小学生の頃、プールで泳いでいた私は、その中でおしっこをしている男の子を見かけました。なんとなく、そこだけ黄色い水の流れが見えましたが、気づいたときにはもう手遅れで、私のクロールのひとかきが、そのエリアの水をつかんでいました。
この記憶は障害者スポーツセンターでの一コマで、彼は知的障害がある子どもでした。本当におしっこをしていたかどうかは定かではありませんが、私の頭の中に「知的障害者はプールでおしっこをする。汚い。」という言葉が深く刻まれました。
日常を送っていると「プールでおしっこをした」という背景が記憶から削がれていき、いつしか「知的障害者は汚い」という単文だけが残りました。まぎれもない思い込み。そう、偏見です。しかし、この思い込みが晴れるまで、私は20年以上かかりました。
その20年間に大学まで通い、サラリーマン生活を経て、生きづらさをテーマにしたWEBメディアを立ち上げるわけですが、少なくとも、独立するまでに「障害理解」というようなテーマの授業を受けたことはありませんし、イベントに参加したこともありません。手を挙げれば機会はあったのかもしれませんが、当時、その機会を掴もうと考えるような私ではありませんでした。
そもそも、私自身、両足が不自由な身体障害者なわけで、障害者という大きなグループの中では、私も、プールでおしっこをした彼も、同じなのです。にもかかわらず、私は「汚い」という偏見を抱いていました。同じグループに属していたとしても、偏見なんて簡単に抱くことができるのかもしれません。
ここまで書くと、障害者の権利や平等を訴えているような方々から見れば、最低なヤツと罵られてもおかしくありません。でも、体験や経験を通じて生まれた偏見は、多かれ少なかれ、似たような流れを経ているのだと思います。この過去をうまく完了させない限り、外野がどうこう言ったところで偏見は解消されないでしょう。
もし、私自身が中学校で障害理解の授業を受けていたとしても、字面だけの情報じゃ「ふーん」程度の感想しか生まれず「そうは言ったって汚かったんだもん」という記憶と感情を上書き保存することはできなかったでしょう。授業態度が最悪だった自分にも、その原因はありそうですが。
私の場合、幸運だったのは、知的障害を抱える子どもと共に暮らすママさんに「晩ごはん食べにウチにおいでよ」と誘われたことでした。
誘われたときに「汚い」という言葉が頭を駆け回ったことは事実ですし、100%の気持ちで行きたいと思えなかったことも事実です。とっさに「行きます」と言ったものの、迷いと不安とそれなりの大きさの嫌悪感は心の中にあったように思います。
実際、晩ごはんを食べたり、お酒を飲んだりしているときの私の視線は泳いでいました。「違う世界のものを見ているような目で息子を見ていた」というようなニュアンスの言葉を別の機会に受け取りましたが、まったく否定できませんでした。
しかし、年齢からすれば幼さは感じたけれど、普通にご飯を食べているし、普通にお風呂に入っているし、普通に時間になったら眠りに就いているし。私が知的障害者に対して感じていたものは、あくまでも瞬間的な過去の記憶でしかなく、偏った目線で見ていた一面に過ぎなかったのだなと痛感させられました。なんだ、普通じゃん。何も変わらないじゃん、と。
帰りの電車の中でひとりになったとき、申し訳なさと視野の狭さが一気に降りかかり、凄まじい疲労感が襲ってきたことを今でも覚えています。偏見を生んだ体験と目の前の経験を整理し、新しい考え方を得るという過程は、そんなに容易くできるものではありません。そして、そこには自責の念のようなものの受容も必要です。
今、振り返ると、「プールでおしっこをしている男の子を見た」という記憶は、自分の心の中に大きく引っかかっていた出来事だったのだと気づかされます。偏見につながった体験というのは、心の中の普段は見えないところに潜んでいて、目の前で起こった何かと重なったとき、ふと爆発する、地雷のようなものなのでしょう。
私がこのような経験をしているからか、心のどこかで偏見はなくならない、少なくとも、知識や情報だけでなくなるとは思えないと考えています。「偏見、ダメ、ゼッタイ」みたいな発信をしたところで、体験や経験から生まれた偏見はなかなかガードが固いもの。感情的なしこりが残っているほど、論理的なアプローチでは心は開きません。
多様性の受容、ダイバーシティ、インクルージョン、みんなちがってみんないいなど、偏見をなくす一端を担うようなメッセージや考え方はいろいろありますが、偏見を抱いている側の背景や理由を知ることも、それこそ、多様性という観点のひとつではないでしょうか。むしろ、偏見を抱いている側の意見をひとまず聞いてみる、その立場を考えてみるという寛容さが、歩み寄る・対話するという場合には大切なスタンスです。
「あなたはなぜ知的障害者のことを汚いと思うようになったの?」という問いを過去のどこかの場面で尋ねられていたら、私の偏見はもう少し早く解消されたかもしれません。20年以上経って、なにげない出会いがあったという幸運が、私にはあっただけです。