発達障害だからといって、他者理解の努力を放棄していいんですか?

「あなたに他人の気持ちを分かれというのは、背の低い人に向かって高い棚のものをとれというようなものです」
 

今から約1年半前、私は主治医から「発達障害があるから」ということを理由に、福祉の仕事をすることは諦めたほうがいいと示唆されました。私は主治医の発言に、猛反発をしました。
 

「そんなこと言ったって、他者とのかかわりを絶った人生に何の意味があるんですか?」
「そもそも、どんなに苦手だって他者と一緒に生きていく他にないじゃないですか。」
 

私は自分の生き方で、主治医の言葉に反抗してやろうと決心をしました。
 

「やりたいこと」は「向いていないこと」でした。

 

私は約2年前の27歳の頃、発達障害の診断を受けました。その直後は「これまで仕事や人間関係でうまくいかなかったのは、発達障害のせいかも!」と衝撃を受けることの連続でした。この頃は、何もかもを発達障害にむすびつけて考えていました。
 

発達障害を中心に物事を考えると「福祉職」はどうやったって相性が悪いものです。発達障害の専門書を読み、医者にアドバイスをもらえばもらうほど「自分は不正解の道に進んでしまったのかな?」と不安になってきました。その果てに、主治医に「やっぱり、福祉の道はあきらめた方がいいですかね?」と相談したのです。主治医には、冒頭の言葉通り「福祉職はやめた方がいいよ」と示唆されました。
 

アマノジャクな私は、主治医に止められたときに怒りました。そう、自分で相談したのに…(笑)。意地になって「絶対にこの人のアドバイスなんか聞かない。むしろ、アドバイスが間違っているってことを、証明してやる!」と燃えました。
 


 

「他者の気持ちを理解しよう」とする努力は、障害特性だからって放棄していいのですか?

 

就職活動をしていた頃、「will(やりたいこと)」「can(できること)」「must(やらなければならないこと)」の重なる部分を仕事にするといい、という話を聞きました。
 

私は好きなことと、向いていることが違ったのでしょう。障害特性は「can(できること)」に影響する部分です。私は発達障害の診断をされる前から、対人業が「向いていないこと」であることはわかっていました。承知の上で仕事をしていたはずが「発達障害」という診断名をされた途端に「障害なら、努力をしても無駄なのかな」と急に弱気になってしまいました。
 

しかし、今は好きなことと、向いていることがちがうのは、障害の有無にかかわらず、よくあることだと感じています。たとえば、私の目から見ても「不器用で人間関係に苦労しそうだな」と感じる健常者もいます。「対人関係が苦手」という結果はどちらも同じですが、私の場合は原因のひとつが発達障害だった、というだけです。
 

また、私は発達障害を抱えていたとしても、他者のことを理解しようとする努力は避けて通れないと思います。たとえ、物や機械を相手にする時間が長い仕事でも、仕事仲間やお客さんがいるはずです。自分を必要としてくれる人がいない限り、それは仕事として成立しません。突き詰めていくと、誰かと関わらない仕事なんてありません。
 

苦手なことは、上達するまでに時間がかかります。たしかに効率は悪いし、伸びしろがあるのかもよくわかりません。そろそろ福祉の仕事をはじめて5年が経ちますが、他の職員と比べたら、今でも私は使えない職員でしょう。それでも、私はこの仕事が好きです。他人の気持ちを想像できる人を尊敬します。だから、他人より上達に時間がかかっても、人を相手にする仕事を続けていきたいです。
 

苦手なことは、何度も失敗しながら攻略法を探していけばいいんじゃない?

 

困ったことに、障害特性から自分の選択肢を狭めることをしないようにしたら、「人前でしゃべる」という苦手な仕事を任されることになってしまいました。それこそ、プラスハンディキャップでは「発達障害だからそれは苦手です」なんて一切通用しません。「それで、何をどう工夫したらいいの?やってもないのにできないなんて分からないじゃん」です(笑)。
 

迷ったときに「障害特性に合わないことはやめよう」と考えていたら、今はありませんでした。可能性を狭めようとしていたのは、きっと医者や周囲じゃなくて自分自身だった気がします。失敗ばかりで傷ついてきたから、もう諦めて逃げてしまいたい。そんな弱い心でした。
 

今は、たとえ苦手なことだって、独自の方法を見つければ、突破できるかもしれないと感じています。失敗することも以前と比べると怖くなくなってきました。実際に何回も失敗をしたけれど、周囲から見捨てられることはありませんでした。一緒に原因と対処を考えてくれる人がいました。また、チャンスを与えてくれる環境がありました。
 

「失敗をしたって、また挑戦すればいいんじゃないの?」と気持ちが変わってきたことが、何よりうれしいのです。
 

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