お金は大切。でも、自分の足元も見えていますか?ー就労継続支援B型事業所の現場から。

「こんな給料じゃ、やってられないですよ。低い給料でこき使われて、みんな嫌じゃないの?!」
 

Sさん(仮名)はそう怒鳴り、その後退職しました。2年程前、勤務先である障害者の就労支援施設での出来事です。私はそこで、お金でもめる利用者を何人も見てきました。そういう人は、他でも仕事が続かず転々とすることが多いものです。Sさんも、そのうちの1人に見えました。
 

ところが、予想を裏切り半年後、Sさんはひょっこり戻ってきました。帰って来たSさんは別人のように穏やかになっていました。Sさんの変化を目の当たりにし、何故、Sさんは変わったのだろう。その姿を見たことは私にどんな影響を及ぼしたのだろう。今、改めて考え直してみました。
 


 

ひきこもり生活10年を経て、直面した厳しい現実

 

私、森本しおりは障害者支援の仕事に3年半程携わっています。また、私自身にも半年前、発達障害があることが発覚しました。支援者かつ当事者でもあります。私は自分自身の困難に直面すると、ふと利用者の方々を思い出すことがありました。今回は、私が実際に会ったSさんについて書きたいと思います。
 

Sさんは、40代男性。一般企業で働いていた経験があります。10年程前に精神疾患にかかってからは、ずっと引きこもり生活を送っていました。そして、私が働く就労継続支援B型事業所(障害などによって、一般企業への就職が困難な方が雇用契約を結ばずに働く場所)に紹介されてきました。
 

Sさんは、引きこもり生活の影響で体力がありません。仕事も休憩を挟みながらゆっくり取り組んでいます。ハードなものは出来ません。Sさんの工賃は事業所内で比較しても低いものでした。一般就労の経験があるSさんからしたら、その金額は耐えられないものだったのでしょう。何度か職員に直談判をしたり、仕事中に文句を言ったりしていました。訴えがあったからと言って工賃を上げるわけにはいきません。結局、Sさんは退職をしてしまいました。
 

半年ぶりに戻ってきたSさんが教えてくれたこと

 

退職して半年後、Sさんは再び働きに戻ってきました。久しぶりに見るSさんは、穏やかな表情になっていました。仕事の文句もほとんど言いません。以前には見られなかった、他の利用者を気遣う姿もありました。
 

Sさんに何があったのだろうか?私も他の職員も、首をかしげていました。
 

ある日、私はSさんに仕事中声をかけられました。
 

「休んでいいですか。」
「どうぞ。休んでください。」と答えました。
 

Sさんは、ゆっくりとベンチに腰をかけて一息つきました。
 

「無理は、しないようにしているんです。」Sさんは言います。
「今の僕に大事なのは、毎日来ることですから。」そう、笑って教えてくれました。
 

「無理をしない」何度も聞いたことがあるフレーズです。それでも、その笑顔と言葉が不思議な位、心に残りました。それは多分、その時のSさんの雰囲気や行動としっくりきていたからだと思います。
 


 

安定した生活リズムは、毎日の土台をつくる

 

事業所に毎日来ることは、地道な努力の積み重ねです。それでも、それを軽んじてしまう人が多いこともまた事実です。毎日同じ時間に起きること、仕事に行くこと、夜きちんと眠ること。それは毎日を作る土台なのです。
 

土台が無ければ仕事が安定しません。仕事が安定しなければ、賃金には結びつきません。ただ、土台が安定したとしても、お金が必ずついてくるわけではない、というのが現実の難しいところですが。
 

失敗から学んだ人に、ヒントをもらいたい

 

私は何故Sさんの事例を出したのだろうと考えてみました。
 

それは、Sさんが現実を受け入れて、自分を変化させた人に見えたからです。環境を変えることはそこまで難しくはありません。しかし、環境を変えても、失敗しても、自分が変わらない人は多くいます。そういう人は何度も同じ様なことを繰り返します。それまで生きてきた中で培ってきた価値観は簡単に変わりません。現実を受け入れ、新しく適応するための変化には痛みを伴います。
 

現実を受け入れて、自分を変化させる。このテーマを考えるにあたって、焦って無理をして失敗した人の例を出すことも出来ました。そんなことは、就労支援の事業所にいれば毎日の様に接する出来事です。珍しくもなんともありません。
 

彼ら彼女らの悲惨さを訴えて、反面教師にしましょうとは言いたくありませんでした。私も同じような失敗を経験したことがあります。焦って身の丈に合わない仕事をしました。それが原因で体調を崩したことは一度ではありません。
 

人の失敗を見て学ぶことはなかなか難しいのではないでしょうか。頭でわかっても、行動を変える程の力は無いように思います。
 

自分が失敗したとき、やっと真剣に考えます。「どうしたらよいのだろうか?」と。その時に初めて、他人の生き方を自分に重ね合わせます。同じ場所から抜け出した人の話は力になります。どう解決したらいいのかのヒントをもらえます。
 

実は、私もつい最近退職をしました。そして「次の仕事をどう選ぼうか。」と考えた時に利用者の何人かの顔が浮かびました。その中のうちの1人がSさんでした。
 

「その仕事は、無理をしないで続けられるものだろうか。心に余裕が持てるだろうか。」自分にそう問いかけるきっかけになりました。私はこれからそんな記事、読んだ人が何かの拍子にふと思い出すような記事を書いていけたらいいな、と思っています。
 

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この記事を書いた人

森本 しおり

1988年生まれ。「何事も一生懸命」なADHD当事者ライター。
幼い頃から周りになかなか溶け込めず、違和感を持ち続ける。何とか大学までは卒業できたものの、就職後1年でパニック障害を発症し、退職。障害福祉の仕事をしていた27歳のときに「大人の発達障害」当事者であることが判明。以降、少しずつ自分とうまく付き合うコツをつかんでいる。
自身の経験から「道に迷う人に、選択肢を提示するような記事を書きたい」とライター業務を始める。