幸せになる準備しかしてこなかった24歳の私に突然訪れた障害と病気。デンマーク留学日記①

この連載は「ワカラナイケドビョウキ」という不思議な病気になり障害をもった私が、ノーマライゼーション発祥の国デンマークに留学する1年間の放浪記です。デンマークでゴロンゴロンでんぐり返しをしながら「障害ってなんだろう」と考えます。
 

はじめまして。高橋です。
はじめまして。高橋です。

 

「明日からあなたは障害者です」
 

そういわれて「オッケー」となる人はいるのだろうか。
 

だって、障害者なんて自分の人生の中でほとんど会ったことないし、私が通っていた小学校には、障害のある子供たちが通う特別支援学級すらなかった。街で障害のある人が歩いていても、助けを求められたら道案内をしたり、その人が届かない自動販売機に手を伸ばし代わりにジュースを買ったりするくらいで、自分の人生とは別の時間軸で生きている人たちのように感じていた。そんな人たちの将来を思い、過剰に胸を痛めたりすることもあったくらいだ。その感覚は大人になっても変わらなかった。
 

そんな私が障害者になった。
 

2年前の春、その数年前から転ぶことや手からものを落とすことが増えていた私は、おぼつかない身体を不安に思い大きな病院に行った。そこで、告げられた病名は「よくわかんないけど、病気」。「ワカラナイケドビョウキ」。原因はよくわからないけど、徐々に身体から筋肉が消えていく病気だった。
 

「わかんないんかーい!」
 

と医者を責めるわけもなく、どちらかというと「特殊な能力を手に入れてしまった」とか「わたしの身体にいまの医学が追い付いてこない」とかそんな感覚。「あれまぁ」と思ったり、「どうしたこったい」と思ったり。
 

たかはしさん②
 

ただ「いや、まだ24歳なんだけどー」「まともに恋愛もしたことないんだけどー」と過去の自分の体たらくを悔やむ。なぜ、もっとモテる人生を送ってこなかったのか。こんなときに「君を守る」と口にトゲトゲのバラをくわえて、パカパカとお馬をならすナイトがいればよかったのだが、このとき付き合っていた彼氏とは3年間の生ぬるい関係を終え、そろそろ身体がふやけそうになり、「さよなら、元気でね」という言葉がお互い頭をかすめていた時期。
 

私の恋愛、THE END。
 

そして一番思ったのは、なぜ、私はもっと自分の人生と向き合ってこなかったのか、生きることについて考えてこなかったのかということ。
 

当時働いていたウエディングの仕事は、誰かの人生の1ページに立ち会わせてもらう大事な仕事。毎週末、そんなときめくような瞬間を迎えていたからこそ、仕事中に自分の人生を振り返ってしまうことは多々あったのだけれど、ちょっと考え事をすると頭からキューっと湯気が出る自分の性分を言い訳に、深く考えることから逃げていた。
 

そんなとき、原因はわからないけれど、人よりちょっとだけ早く身体が動かなくなっていく病気が舞い込んできた。お花畑のような人生を歩んできたし、3姉妹の末っ子でいつも家族が私の道をつくってくれていた。けれども、これから「障害者」としての人生を歩むのは私ひとりだ(ろう)。どうすればいいんだろう。これからどうやって生きていけばいいんだろう。そういえば、わたしは障害のある人と関わったことがない。みんな、何を大事にして何を考えているんだろう。
 

考え始めたらわからなくなってしまったので、私は旅に出ることにしました。行先はデンマーク。期間は2017年1月からの1年間。拠点は「生きるとは何か」を学ぶデンマークのフォルケホイスコーレ(※)。そこで、世界中の障害者から「あなたにとって、障害をもって生きるとはどんなことですか?」そんな話を聞いて来ます。
 

私はどんな答えを見つけられるのか。ひとりの女性として、ひとりの人間として、どんな葛藤をしてくるのか。びびりだし、自信はないし、ひとりだとちょっと怖いので、この留学日記と一緒に「障害者ってなんだろう」って考えてもらえたら。 この旅を終える頃、「生きるってなにか」「誰かと違うってどういうことか」そんなことを真正面から伝えられますように。
 

※フォルケホイスコーレ
デンマークの成人教育機関。17歳以上が対象で、全寮制である。デンマーク各地にあるホイスコーレはライフスタイル、アート、食、障害者福祉、スポーツ、宗教などそれぞれ独自の科目を提供している。
 

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この記事を書いた人

Namiko Takahashi