『名もなき詩』から学んだ感受性の価値

みなさんは傷つくことが怖いですか?
それはもっと具体的に言うと、何が怖いのでしょうか。
 

Mr.Childrenの『名もなき詩』が発売された当時、僕は高校2年生でした。高校生活は楽しかった一方で、自分がゲイであることを受け入れられない日々を送っていました。そんな時に聴いた『名もなき詩』の歌詞に、ショックを覚えた記憶があります。
 

『あるがままの心で生きられぬ弱さを/誰かのせいにして過ごしている』のは、まさにその当時の僕で、誰かのせいどころか、社会とか常識とか、人間という生き物とかのせいにして、息苦しく生きていました。単純な僕は歌を聴いて、「そうか、俺が弱いから息苦しいのか」という思考が頭を掠めるようになりますが、ゲイであることを受け入れる作業に加えて、自分が弱いと認めるには、多くの時間が必要でした。
 

しかし同時に『知らぬ間に築いていた自分らしさの檻の中で/もがいているなら/僕だってそうなんだ』と歌ってくれたことで「みんなそうなのかな、桜井さんも同じなのかな」と素直に少し安心したのも憶えています。
 

(C)にしはらまもる

(C)にしはらまもる


 

「傷つくことが怖いから○○しない」という発言は、とても大雑把な怖がり方であり、大雑把な逃げ口上だと僕は思っています。「誰だって傷つくのは嫌じゃないか!」という発言は、一般化することで自分を正当化して逃げるための口実だと思っています。これらの発言をしていると、得たいものとの天秤が正しく機能しなくなってしまいます。
 

高校生当時の僕は、友だちにカミングアウトをして傷つくことは怖いと思う一方で、孤独感から逃れさせて欲しいと、助けて欲しいと思っていました。だから考えました。傷つくことが怖いとは、自分にとって具体的にどういうことなのか。それは、打ち明けた友だちに嫌われたくないということでした。ではカミングアウトしても嫌われない方法はあるのか、と考えるも、その前に何故カミングアウトしたら嫌われると思ったのかの根拠が曖昧でした。
 

(C)にしはらまもる

(C)にしはらまもる


 

当時はインターネットを活用できない時代で、ゲイという存在がとても見えづらかったことに加え、例えば辞典では「異常性愛」という表現がされているなど、否定的なものばかり目にしていました。そのため、僕は自分を否定する癖が染みついていたのですが、友だちが「ゲイは社会的にNGだからお前のことは受け入れられない」というタイプかといえば、きっとそうではないと思っていました。そうすると、カミングアウトしたら嫌われる、と決めつけることは友だちに対する偏見となるので、失礼なことのように感じました。同時に、友だちと僕の関係を信じないことにもなるので、「信じてみようかな」と少しずつ思うようになった気がします。
 

そうして『あるがままの心で生きようと願うから/人はまた傷ついてゆく』という歌詞と、カミングアウト体験の蓄積から、僕は傷つくことをむやみに怖がらなくなりました。傷つくことは、あるがままの心で生きることと引き換えなのだと理解してから、傷つくという感覚を含めて大切にしようと思うようになりました。嬉しいとか楽しいとか幸せだとか、そういうポジティブな感情だけでなく、悲しいも寂しいも苦しいも、不安や恥ずかしさや憤りとかも含めて、人間だから感じることができるのだと思えたのです。そしてきっと自分の感受性が錆びていないから感情や感覚の判断がつくのだと考え、それは次第に「湧いた感情を自分で定義できるうちは、俺は大丈夫」という軸のようなものになりました。
 

(C)にしはらまもる

(C)にしはらまもる


 

そのようにして、感情を丁寧に整理して表現していくと、誰かと会話する際の助けにもなり始めます。例えば今、目の前にいる相手は「ムカつく」という言葉を使っているけれども、そこにくっ付いている感情は「寂しい」だな、と想像できるようになり、「ムカつく」という単語に振り回されなくなります。すると「この人は寂しかったのかもしれない」という仮説を基に話が聴けるようになるので、「寂しい」に関連するようなキーワードを逃す可能性が低くなったりします。これは自分にとって、とても良い変化だったと思っています。
 

傷つくことが怖い、を紐解いていくと、きっともっと個人的で具体的な言葉が出てくるようになります。そうすると、思っていたよりも怖くないことに対して怖がっていたと気づいたり、怖いことへの対策を思いついたりすることができるかもしれません。もしも「傷つくことが怖い」と思って何かに踏み出せないことがあったら、まずはもっと個人的で具体的な表現に変えてみてください。それだけでほんの少し、怖くなくなるかもしれません。

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