2014年1月−3月期に放映されたドラマ「明日、ママがいない。」の舞台は児童養護施設でした。ドラマを巡って様々な意見が飛び交ったのは記憶に新しいところです。
全国に589件、約3万人の児童が生活しているという児童養護施設っていったいどんなところなのか?私たちは多くのことを知らないからこそ、誤解していることが多いのかもしれません。児童養護施設から社会に巣立つ子どもたちの自立支援を行う、NPO法人ブリッジフォースマイルの植村さんに児童養護施設のホントのところについて伺ってきました。
ポスト、ドンキ、ボンビ。確かに施設に預けられる理由を象徴している。
佐々木:「明日、ママがいない。」に出てくる少女たちはポスト、ドンキ、ボンビといった名前で呼ばれていました。特にポストという名前は赤ちゃんポストから付けられた名前ということもあり、様々な議論が飛び交いました。
植 村: ポストが赤ちゃんポスト、ドンキは母親が鈍器を使った事件を起こしたこと、ボンビは家庭の貧困と、それぞれ施設に預けられた理由が名前になっていました。舞台となった「コガモの家」で働いているロッカーもコインロッカーで見つかったことが名前の理由でしたね。
植 村:日本において、親が育てられない子どもは「社会的養護下」におかれます。厚生労働省の管轄です。児童養護施設はかつては「孤児院」と呼ばれ、親を亡くした子どもが入る施設でしたが、今は虐待が入所理由の最上位となっています。虐待には、身体的な虐待もあれば、ネグレクトのような育児放棄もあります。虐待が発覚すると、子どもたちは児童相談所に保護され、そこから施設や里親に措置されます。報告によると、児童虐待の数は、1990年から2010年の20年で50倍以上に増えています。虐待の背景に貧困が絡むこともあり、子どもをとりまく問題は、はっきり理由付けられるものばかりではありません。
世間ではまだまだ、孤児院のイメージが強いですが、日本の児童養護施設には「孤児」は1割しかいません。9割には親がいて、離れて暮らしています。夏休みやお正月に、一時的に家に帰る子がいるくらいですから。
国の方針は「家庭的な養育環境」
佐々木:施設という言葉だけ聞くと、行政主導のハコモノのようなイメージを思い浮かべてしまいます。一度入ったら出てこられないような雰囲気すら覚えます。あくまでも個人的な穿った見解だと思いますが。
植 村:はい、それは完全に思い込みですね(笑)。ただ、児童養護施設の歴史をさかのぼれば、戦災孤児を収容し、閉じ込めておく所から始まっているので、大きく外している訳でもないかなと。古い施設は、いまだに当時の名残もあるようです。
「明日、ママ」の舞台となった「コガモの家」は外見が特徴的な民家風でした。この小規模な形態は比較的新しいもので、いまも100人を越える子どもが生活する施設があったりします。大人数を養育するために、集団生活はまぬがれられず、食事は調理室でつくられ、学校に行っている間に掃除洗濯をまとめてしてもらえます。ただ、そのままでは家事はもとより、戸締まりや、ゴミ出しを知らないで一人暮らしを始めることになるかもしれません。身の危険や、近所の人に迷惑をかけるといったことにつながる可能性もあります。
植 村:厚生労働省は、社会的養護下の子どもの養育に関して、「家庭的な養育環境」に変えていく方針で、その一環として、児童養護施設の本体のまわりに一軒家を借り、小規模化をはかっています。自立を控える子を中心に、家事する姿を見せたり、手伝わせたりすることは、一人暮らしの準備として大切です。職員が細やかに子どもの状況を把握するためにも、家庭に近い単位で、より丁寧に養育できるような仕組みを整えていこうとしています。職員は交代で泊まり込みます。はっきり分かりませんが、おそらく「コガモの家」はファミリーホームかと思われます。
施設を新しく建てようとすると住民反対運動が起きることもある
佐々木:最近、知的障害者の施設を建てようとした際に、周辺住民から反対運動が起きたという話があります。これと同様のことが児童養護施設でも起きるという話はあるんでしょうか。
植 村:更正施設のようなイメージなのか、悪いことをした子どもが入っていると思われることもあるようです。数年前も、地域住民の反対運動により、建設計画が中止になりました。これらは実際の子どもたちを知らないから起こる偏見です。悪さをしたどころか、大人の都合でそこにいるのに。中に荒れている子がいるのは事実ですが、それは学校でもどこでも一緒ですよね。施設=不良となってしまうのは安易すぎます。
自立支援を行う団体として、施設の子どもと会うのが日常的ですが、普通のいまどきの中高生です。知ろうともせず、偏見をもつ大人たちが変わろうとしないことが、この社会を生きづらくしてる一因ではないかなと、つい思ってしまいます。
児童養護施設が近くにあるという方ならご存知かもしれませんが、施設主催のお祭りをやったり、バザーをやったりと、地域との関係を大切にしている所もあります。知っているところだと、乳児院の特徴を活かし、周辺に住むママへ向けた子育て教室。保育士資格を持つ、子育てのプロから教わることができる訳です、よいアイデアですよね。
施設に預けられる子どもは増えているのか?
佐々木:児童養護施設に預けられている子どもたちは約3万人と言いますが、今でも施設に入所する子どもたちは増えているのでしょうか。
植 村:虐待の増加とともに、社会的養護下の子どもが増え、児童養護施設に預けられる子どももそれに伴っています。ただ、里親に預けられる子どもの割合は増えつつあります。これは国の「家庭的な養育環境」方針のもと、里親への措置を優先していく流れがあるためです。「明日、ママ」でも里親との関係や交流が描かれていましたね。ドラマの里親のイメージと、現実はなかなかに離れていますが。
児童相談所の保護児童が増えて、受け皿となる児童養護施設は満員状態のところばかりです。1人出たら、すぐに新しい1人が入ってくるという状況も発生しています。そのため児童相談所では、措置先の決まらない待機児童が増えています。親から引き離し保護されているので、家には帰れない、学校にも通えないという状態。半年とどまる子もいます。生活はもちろんですが、勉強や人間関係にも影響は出てしまいます。
※里親制度:児童を養育するに充分な養育費と里親手当てを受給して、児童相談所から委託された要保護児童を養育する制度(Wikipedia「里親」より部分抜粋)
「明日ママ」は何を変えたのか。私たちは変わるべきなのか。
佐々木:「明日ママがいない」というドラマが大きな論争を生み出したことで児童養護施設が注目を浴びたことは事実だと思います。ただ、児童養護施設の世界ってドラマだから話題が生まれただけであって、一般的な生活を送っているひとには知らない、興味がない世界だと思います。
植 村:そこが大きな問題なんですよね。知らない。興味がない。元々興味がある人にしか届かない。身近でなさすぎて、遠い国の話のように思われがちです。あと、このインタビューもカタイ文字だらけになってるんじゃないかなと(笑)。説明の難しい分野で、いつも頭を悩ませています。
佐々木:心配しなくても、お固くなっていると思います(笑)。
植 村:子どもたちを守るという使命がある分、施設はどうしてもオープンになりづらい傾向はありますし、施設出身者は自分の生い立ちを簡単には言いません。それは当然の話ですよね。だから、私たちのような橋渡し役。自立支援というカタチで施設と社会をつなぐ役割を担っている団体が、もっと発信していかなくてはと思います。
明日ママに関しては、5月17日に「児童養護の本当のことを語ろう~『明日ママ』論争を超えて」というテーマでイベントを実施しますし、6月末と7月頭は年に1回の大きなイベント、「カナエール」という施設から進学を目指す若者の夢スピーチコンテストを実施します。1年中、何かしらのイベントを通じて、児童養護施設のことを社会に発信していこう、身近な存在にしていこうとしています。少しでも興味を持って頂けたら、参加して頂けると嬉しいです。
取材後記
自分の周囲に施設出身者がいる、自分の家族がそうだ、自分自身がそうだというような場合でなければ、なかなか児童養護施設について考えることもなければ、知ることもないでしょう。私自身もそうでした。
親がいないということは経済的な問題だけでなく、家庭を知らないことによる生活力の低下(家事が分からない、金銭感覚が身につかないなど)や家庭を作ることのイメージの低下(家族ってなに?子育てってなに?という状態へ陥りやすい、親から受けた仕打ちを自分の子どもにしてしまう)などにつながりやすくなってしまいます。実はこちらのほうが根深いのかもしれません。
もしかしたら、あなたに言わないだけで、あなたが気づいていないだけで、あなたの周囲にもいるのかもしれない。児童養護施設ってなに?ということを知っているだけで、偏見なく、彼/彼女らと信頼関係が築きやすくなります。知っているか知らないか。私たちが素直に受け入れられるかどうかはこの違いなのだと思います。