無意識に他人からの評価を気にしていた私が、他者評価の呪縛から解き放たれるまで

小さいころはあまり周囲の大人に怒られた記憶がありません。4つ上の兄が怒られる様子を見て、自分は同じことをやらないようにしていたからだと思います。妹もいたので、兄と妹の様子を見て怒られない行動を無意識にとっていたような気がします。この頃の私は無意識的に他者評価をものすごく気にしていました。
 

そんな私も中高生になると他者評価を気にしない場面が増えました。思春期もあり周囲に対して反抗的な言動が増えますが、どれだけ学校の先生に怒られても「怒られたくない」という気持ちは皆無でした。
 

停学処分になったときでさえ、当時は「めんどくせぇな」くらいの感情しかありませんでした。私が他者評価を気にしていなかった理由は「自分は間違っていない」という気持ちです。自分は間違っていないのだから、自分を評価しない周囲が間違っている。そう思うことで他者評価を気にしないことができたのだと思います。
 


 

他者評価の呪縛

 

私からみると「もっと他者評価を捨てた方が楽なのに」と感じる人に出会うことが数多くあります。他者評価を捨てられない多くの人に足りないのは「自分は間違っていない」という気持ちなのかもしれません。
 

他者評価を気にせず思春期を過ごした私は、社会人になって数か月は同じような振る舞いをしていました。研修期間が終わるまでは。
 

配属先は社内でも有名なブラック部署。今だったらパワハラと言われる行為もありましたが、私は自分が正しいと思うことはできませんでした。成果を出せなかったからです。
 

成果の出し方すらわからず、成果が出せない。しかもコンサルティング会社という特性上、同じチームのメンバーからの評価が上がらないと任される仕事も限られてきてしまいます。まずは周囲からの評価を上げようと必死になりました。他者評価を気にしまくっていたのです。他者評価を気にするあまり、自分がどう振る舞っていいのかわからなくなってしまいました。
 

最初の配属先では苦労した私も、部署の異動などもあってしばらくはうまくいっていました。でも、他者評価を気にしはじめると仕事がうまくいきませんでした。他者から評価されていないと感じた私がとった行動はすべての放棄。仕事をやらないという行為でした。
 

ただ、このときは開き直ったわけではなく、仕事をやっていない状態を見て周囲に心配してほしくての仕事放棄でした。親の目をひくためにいたずらする幼子と同じです。結局は他者評価を気にしていたのです。
 

どん底での開き直りが他者評価を捨てるきっかけ

 

自分はもっとやれるはずなのにこの会社では成果を出せない。そして評価もされていない。そう思った私は逃げ出すように会社を辞めました。
 

この頃の私はまだ他者評価を気にしていました。他者評価なんてどうでもいいと思いつつ、自己評価よりも他者評価が低いことに耐えきれなかったのでしょう。周囲が自分を評価してくれないなら辞めるしかないという思い込みもありました。
 

24歳無職。そこそこの規模のコンサルティング会社で収入も同世代の平均よりは高かったのが、突然の無職・無収入。社会的に評価されたら自分は社会の底辺だ。そう思うと、なんだか他者評価なんてどうでも良くなってきました。
 

転職活動もやりたいようにやりました。面接で「いずれ起業したいです」と言った私のことをおもしろがってくれた社長の会社に入りました。社員数十名の商社です。
 

転職先でも他者評価を捨て始めました。
 

飲み会文化で接待や社内の飲み会も激しかったのですが、社内飲み会は断り続けました。最初のうちは「今日はお前のための飲み会なんだから断れないだろ、普通」とか言われていましたが、無視です。もう他者評価なんてどうでも良かったのでやりたいようにやろうと思っていました。クビにしたいならいつでもしてくれとも思っていました。
 


 

他者評価の呪縛から解放された方が他者評価が上がるというジレンマ

 

不思議なもので、最初のうちに飲み会を断るとそのうちに誘われなくなりました。たまに飲み会に参加すると「今日は井上が参加してくれた!」と歓迎され、会計の時も部長が「今日はせっかく来てくれたんだから、井上の分は俺が出してやる!」となぜか他の社員が1000円くらい払っている中で私だけタダになったこともあります。
 

その後、再度の転職を経て独立するに至るのですが、今ではますます他者評価を気にしなくなりました。
 

他者評価を気にしないと気持ちが楽なのでパフォーマンスが上がり、結果的に周囲から評価されるようになってきました。
 

独立している人間にとって周囲からの評価は収入にもつながります。「他者評価を気にしないと、巡り巡って他者評価が上がり、儲かる」という不都合な真実に気付いてしまってからは、他者評価を気にすることが怖くなってきました。
 

社会人になりたての私がそうだったように、自分が間違っていないと思いたくても思えない環境や周囲からの評価を気にせざるをえない状況の方もきっと多いはずですが、やはり私は他者評価を捨てることをおすすめします。これまでの歩みの中で、私自身が他者評価を気にして良かった経験がないからです。
 

他者評価を完全に捨てなくてもいい。自分を評価してあげることから

 

とはいえ、私も完全に他者評価を捨てられているわけではありません。できることならかっこいいと思われたいし、モテたいし、すごいと言われたい。でも、他者評価に縛られることはなくなりました。他者が評価してくれなくても、自分で自分を評価してあげられるようになりました。
 

マラソンランナーの言葉で「自分で自分をほめてあげたい」という言葉がありますが、誰もほめてくれないのなら、自分で自分をほめてあげればいいのです。
 

他者評価を捨てるとは、他者からの評価をまったく気にしないとかアドバイスに耳を傾けないということではなく、誰も評価してくれなくても自分で自分を評価して賞賛してあげることだと私は思うのです。
 

記事をシェア

この記事を書いた人

井上洋市朗

「なんか格好良さそうだし、給料もいいから」という理由でコンサルティング会社へ入社するも、リストラの手伝いをしてお金をもらうことに嫌気が差し2年足らずで退職。自分と同じように3年以内で辞める若者100人へ直接インタビューを行い、その結果を「早期離職白書」にまとめ発表。現在は株式会社カイラボ代表として組織・人事コンサルティングを行う傍ら、「生きづらい、働きづらい環境を変える方法」についての情報発信を行っている。