難病と宣告されたときの絶望感とそこから抜け出すための冷静さ。多発性硬化症を患う浅川透さんからの提案。

もし、あなたが難病だと分かったら。もし、あなたの家族が難病だと診断されたら。今と変わらない状況で生きていくことができるでしょうか。答えはNOだと思います。どれだけ気持ちが強いひとであったとしても、動じずに生きることは難しいのではないでしょうか。
 

2006年12月に国が難病だと認定している多発性硬化症だと分かり、それ以来ずっと病気と付き合ってきた浅川透さん。自分自身が病気に冒されていると分かったときはパニック状態になったといいます。誰かのために行動したいという想いがその精神状況から抜け出すきっかけとなり、その足がかりとなったのは、情報を得たこと、そして事実ベースで自分の置かれている状況を把握したことでした。
 

Kindleで出版した「難病初心者の教科書」を難病宣告されて入院されている方に届けたい。自身の経験を生かして、少しでも多くの難病患者の不安感を和らげたい。そんな想いで活動している浅川さんに、お話を聞いてきました。
 

「難病初心者の教科書」を書いた浅川透さん。

「難病初心者の教科書」を書いた浅川透さん。


 

難病認定されている多発性硬化症。笑点に出演していた落語家の林家こん平さんが患っている病気としてご存知の方もいるかもしれません。
 

多発性硬化症は自分の免疫が自分の神経を攻撃して、攻撃された部位が動かなくなってしまう病気です。何も知らないひとに説明するときには、明日朝起きたときに体がどうなっているか分からない病気と話しています。朝起きたら、手が動かない、足が動かない、口が動かない、眼球が動かない。いつどこに何が起こるか分からない病気です。

 

難病は、原因不明であったり、治療法が未確立であったり、後遺症が残る、死に至るといった確率が低くないものが認定を受けるものです。多発性硬化症も多分に漏れません。
 

社会人2年目のときに発病したんですが、宣告を受けたときには大パニックでした。自分の体に何が起きているか分からない。頭でも理解できないし、心もついていかない。治るかも分からなければ、原因も分からない。難病だと言われたので、とてつもなくヤバい状況なんだなとは分かりましたが、当時は絶望感しかなかったですね。

 

難病という言葉は、その言葉を見るだけで絶望感や虚無感を伝えてしまうものです。浅川さんも分かった当時は塞ぎ込むことが多かったそう。たとえ病気を抱えていたとしても、自分に自信を持って生きていこうと心が前向きになるまでには2年ほどの歳月がかかったと言います。
 

時間が解決してくれたと言ってもいいかもしれません。仕方ないよねという一種の割り切りにも近いです。ただそう思えるようになったら、これからどう生きていこうかという考えに切り替わったんです。難病患者であることを受容したというより、考え方が変わったという感覚。難病というタグはついたけれど、これから先を生きていくことは変わらない。感情に流されることもありますが、感情を一旦横に置いて現状把握したことが功を奏したのかもしれませんね。

 

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難病宣告を受けただけで、人生終わった、明日にも死ぬんじゃないかと思ってしまう患者さんも多いですが、そんなことはないんです。病気の種類や状況によって異なりますが、実際に働いているひともいますし、普通の人と変わらない生活を送っているひともいます。言葉にネガティブなイメージがあるせいで、前向きに生きようという気持ちを削いでしまうのかもしれません。

 

感情とうまく付き合いながら、状況を論理的に把握する。この冷静さは簡単には真似できないように感じてしまいますが、治療するために、また、様々な社会福祉サービスを受けるために、情報を集められたことが背景のひとつとしてあるようです。
 

僕が調べていた頃はまだネット上の情報も限られたものしかなく、病院や役所などに足を運んで情報収集していました。今ではネット上に公開されている情報も増えていますが、専門的な言葉が多く、やや分かりづらい部分があるなという印象を受けます。また、患者目線で体系立てて整理してくれているとも言いづらいです。病院でいろいろと教えてくれればと不満をもったこともありますが、あくまでも治療する場所ですし、患者一人ひとりに有益な情報を渡していくにも限界がありますよね。

 

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難病を宣告されたばかりのときって、入院しているベッドの上で、行き場のない不安に駆られることがほとんどです。難病について、受けられる福祉サービスについて、そして保険のことや就労のことなど、未来を見据えたときに知っておいたほうがいい情報を病院にいるうちから得られれば、少しは不安も軽くなるんじゃないかなと私自身の経験から思いました。

 

浅川さんは、難病と向き合ってきた自身の過去を活かしながら、難病患者の方へのカウンセリングや情報発信を行っています。そのひとつが先述の「難病初心者の教科書」の出版です。現在は、全国の中核病院と言われる総合病院に「難病初心者の教科書」を無料で配布するためのプロジェクトを進めており、ゆくゆくは1500の病院に届けようと奮闘しています。
 

「難病初心者の教科書」は事例を交え、専門家の情報や知恵を借りながらまとめられており、難病宣告を受けたばかりの患者さんにとって、重要かつ緊急に必要な情報が盛り込まれた冊子です。
 

病院は治療するところであって、人生を一緒に考える場ではありません。それは患者自身が自覚しておいたほうがいいことです。また、当事者会やピアカウンセリングの機会など、患者だからこそ知り合える仲間や感情を吐き出す機会もありますが、最終的に自分の人生を決めるのは自分自身の選択であり、そのために必要なのは情報です。自分の進みたい方向に進むためにいかに情報を集められるか、サポートしてくれる人を見つけられるか。ここへの問題意識が僕の活動の原点かもしれませんね。

 


 

本では生活支援や金銭支援といった点を中心に書いています。精神面や感情面については、闘病記にあるような精神論はあまり書かないようにして、難病という思い込みから解放されるための考え方や、思い込みから解放されるヒントになるような事実を書いています。病気によって引き起こされる感情の変化はひとりひとり違い、一括りにはできないからという理由もありますが、難病を患ったという変えることのできない事実について悩むことも大切ですが、これからどう生きていくかという事に意識を向けることが大切で、それは持っている情報や選択肢から自分で選ぶ以外に解決がないと思っているからです。僕もいつ体が動かなくなるか分からないので、動いているうちはその一助になれればいいですね。

 

限られた時間をどのように悔いなく生きるか、しっかりと考えている浅川さんの活動は、難病患者だけでなく、難病にいつ蝕まれるか分からない私たちにとっても有益なものです。難病に限らず、病気になるリスクを平等に抱えていることを思えば、知っておいて損ではないことだと言えるのではないでしょうか。
 

「難病初心者の教科書」を無料で配布するためのプロジェクトは現在、活動資金を集めるためにクラウドファンディングに挑戦しています。ぜひそのページも一度読んでいただきたいなと思います。
 

(参考)
難病患者の不安を解消する「難病初心者の教科書」を全国の病院に!
https://readyfor.jp/projects/5195

このライターの執筆記事

  1. 「障害があるから配慮する」ということへの違和感。配慮は誰にとっても必要なこと。
  2. 生きづらいひとのそばにいるひとの生きづらさ。
  3. 「障害者を理解しよう」ではなく「困っているひとに声をかけよう」くらいがちょうどいい。