夢、カナエール。児童養護施設からの挑戦。

 
「僕には今まで夢がありませんでした。なぜなら、施設を退所した人がなれる職業、できることには限界があると思っていたからです。」
 

この一言が発表された2011年から3年目。先月30日に「カナエール2013」が開催されました。カナエールは児童養護施設出身者の進学格差を改善するためのプログラムであり、選ばれた10人の学生が自分の夢を発表することで奨学金を集めるスピーチコンテストです。私は2011年の第1回からボランティアとして関わってきて、今年で3回目でした。
 

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カナエールはただのスピーチコンテストと違い、特殊な形式で進められます。1人の学生に対し、3人の大人が加わり、4人のプロジェクトチームという単位で構成されます。3人の大人は、メンターという学生の夢の引き出す役割、クリエイターというコンテストまでの歩みを撮影し、3分間の映像を作る役割、マネージャーというチームビルディングを請け負い、進捗管理を行う役割をそれぞれ務めます。大人たちはボランティアというより、プロボノ(自分の経験、スキルを提供するボランティア)に近いかもしれません。このチームで約4ヶ月をかけてスピーチを練り上げます。
 

私は2011年、マネージャーとして1人の学生と向き合い、結果的に冒頭の一言を引き出しました。夢を語るスピーチコンテストなのに、「夢がなかったって本音を言っていいよ」と伝えたこと。飾った夢ならば発表しなくていい。当時高校生だった彼の心の奥にあるリアルを素直に話してほしい。そんな気持ちから伝えたように記憶しています。
 

児童養護施設では、全国で約3万人が生活しています。児童養護施設に入所する経緯は一人一人違いますが、両親との死別や経済的な理由だけでなく、最近では虐待やネグレクト(育児放棄)といった理由も増えています。一番頼りになり、愛を持って接してくれる存在である親との関係が崩れたなかで入所する彼ら/彼女ら。実は生活環境にハンディキャップがある以上に、精神的な拠り所がないことに大きなハンディキャップがあります。自分の行動や成果を応援してくれる身近な存在がいない孤独感。心が満たされていない状況で夢を見る、未来を描くことは想像する以上に難しいのです。
 

また、彼らは18歳になると施設を出て自分の力で生活していかなくてはなりません。進学するのであれば、生活費だけでなく学費も自分で補わなくてはなりません。自分の進路を描き、大学に行きたいとたとえ思ったとしても、その先にあるのは苦難の道。全国平均70%という18歳での進学率に対し、20%という施設出身者の進学率。全国平均の3倍である30%の中退率は、苦難の道の現れでしょう。
 

奨学金が施設出身者向けに用意されているものも多いことは事実です。ただ、経済的な部分ではなく、頼れる存在がいない、弱さを見せることができる相手がいないことが大きな壁です。私のような身体障害者であれば、目に見える障害なので自分の障害を開示する機会に事欠きません。一方、施設出身者の場合は自分の生い立ちや生活環境にハンデがあるため、自分から開示する以外に方法がありません。施設出身者という言葉にポジティブな背景を捉える人は少ないでしょう。施設出身というだけで嫌われる、いじめられるかもしれない。いい大人からみれば些細なことかもしれませんが、学生である彼ら/彼女らにとって死活問題。結果として自分を受け容れてくれる人はいるのかという悩みに苛まれ、孤独感が進展していくのです。
 

カナエールは「受け容れてくれる大人が待っている」ことが大きく、「自分の夢や未来について、自分ごととして真剣に考えてくれる4ヶ月という時間」を用意してくれることが、彼ら/彼女らにとって貴重なのかもしれません。もちろん、コンテストの先にある最大174万円の奨学金は言わずもがなです。
 

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今年集まった10名の夢は
・世界を駆け巡るビジネスマン
・助けが必要な人に寄り添えるケースワーカー
・優しき厳しく、生徒に向き合う高校教師
・患者さんを笑顔でつつみ支える看護師
・夢や希望を与えられる施設職員
・国と国の懸け橋となる外交官
・あたたかく見守り、そばに寄りそう施設職員
・発展途上国の教育環境の改善
・施設の子どもが夢を語れる環境づくり
・誰もが悩みを話せるような社会づくり
 

どの夢も自分の過去や経験から導き出されたもので、5分間のスピーチを聞くと、その純粋さに心が洗われるばかりでした。
 

良い悪いという話ではありませんが、3年間のカナエールで発表されたスピーチでは、施設の先生になりたいという夢が多く、今年も施設に関わる夢は3人。福祉の領域という観点で広げれば半数を超えます。出身者だからこそ変えられる未来があることは疑いの余地はありませんが、たくさんの選択肢を見つけられずにいることは、今の社会が創り出している現実なのかもしれません。
 

カナエールは2014の開催に向けても動き出していますし、私の地元・福岡でもカナエール福岡が立ち上がろうと準備しています。ぜひ多くの方にカナエールという取り組みが届くとともに、児童養護施設出身者が抱える「生きづらさ」を知って頂ければと思います。
 

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この記事を書いた人

佐々木 一成

1985年福岡市生まれ。生まれつき両足と右手に障害がある。障害者でありながら、健常者の世界でずっと生きてきた経験を生かし、「健常者の世界と障害者の世界を翻訳する」ことがミッション。過去は水泳でパラリンピックを目指し、今はシッティングバレーで目指している。障害者目線からの障害者雇用支援、障害者アスリート目線からの障害者スポーツ広報活動に力を入れるなど、当事者を意識した活動を行っている。2013年3月、Plus-handicapを立ち上げ、精力的に取材を行うなど、生きづらさの研究に余念がない。