門をくぐったら世界中のいろんな障害を抱えた人たちが目の前にいた。デンマーク留学記③

この連載は「ワカラナイケドビョウキ」という不思議な病気になり障害をもった私が、ノーマライゼーション発祥の国デンマークに留学する1年間の放浪記です。デンマークでゴロンゴロンでんぐり返しをしながら「障害ってなんだろう」と考えます。
 


 

ここは…宇宙の果てのスペースコロニーか?
 

2017年1月、デンマーク某所。日本から約15時間、デンマーク第二の都市オーフスの近くにあるこの学校。成田空港からスカンジナビア航空に乗って北欧のこの国に来たはずなのに、私が寝ている間に、飛行機は大気圏を突き抜け、宇宙のどこか知らない星に辿り着いてしまったのだろうか。
 


 

郊外にあるこの学校の広大な敷地に入り、扉を開け、彼らを見た瞬間にクラクラした。
 

ビューーーーン。
車いすに乗った子たちが、ハイスピードで目の前を横切る。
 

「おっ」「おっ」
言葉にならない声を出しながら、目の前を歩く子もいる。
 

「・・・。・・・。」
何もしゃべらず、首を90度に曲げ、ずっとうつむいたまま歩き続けている子もいる。
 

私は言葉を失った。まるで雪が降る山形の畑にたちすくむカカシみたいだった。
 

宇宙のかなたにある、この学校の名前はEgmont Højskolen(エグモントホイスコーレン)。ホイスコーレンとは、北欧と呼ばれる超寒いこの地域で広く普及している教育制度であり、俗に「国民学校」とも呼ばれる。18歳以上ならだれでも通うことができ、全寮制の生活を通して人生を学ぶ。また、人生を学ぶだけではなく、各校で「芸術」や「スポーツ」「ジャーナリズム」といった特色を持っている。その中でも、エグモントホイスコーレン校の特色は「障害者福祉」「ダイバーシティ(多様性)」だった。
 


 

「多様性」だ!多様性を学ぶんだ!そう意気込んで、成田空港で家族とぎゅーっとハグをして、この宇宙船に乗り込んだ。どうやったら、日本の福祉制度で、障害者の笑顔をもっと引き出すことができるんだろうか。自分と違う人と共に生きるってどういうことだろうか。ってか生きるってどういうこと??
 

そんなことを学ぶために、ここに来たんだ。だけれど彼らの姿を見たときに、私は一瞬たじろいだ。あまりにも多くの、いろんな障害を抱えた人たちが目の前にいたのだ。通うのではない。1年間彼らと、この建物の中で「生活」をするのだ。
 

どうなるんだろう…。
 

背中には大きいリュック、手には65ℓのスーツケース、そのほかに心の重さを20kgばかり追加して、私の心の中はもう重量オーバーである。
 

…大丈夫か、大丈夫なのか!!ふう、と深呼吸して、学校の食堂の扉を開けた。
 

そこには、200名の全校生徒が並び、夕食の時間を過ごしていた。見渡すと「目に見える障害」を持つ学生だけでも60名近く。そのほかに発達障害や内部障害、私のようにまだ進行の進んでいない障害を持つ学生を合わせたら、障害者は半数近くになるかもしれない。
 

わぁ。多い。
 

だけど、その瞬間、私の心は宇宙圏から隕石のごとく地球に戻って来た。「そうだ。ここは学校だ」なぜなら、彼らの隣には同じくらいの年の友達がいてキャッキャと笑っていた。そこには普通の20代前後の学生の光景が広がっていた。人と人が話している、ただそれだけの当たり前のことなのに、なんで私はこんなにびっくりしているんだろう。
 

それほどまでに、私は日本で障害者が当たり前のように同じくらいの年の健常者に囲まれてゲラゲラ笑う姿や遊ぶ姿を目にしたことが少なかったのかもしれない。すごい。日本とは、何かが違うかも。
 

もし彼らがヴァイキングの末裔だとしたら、私はその船に乗り込み1年間歌い踊り、一緒に酒を飲み、彼らの生き方を教えてもらうんだ。その晩の歓迎会、そんなことを考えながら、体育館で車椅子の男の子と手をつなぎクルクルと踊った。
 

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この留学は、ダスキン障害者リーダー育成海外研修派遣事業第36期研修生として行きます。ミスタードーナツに行くとレジの横に置いてある募金箱。全国の皆様の応援で行かせて頂きます。

 

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この記事を書いた人

Namiko Takahashi