「生きづらさは、自己責任」じゃないとしても。

「自己責任」や「自助」というワードに対して、嫌悪感を抱く人は多いようです。生きづらさは、他人や環境が影響していたり、今の社会的課題の犠牲になっていたりします。そうやって考えると、生きづらさの原因が100%自分にある人は、ほぼいないのではないでしょうか。
 

たとえば、親から借金を押し付けられたり、運悪くブラック企業に就職したり。自分に目立った非がないときは、余計に納得がいかないものです。
 

「自分のせいじゃないのに、どうして私が責任をとらなくてはいけないの?」と思うかもしれません。
 

ただ、残念なことに、世の中は不公平で不平等。あなたのせいでなかったとしても、起きてしまったことは変えられないのです。嫌な人達が完全にいなくなることも、あまり期待できません。自分の意思で変えられるものと、変えられないものがあるからです。
 

生きづらさ
 

「自助」という言葉は、そのイメージがあまりよくなくなってしまいました。「すでに頑張っている人に、もっと頑張れというのか」という怒りを招いた印象です。たしかに私も個人で負えない範囲の問題については、他人や公的機関を頼った方がいいと思っています。
 

その上で、他人や社会を擁護するつもりもまったくありません。どちらかと言えば、その逆です。「他人や社会を責めたり、期待をしたりするのは、自分が苦しい」というだけです。自分ができうる範囲の事柄に集中する方が、心の平穏を得られると思うのです。
 

こう考えるようになったのは、「ニーバーの祈り」を知ったからです。ニーバーの祈りは、アルコール依存症をはじめとした自助グループが回復していくためによく引用される言葉で、依存症でない人や、無神論者にも役に立てることができます。
 

神よ、変えることの出来ない事柄については、それをそのままに受け入れる平静さを、
変えることの出来る事柄については、それを変える勇気を、
そして、この二つの違いを見定める叡智を、私にお与えください。
 

というものです。
 

「生きづらさから抜け出せない」人の多くは、この「ニーバーの祈り」にある三つのどれかが当てはまるのではないでしょうか。
 

一つ目は「変えることの出来ない事柄」についてです。多くの人の悩みは「変えられないことを変えようとすること」で生まれています。
 

ないものねだりは分かりやすい一例です。過去の出来事を悔んだり、生まれ持ったものを認めなかったり、他人が思い通りに動いてくれないことについて悩んだりすることも変えられないことを変えようとすることで生まれる苦しみです。
 

二つ目は「変えることに出来る事柄」についてです。これは、変えられないことを受け入れた後に「じゃあ、自分は何ができる?」と考えて行動に移すことです。
 

過去は変えられなくても、これから先にとる行動は変えられます。他人を思い通りに動かすことはできなくても、自分の考え方や相手への接し方を変えることはできます。実際に行動をしていくことで、現実を変えていくのです。
 

三つ目は「二つを見極める叡智」です。それが自分で変えられるものか、それとも変えられないものかの判断をすることです。
 

最初からこの判断を正確に下せる人はほぼいないはずです。いろいろな経験を積んで、少しずつ予想を修正していくしかありません。積み重ねていくと精度が上がっていくものではないでしょうか。また、極論を言ってしまえば、未来を正確に予想することは誰にもできません。
 

生きづらさ
 

正直に言うと「この文章を発信したところで、ほとんどの人は実行に移さず、忘れてしまうんだろうなぁ」という予想はつきます。「他人や社会のせいにせず、自分のできる範囲に集中しよう」なんて、生きづらさの只中にいる人にしんどい現実を突きつけただけです。感情的なしこりが無くならなるどころか、反発感や嫌悪感が強まった人もいるでしょう。
 

しかし、読んだだけで生きづらさを減らせる文章はどこにも無いと思うのです。むしろ、現実はそのままなのに「変わった気分」が味わえるとしたら、それは現実のしんどさを一時的に麻痺させる痛み止めの薬のようなものじゃないでしょうか。根本的には何も変わりません。
 

時間やお金やエネルギーは有限です。その限りある資源を、一時的な痛み止めや、自分でやらなくていい理由を探すために使うのはもったいないです。せっかくなら、行動に移すために使いませんか。
 

変えられることを変える勇気にエネルギーを集中させれば、少しずつでも変化は起きるはずです。
 

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この記事を書いた人

森本 しおり

森本 しおり

1988年生まれ。「何事も一生懸命」なADHD当事者ライター。
幼い頃から周りになかなか溶け込めず、違和感を持ち続ける。何とか大学までは卒業できたものの、就職後1年でパニック障害を発症し、退職。障害福祉の仕事をしていた27歳のときに「大人の発達障害」当事者であることが判明。以降、少しずつ自分とうまく付き合うコツをつかんでいる。
自身の経験から「道に迷う人に、選択肢を提示するような記事を書きたい」とライター業務を始める。