痛みからの解放が生んだ新たな向き合い【脳脊髄液減少症】

前回の記事(繰り返される希望と絶望 離婚の後に【脳脊髄液減少症】)でも書いた通り、24時間365日の痛みにより、疼痛以外の感覚が鈍くなっているようです。一時的な症状の改善と仕事量の増加や身内の不幸なども重なり、不安や孤独感など当たり前の感覚を数年ぶりに味わうことになりました。
 

いつの頃からか、ぼーっとしはじめ、体がだるい日が続くようになりました。食欲もなくなり、布団からも出られなくなりました。以前から痛み止めを処方して貰っている徒歩3分の心療内科で鬱病の初期段階と診断されました。今思えば、過去にも何度かそれらしい感じがあったような気もします。短期的な落ち込みや波は、生きていれば誰にでもあることでしょう。
 

以前、脳脊髄液減少症の疼痛緩和のために抗てんかん薬のランドセンに加え、サインバルタやトレドミンなど、いわゆる向精神薬を処方してもらったことがあります。その時は副作用が強く、体に合わなかったため、今回は副採用が少ないとされる第三世代のレクサプロが処方されました。これまでは疼痛緩和のため脳内での痛みの伝達調整を目的とした服用が、今回はうつ病の改善を目指し、抗うつ作用を発現する用途へと変わりました。
 

かれこれ4年ぐらい痛み止めとして数多くの薬を処方され、副作用や離脱症状の辛さを身に沁みて体験したので、新たな薬を飲むことに抵抗もありました。しかし今回はそうも言っていられない状況になり、医師の判断に身をゆだねることにしました。この決断がその後の回復に繋がったので、早目に対応してよかったと思います。
 

うつを実感する

 

診断後、1週間は仕事やその他やるべきことをやり、クリスマスイブから1月上旬まではひたすら布団の中でした。最後の追い込みで消耗したのか、徒歩30秒のスーパーへ買物も行けず、布団とトイレだけの生活になりました。起床時間は1日1時間ぐらいだったでしょうか。流石にまずいと思い、家族に助けを求めました。成人してから家族へ助けを求めるのは初めてだったと思います。現在、鬱は一般的になってきているので、家族も「これはまずい」と思ったのでしょうか。食べ物を持ってきてもらい、布団と食事とトイレの生活にステップアップできました。シャワーやお風呂は1週間近く入れない日もありましたが、冬で幸いでした(笑)。同時に、鬱に比べると脳脊髄液減少症の症状は理解されにくく、なかなか伝わらないものだなと改めて実感しました。この間、仕事で大切なプログラムの申請書類を作成していたのですが、仕上げられず諦めたことが悔やまれます。
 

1月中旬から数日間、転地療法で温暖な場所で過ごし、仕事を再開しましたが、1日働き、2日休むサイクルが続きました。これは現実的でなかったので、もう半月休養しました。投薬後、ひと月ほど頭痛などの副作用に悩まされましたが、2月ぐらいには徐々に症状は改善していったように思います。結果的には2月中旬から改めて仕事を再開し、ため込んだ分の業務に追われ、時に痛みに打ちひしがれながら春先には鬱傾向は改善しました。
 

諸症状が現れ、鬱病が改善するまで、日記的なメモ帳には、虚しさ、喪失感、悲しさ、寂しさが溢れていました。その時の落ち込みや不安は、薬の影響なのか、ただ寂しいだけだったのか。
諸症状が現れ、鬱病が改善するまで、日記的なメモ帳には、虚しさ、喪失感、悲しさ、寂しさが溢れていました。その時の落ち込みや不安は、薬の影響なのか、ただ寂しいだけだったのか。

 

世の中でよく言われる「自分はうつ病とは無縁」と思うことは、自身のうつへの理解がたりないのだなと気が付きました。
 

高校時代から音楽を始め、何よりも集中し、向き合えた曲作りが、初めて苦痛になったのが印象的でした。音への興味はなくなり、主催イベントに出るのも億劫で、途中参加かつ相方任せの中途半端なライブとなりました。仲間内のイベントだったのが救いです。

 

脳脊髄液減少症と高次脳機能障害

 

昨夏の脳脊髄液減少症の治療であるブラッドパッチの経過報告で、半年ぶりに主治医のもとに訪れ、うつのことを伝えました。
 

「脳脊髄液減少症による高次脳機能障害が出てくるようになったのではないか。元々あったであろう諸症状が、痛みで感じることが出来なかったのではないか」

「脳脊髄液減少症患者には、記憶力や集中力の低下、鬱症状が顕著になる人もいる。周りの人は気づいていても本人は痛みで気が付かない例もある」

「改善したからといって働き過ぎるとすぐに悪化してしまう。脳脊髄液減少症の改善には、睡眠と水分補給が大切。改善には長い時間が掛るだろうから、焦らずゆっくりと」
 

主治医から返ってきた言葉は以上のような内容でした。不思議なもので痛みが強い時は憂鬱な感じはなく、憂鬱な時は痛みが弱いです。どちらが主導しているのかは分かりません。
 

前々回の記事(繰り返される希望と絶望、絶え間ない不安【脳脊髄液減少症患者の治療編】)で「痛みをとるのか」「睡眠をとるのか」と書きましたが、今回は「痛みをとるのか」「憂鬱をとるのか」になりました。
 

また、多くの事例を見てきた主治医は次のようなことも言っていました。
 

「お酒が痛みなく飲めるようになったら脳脊髄液減少症は治ったと思って大丈夫」

「脳脊髄液減少症の症状が改善すれば高次脳機能障害も回復する」
 

今も続く、集中力の欠如は働くうえでの足枷です。過去には時間感覚の喪失もありましたが、久しく表れていないので、ところにより改善はしていると思います。今の課題は、ぶれない痛みとそれに伴う集中力の欠如と絶え間ないイライラです。それぞれのスタイルがあるかとは思いますが、基本的にはストレスを溜めず、気分転換するということでしょうか。
 

私なりの痛みのコントロール方法

・お風呂で体を温める

・お酒をあまり飲まない

・仕事や締切などをたまに諦める

・無理をせず寝る

・ダメな日があってもいいと心の底から信じる

・NOと言う。日頃から言っている気もしますが…
 

ほどほどを頑張りたい

 

ここ2~3年を振り返ると、春先は一番痛みが強くなるようです。今年も数多くの予定や楽しみにしていたイベントをキャンセルしました。タイミング的に毎年、法人の各種申請書・報告書の作成、客先の重要な許認可申請、施設建設、関係者の調整などが重なり、心身ともにストレスフルになっていたようです。忙しさと重圧が、ストレスを生み、ストレスが痛みを生み、痛みがストレスを生み、それらが仕事の効率を悪化させるという負のスパイラルに陥り易い時期でしょうか。
 

この3年間、自主的に3度、長期療養のための休みを取りました。3年前、痛みでもろもろ崩壊しかけ、3カ月ほど療養したときが最初で、昨夏のブラッドパッチ治療とその後療養、そして昨冬の鬱休みです。今更こんなことを言ってもしょうがないのですが、起業せず、違う道を選んでいたらこれほど痛みに苛まれ、離婚することもなかったのかなとふと思うこともあります。
 

また、つい最近もあまりの痛みで、医療用麻薬のトラムセットの再開も悩みましたが、副作用と、私の場合興奮状態になり3時間ぐらいで毎日目が覚めること、またの離脱症状のしんどさを思い出し留まりました。絶え間ない痛みは、思考力は低下させ、生きる力を奪おうとします。
 

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脳脊髄液減少症とは…
外傷性または突発性により発症する脳脊髄液が漏出・減少し、十人十色の症状を引き起こす病気。記憶障害、睡眠障害、免疫異常、全身倦怠、視力低下、光過敏、めまい、吐き気、体中のしびれ等書ききれないほどの症状を示します。詳しくは脳脊髄液減少症のWikipediaをご覧下さい。私の場合は、これといった要因のない突発性の脳脊髄液減少症で、24時間365日の痛みで数年間熟睡出来ず、ストレスで70%禿げました。痛みによる集中力の欠如と絶え間ないイライラとの葛藤の日々。

 

そんなこんなでこの半年ほどは、痛みと鬱のせめぎ合いを乗り越え、改めて痛みのみと向き合う状態に戻り、日々を過ごしています。ただ、一時期は実感できていた3度目のブラッドパッチ治療による疼痛の改善、今は感じられません。
 

痛みとは腐れ縁かな。

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この記事を書いた人

重光喬之

10年来、脳脊髄液減少症と向き合い、日本一元気な脳脊髄液減少症者として生きていこうと全力疾走をしてきたが、ここ最近の疼痛の悪化で二番手でもいいかなと思い始める。言葉と写真で、私のテーマを社会へ発信したいと思った矢先、plus-handicapのライターへ潜り込むことに成功。記事は、当事者目線での脳脊髄液減少症と、社会起業の対象である知的・発達障害児の育成現場での相互の学び(両育)、可能性や課題について取り上げる。趣味は、写真と蕎麦打ち。クラブミュージックをこよなく愛す。