障害者差別解消法の施行によって、障害者は配慮される側だけではなく、配慮する側にもなる。

2016年4月から本格施行される障害者差別解消法。障害の有無によって分け隔てられることなく、互いに人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現することを目的としたこの法律は、障害が理由で理不尽な対応をされた、チャンスを得られなかった、いじめられたなど、様々な差別を経験してきた障害当事者にとっては悲願のもの。法律の施行を前に、障害者支援関連の業界では、講演会が開催されたり、facebookページでカウントダウンが行われたりしています。
 

この法律の肝は【合理的配慮】をほぼ義務化していること。一人ひとりの障害の種類や程度、ニーズに合わせて、可能な範囲で配慮を行うことを【合理的配慮】(←覚えておいたほうがいい言葉)と言いますが、教育現場や職場などでの合理的配慮の不提供が法律で禁止されます。先日矢辺さんが書いた「えっ!訴えられる!?2016年4月からの「障害者差別禁止指針」「合理的配慮」の注意点」というコラムは、企業の現場での合理的配慮に関する言及ですが、職場・教育現場・公共交通機関・役所の窓口などあらゆる場面で、合理的配慮がほぼ義務化されます(民間は努力義務です)。
 

20160222
 

「ひとりでも多くのひとにこの法律を知ってもらおう」「これで企業は障害を理由に不採用とは言えなくなる」「ひとの心を変えていく機会に」といった言葉が、障害者差別解消法の施行に向けてのメッセージとして並んでおり、先述の矢辺さんのコラムに対するコメントとしても送っていただきました。ただ、こういったメッセージが「配慮される側」という立ち位置のみから伝えられているのであれば、危うさを感じます。考え過ぎかもしれませんが、障害当事者自身が「配慮する側」になりえることをもしも考えていないのであれば、それは視野が狭いように感じます。
 

例えば、職場で働いている車いすユーザーの同僚として、統合失調症から復職してきた精神障害者が配属されたとしたら、互いが互いに合理的配慮を実施しなくてはなりません。職場内での合理的配慮は努力義務。お互い「配慮される側」にもなれば「配慮する側」にもなります。車いすに乗っているから配慮は難しい。精神的に不安定なので配慮は難しい。障害の種類や程度によって、合理的配慮が難しい場面はもちろんあると思います。しかし、配慮しないというのは別問題。「配慮する側」にとって障害の有無は本質的には関係のないことです。
 

「何も言わない、配慮もしない」という状況に困っていたのは他ならぬ障害者。難しいならば難しいと相手に伝えることも、合理的配慮のひとつかもしれません。合理的配慮なくしては、健常者と同様なスタートラインに立てない、公平でないということを一番知っている障害者こそ、他の障害者への合理的配慮を率先して行っていくことは意義深いことなのではないでしょうか。
 

20160222
 

また、耳の不自由な方を雇用し、本人とのコミュニケーションはチャットで行っていた職場に、目の不自由な方が配属されたならば、どのように合理的配慮を考えるのが適切でしょうか。目も耳も不自由ではない健常者側がこの課題への回答を導くのは至難の業です。障害当事者同士でアイデアを出し合うほうが早いでしょう。
 

そしてその後、同じ職場にキーボード入力が面接のときに想定していたスピードよりも格段に遅い、気分障害(躁鬱病など)の方が配属されたならば、どのように対応するのが得策でしょうか。障害者は自分の障害にはプロであっても、他者の障害に対する情報量は健常者と同じ水準です。障害の有無に関わらず、どのような合理的配慮を行えば全体最適が取れるのかという議論が必要でしょう。
 

「配慮される側」であっても、環境の変化によって「配慮する側」に変わることは十二分にあり得ることですし、それは同時に「どのように職場に受け入れるか配慮を考える側」になることを意味しています。職場に障害者が1人だけという環境である必要はありませんし、障害者がどんどん増えていく職場も異例ではありません。障害が理由での不採用がなくなる社会では、特例子会社やA型作業所のような環境ではない一般企業においても当たり前に起こりうる状況でしょう。障害者自身も合理的配慮を整備する担い手である自覚は必要です。
 

障害者差別解消法は、障害の有無によって差別を受けないことを目的とした法律です。障害当事者自身は「差別を受けない」ことへの安堵感のような感情を持つかもしれませんが、自分自身も「差別しない」ことを守らなくてはいけません。合理的配慮の不提供が禁止されるならば、障害当事者自身も不提供ではダメだということです。社会の一員として、障害者から障害者に対する合理的配慮が実施できるのか否かというのは、法律が生まれたことによる新たな着眼点かもしれません。
 

(参考サイト)
障害者差別解消法リーフレット|厚生労働省
http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/pdf/sabekai_leaflet_p.pdf

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この記事を書いた人

佐々木 一成

1985年福岡市生まれ。生まれつき両足と右手に障害がある。障害者でありながら、健常者の世界でずっと生きてきた経験を生かし、「健常者の世界と障害者の世界を翻訳する」ことがミッション。過去は水泳でパラリンピックを目指し、今はシッティングバレーで目指している。障害者目線からの障害者雇用支援、障害者アスリート目線からの障害者スポーツ広報活動に力を入れるなど、当事者を意識した活動を行っている。2013年3月、Plus-handicapを立ち上げ、精力的に取材を行うなど、生きづらさの研究に余念がない。