職場を自分の振る舞いで作っていく」という「SAKURA」の考え方に合う方もいれば、合わない方もいるはずで、大切なのはどれだけの選択肢をもっているかです。
就職するまでの時間の中で、多くの時間、関わりをもつのは就労移行支援事業所のスタッフの方々かもしれません。どのような考え方をもったひとから学ぶのか、指導を受けるのか。何を得るのかだけではなく、誰から得るのかという判断も重要なのではないでしょうか。