まずは知ることから始めようー 絵本『さくとさようなら』を通して知る犯罪被害者支援のあり方

東京メトロ副都心線西早稲田駅。早稲田大学理工学術院や学習院女子大学が建ち並ぶ街には、キャンパスへ向かう学生が行き交っている。ふと空を見上げると戸山公園の緑が美しく、鳥のさえずりが聞こえる。ここ西早稲田駅から徒歩一分の場所に位置するのが、公益社団法人被害者支援都民センターだ。交通事故や犯罪で被害にあわれた方、遺族となられた方々への支援活動や、被害者支援の拡充を呼びかける広報活動などを日々行っている。
 

犯罪被害者の権利保護のため、国や地方公共団体に犯罪被害者を支援する責務を定めた「犯罪被害者等基本法」の施行から10年を迎えた今年。犯罪被害者支援の実状や、当事者のおかれた状況を理解するための取り組みについて、センターで被害者支援を行う相談員の方々にお話を伺った。
 

西早稲田駅のエレベーターを出てすぐ右手、新宿区立元気館の2階に被害者支援都民センターがある
西早稲田駅のエレベーターを出てすぐ右手、新宿区立元気館の2階に被害者支援都民センターがある

 

犯罪被害者支援の実状

 

犯罪がゼロにならない以上、誰もが犯罪にあう可能性がある。頭ではそう理解していても、「明日、自分が犯罪被害者になるかもしれない」と思いながら生活している人は少ないだろう。また、多くの場合、私たちは事件・事故発生時に報道を通じて被害者の存在を知るわけだが、時間の経過とともに報道は減ってゆき、被害者がその後どのような生活を送り、何に困っているかはほとんど分からない。そんな理由からか、日本において犯罪被害者はどこか人々の意識の片隅に追いやられてきた。
 

「日本の犯罪被害者支援は、欧米に比べると20年遅れていると言われていました。2005年に『犯罪被害者等基本法』が施行されたことで大きく前進したとは思いますが、社会の意識という点では、ここ十数年あまり変化がありません。」

 

2000年に開設された被害者支援都民センターで、開設当初から被害者支援に携わっている犯罪被害相談員の阿久津照美さんは、日本の被害者支援の現状についてこう話す。
 

「警察、検察庁、裁判所など、被害者の方と直接関わる機関では、研修や法制度のおかげで被害者への理解が進み、配慮が行き届くようになってきたと思います。ですが、犯罪被害の経験がない一般の方に目を向けると、被害者にかけた言葉が被害者を傷つけてしまったりする状況は昔も今も変わっておらず、まだまだ被害者の方々の心情が知られていないんだなと感じることがあります。」

 

犯罪被害者等基本法の施行から10年たった現在も、関連条例を定めた自治体は約2割にとどまり、約8割の自治体に設置された相談窓口のほとんどが機能していないという報道もある(※1)。法律に基づいた支援内容の拡充と、社会における被害者支援意識の高揚は、日本社会が抱えている課題のひとつだ。
 

被害者支援都民センターの入り口。外からセンター内の様子が分かるので入りやすい。
被害者支援都民センターの入り口。外からセンター内の様子が分かるので入りやすい。

 

犯罪の被害者になるとは?

 

窃盗、殺人、交通事故、暴行…。一口に犯罪と言っても、被害の実状は個々の事件・事故で異なるわけだが、ある日突然犯罪被害者になると、生活はどう変わるのだろうか。
 

「PTSD(心的外傷後ストレス障害)などの精神的なショックはもちろんのこと、犯罪被害にあって初めて刑事手続や裁判に巻き込まれますし、諸々の手続きにあたっては経済的な負担もかかります。例えば、自宅や自宅近くで被害にあった場合、ほとんどの方が転居しますが、どこからも保障は出ません。損害賠償を請求する権利があっても、加害者に支払い能力がなければ、被害者が負担をしなければならない。被害にあって初めて、被害者のおかれた状況の深刻さを知りましたとおっしゃる方は多いですね。」

 

被害者支援都民センターの役割

 

そのような状況に直面している被害者の精神的支援・その他各種支援活動を行うのが、被害者支援都民センターの方々だ。
 

「公安委員会から認定を受けた『犯罪被害相談員』が14名在籍しており、支援にあたっています。電話相談は全国の方からお受けしています。身内を亡くされた方や性犯罪の被害に遭われた方など、重篤なケースの場合には、関東近郊にお住まいの方であれば、面接相談や刑事手続の付き添いなども行います。」

 

センター内にはキッズルームも完備。子どもが楽しく安心して相談を受けられるよう、おもちゃなどが用意されている
センター内にはキッズルームも完備。子どもが楽しく安心して相談を受けられるよう、おもちゃなどが用意されている

 

遠方在住で直接的な支援が必要な場合は、全国47都道府県にある民間の被害者支援団体を紹介している。その他にも、遺族の方々が月に一度集まって話し合う「自助グループ」という場を提供したり、社会への広報・啓発活動の一貫として、セミナーや街頭キャンペーンを行ったりもしている。
 

「私たちが常日頃から思っているのは、『まず知ってほしい』ということです。被害者の方々がおかれた状況や、支援がまだまだ十分でない現実を理解していただきたい。理解することによって、かける言葉や配慮の仕方が変わってくると思うんです。」

 

被害者の気持ちを知る絵本『さくとさようなら』

 

そんな被害者の実状を知る手がかりになる絵本が、今年3月に被害者支援都民センターから刊行された。絵本のタイトルは『さくとさようなら』。物語の主人公は、小学生の男の子「マナ」。ある日突然、妹「さく」が亡くなってしまったところから物語は始まる。
 

絵本『さくとさようならーきょうだいを亡くしたマナのお話』の表紙
絵本『さくとさようならーきょうだいを亡くしたマナのお話』の表紙

 

きょうだいの突然の死にとまどう気持ち、両親の変化、妹の死の原因を自分に求めて自分を責める気持ち、「死」に怯える気持ち、家族で悲しみや思い出を分かち合う様子、そして、さくの存在を胸に家族全員で一歩を踏み出すまでの様子が、親しみやすいイラストとシンプルな文章で描かれている。
 

この本を発案したのは、臨床心理士としてセンターで被害者支援にあたる新井陽子さん。2014年の夏から約9ヶ月かけて刊行にこぎつけた。
 

「交通事故でお子さんを亡くされたご家族にお会いすると、ごきょうだいがいらっしゃる場合が多々あります。当然のことですが、ご両親は亡くなったお子さんの死に没頭されていて、どうして我が子を守れなかったのかと、悲嘆に打ちひしがれていらっしゃるんですね。そういう状況では、残された子どもの気持ちにまで思いを馳せることが難しくなってしまいます。ごきょうだいのことは以前と変わらず大好きなんだけれども、以前のように愛情表現ができなくなってしまうことがよく起きるんです。そういった子どもたちに寄り添える本があったらいいなと思っていたんですが、なかなか見つからなかったんですね。」

 

海外の絵本も探したが、欲しいと思えるものがなく、いつか絵本を作りたいと思っていた新井さん。そんなときに手にしたのが、プルスアルハさんが手がける絵本のシリーズだった。
 

「プルスアルハさんが製作された絵本『ボクのせいかも…ーお母さんがうつ病になったのー』を手にして、絵のタッチや、絵本と解説が一緒になっている構成がすごくいいなと思いました。それで、プルスアルハさんにお声がけしてご協力いただくことになったんです。」

 

プルスアルハさんは看護師・細尾ちあきさんと、精神科医・北野陽子さんのユニットで、大人が抱えている病気などの事情が、子どものせいではないことを子ども自身に伝える絵本などを作成している。うつ病以外にも統合失調症、アルコール依存症などを、「絵本・解説・病気の基礎知識」の3本柱で伝えており、『さくとさようなら』も絵本のあとに絵本のシーンを振り返る形で、子どもへの声がけの具体例や、子どもの心情の説明など、細やかな解説が収録されている。
 

絵本を手に「このシーンではこんなことを伝えたいという希望をお伝えして、絵と文章にしていただきました」と話す新井さん
絵本を手に「このシーンではこんなことを伝えたいという希望をお伝えして、絵と文章にしていただきました」と話す新井さん

 

「絵本自体は子ども向けに書かれていまして、きょうだいを亡くしたお子さんが思っていることをマナが代弁するような形で表現できればと思い、悔しさや悲しさ、怒り、学校での楽しい気持ちなど、いろんな気持ちを描きました。マナに起きる気持ちは全部自然な気持ちだから、どんな気持ちをもってもいいんだよ、全部大切なものなんだよ、ということを子どもたちに伝えたいなと思っています。」

 

子どもだけでなく、子どもの両親、子どもの周囲にいる大人に向けてのメッセージも込められている。
 

「ご両親に対しては、きょうだいを亡くされたお子さんの気持ちをまず知っていただきたいのと、ご両親が上手く対応できなくてもそれは自然なことで、ご自分を責める必要はないんですよ、ということをお伝えしたいと思っています。また、なんで我が子を守れなかったのかと、ずっとご自身を罰しているご両親の方に、悲しみは悲しみとして心に留めておきながら、日々の生活で楽しみを得ても大丈夫なんですよ、ということをお伝えできたらと思っています。」

 

「周囲にいる大人の方々に対しては、子どもがとっている行動の理由を知る手がかりにしていただけたらと思っています。子どもに限らず、人間には『感情・思考・行動』の3つがあって、この3つはつながっています。感情は自然に沸き上がってくるもので、とめることはできません。そして、湧き上った感情によって考えも影響を受けます。イライラしたときには、「僕が死んじゃえと言ったから死んじゃったんじゃないか」とネガティブなことを考えるかもしれないし、「楽しい」と思った瞬間に、「まだお父さんとお母さんが悲しんでいるのに、自分は楽しんではいけないんじゃないか」と考えるかもしれない。そうした考えが湧き上がることによって、最終的に行動に現れます。怒っていた場合には友達とケンカをしてしまう、といった風に。感情と考えと行動がどのようにつながっているかを分かっていただくことで、なぜ子どもがこのような行動をとるのか気づいてもらいたいなと思ったんです。」

 

本書は死因を特定していないので、犯罪被害だけでなく、災害や病気できょうだいを亡くした場合など、様々な場面で活用できる。新井さんは、当事者はもとより、スクールカウンセラーや院内学級、各市町村の教育センター、当事者の支援を行っている精神科医、臨床心理士、ケースワーカー、警察や検察、司法関係者にも手にとってもらいたいと話す。
 

「大人も子どもも、どんな気持ちも持っていいんだよということを伝えたいんですね。大事なのは、私たちがネガティブにもポジティブにも振れることで、健康を保っているのを知ることです。人は常にポジティブでいることを求めがちですが、常にポジティブなんてありえないじゃないですか。どちらに触れてもいいんですよ、ということをお伝えしたいなと思っています。」

 

犯罪被害にあったときのことを想像するのは、決して楽しいことではない。しかし、「犯罪にあいたくない」と思うことと、「犯罪被害者のことを考えない」ということはイコールにはならないのではないか。犯罪をゼロにすることは難しいかもしれないが、制度の不備や被害者への理解不足による二次被害や三次被害は、制度が整っていれば、社会の理解があれば防げるのである。万が一、自分や親しい人が犯罪にあったとき、制度や理解があれば、大きな支えになるだろう。
 

阿久津さんと新井さんのお話を通して、犯罪被害者支援に少しでも関心をもたれた方は、ぜひ『さくとさようなら』を手にとってみてほしい。小さな一歩かもしれないが、きょうだいを失った「マナ」や、子どもを亡くしたご両親の気持ちに寄り添うことで、まずは「知ること」から始めたい。
 

※1日本経済新聞2015年5月26日朝刊「法施行10年 犯罪被害者 進まぬケア」
 

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絵本『さくとさようなら』の入手方法について
絵本は無料で配付しています。ご希望の方は、250 円切手を貼った A4 返信封筒を下記宛先へお送りください。なお、寄附の用紙を同封させていただきますので、お気持ちをいただければ幸いです。いただいたご寄附は全て、被害にあわれた方の支援に役立たせていただきます。

申込先:
公益社団法人被害者支援都民センター
〒169-0052 東京都新宿区戸山3-18-1 元気館2階 (「絵本希望」と表にお書き添えください)

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この記事を書いた人

木村奈緒

1988年生まれ。上智大学文学部新聞学科でジャーナリズムを専攻。大卒後メーカー勤務等を経て、現在は美学校やプラスハンディキャップで運営を手伝う傍ら、フリーランスとして文章執筆やイベント企画などを行う。美術家やノンフィクション作家に焦点をあてたイベント「〜ナイト」や、2005年に発生したJR福知山線脱線事故に関する展覧会「わたしたちのJR福知山線脱線事故ー事故から10年」展などを企画。行き当たりばったりで生きています。