若手社員がすぐに会社を辞めるのは「甘え」や「気合い」の問題なのか?早期離職白書の作者井上洋市朗は語る。

新卒で入った会社を早々に辞める。そんな若手社員を「甘えている」や「気合いが足りない」といった言葉で批判し、「いまどきの若い者は…」とか「俺が新人だった頃は…」とかネチネチと説教する社会人の先輩は、残念ながら一定数いらっしゃいます。そしてそんな言葉がその若者の未来を曇らせてしまうことを本人たちは気づいていません。
 

「思い込みで語るひとが多いからこの社会は生きづらくなってしまう。数字や調査結果で議論しようよ。」と語るのは2013年以来の早期離職白書を発行しようとしている株式会社カイラボの井上洋市朗さん。普段はPlus-handicapでライターとして原稿を書いてもらっていますが、若手社員が早期離職する理由、それは「甘え」や「気合い」の問題なのか?今回は逆取材してみました。
 

早期離職白書を発行しようとしている井上洋市朗さん
早期離職白書を発行しようとしている井上洋市朗さん

 

なんだかんだいって、大卒の若者は3年で3割辞める。

 

厚生労働省のサイトに「新規学卒者の離職状況に関する資料一覧」というデータがあります。そこには学歴別の卒業後3年以内離職率の推移が記されているのですが、平成24年3月卒の大卒社員で32.3%(3年以内なのでこれが直近の数字)。過去の数値を見てもほとんどが30%前半の数値を示しています。
 

「新卒社員が入社後3年で3割辞めることを問題視するひとが多いですが、数字で見ると平成7年以降はほぼずっと3割キープ。つまり「最近の若者は…」ではないんですね。例えば40歳の上司がそう語っていても、あなた方の世代もそうですよと言えちゃうわけです。離職率を下げようというより、年月が経っても早期離職が3割続いている背景を考えたほうがいいのかもしれません。」

 

従業員の規模別で3年内離職率を確認してみると…
従業員の規模別で3年内離職率を確認してみると…

 

ちなみに、3年内退職率を「七五三(中卒7割、高卒5割、大卒3割)」と表現していたこともあるようですが、中卒だと約65%、高卒だと約40%という数字(平成24年)が出ています。
 

早期離職に踏み出すその主な理由は3つ。

 

早期離職の理由は様々あるでしょう。職場の人間関係やハラスメントの問題、仕事が面白くないといったこともあれば、結婚や出産、キャリアを考えた上での転職や独立など、話しづらい理由も胸を張りたくなる理由も混じっています。
 

『早期離職白書』を発行する上で、述べ200人近い早期離職者にインタビューを重ねてきた井上さんは最近の特色として3点挙げられると語ります。
 

「最近の早期離職者の背景として挙げられるのが、【仕事の裁量・仕事を通じての成長・個人ブランディング】の3点です。1点目の【仕事の裁量】は、仕事の目的や目標が示されている中で、達成するための手段を自分で考えられるかどうか、その裁量権があるかどうかがネックとなっているようです。言われたことをそのままやれ、ということに窮屈さを感じている話は多くあります。また言われたことだけやっていた方が楽と考えている方であっても、上司からの指示において『なんのためにやるのか』という目的が示されずに『黙って言われたことだけやれ』と言われるのは不満要因になっています。」

 

井上さんは早期離職対策のセミナー講師も務める
井上さんは早期離職対策のセミナー講師も務める

 

「2点目の【仕事を通じての成長】は憧れられる上司や先輩が職場にいるかどうかということです。10年経ってもあの程度なのかとか、役職者になっても同じ仕事をするのかとか、若手社員はよく見ています。また、会社の飲み会で、会社の愚痴、お客さんの悪口、自分への説教などばかりされると、あんな上司にはなりたくないなと感じてしまうのは当然のことだと思います。そんなひとつひとつの積み重ねが離職の原因です。」

 

飲み会で愚痴も言えないのか。飲み会こそ自分の心の中をオープンにする場ではないか。そんな「飲みュニケーション」が好きな方々には痛い現実かもしれませんが、そもそも飲み会への参加を苦痛に思う若手社員が一定数いることも背景のひとつにあるのではないでしょうか。かくいう私も、サラリーマン時代の職場の飲み会は楽しめないほうでした。
 

「3点目の【個人ブランディング】はfacebookやtwitter、instagramなどのSNSが発達したことによって、自分がどんな体験、経験を積んでいるか発信できること、反応がダイレクトに届くことに起因していると考えられます。個人ブランディングできる仕事かどうかとは、仕事を通じた自分の体験や経験が、周囲から承認・賞賛されるかどうかということ。それができない仕事や職場からは、離れたがる傾向が強くなっています。NPOなど社会問題に対する事業を進めている法人への就職希望が増えていることもこの背景と似ているかもしれません。これは3年前に早期離職白書の第一弾をつくった際と大きく変わったことですね。」

 

早期離職は防げるのか。どう防ぐのか。

 

現在の日本は、求職者有利の雇用情勢が続いています。しかし、職務経歴書に様々な社名や仕事内容が並んでいれば、人事担当者からは敬遠されやすいですし、新卒入社後すぐに辞めていることが分かれば、何かしら問題があるのかもしれないと勘繰られることも事実です。
 

そんな情勢もあって、やむを得ない理由やどうしてもという理由がなければ、早期離職はなるべくしないほうがいいというのは井上さんの意見です。
 

「自殺を企図した、ウツになった、ハラスメント被害に合っているなどの背景があるならば会社を辞めた方がいいこともあると思います。ただ、多くの場合、3年から5年くらいは新卒入社の会社で働き続けることを薦めています。今の日本はなんだかんだ言っても新卒ブランドは強く、20代前半での転職に肯定的な意見は少ないのが現実です。会社選びの選択肢という視点から考えると3年~5年くらいは新卒入社の会社で続けた方が選択肢は広がります。」

 

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「一方で、早期離職者自身が、会社を辞めた理由の“それらしい”説明がうまくなってきているとも感じます。本人も“それらしい”理由で自分を納得させて、転職するときもうまく立ち回れるのだと思います。会社を辞めたことが良いことか悪いことかなんていうのは、何十年も先にならないとわからない、もしかしたら一生わからないかもしれません。最終的には自分自身が納得できるかどうかが重要です。」

 

では、防ぐ側となる企業や上司はどのような対応をとればいいのでしょうか。
 

「結局は個別対応です。寝る間も惜しんで仕事したい社員もいれば、ワークライフバランスを図りたいという社員もいる。仕事を通じて成長したい社員もいれば、言われたことだけやっていたいという社員もいる。採用の時点で似た志向性の人材だけ獲得できていれば全社対応できるかもしれませんが、結局は直属の上司や職場の同僚の属人的な対応です。また、若手社員や後輩世代の仕事に対する考え方が変わってきているので、上司、先輩世代の価値観は通じません。価値観に違いがあるならば、個別対応を採らざるを得ないです。」

 

現在、早期離職白書2016の出版に向けて クラウドファンディングに挑戦中です。
現在、早期離職白書2016の出版に向けて
クラウドファンディングに挑戦中です。

 

「なんだよ、個別対応かよと言われるかもしれませんが、3割も辞めるのではなく3割しか辞めないと考えれば、早期離職者対策はマイノリティ支援の一種なんです。障害者支援を身体、知的、精神と一括りにして実行できますか?なかなかできないでしょう。それと一緒です。会社を辞めたいと申し出るひとが一度に大量に出ることのほうが稀。上司部下でどれだけコミュニケーションが取れるか、取っているかです。」

 

早期離職者の問題を追い続け、数値や調査結果から論じる井上さん。同じ意見を持っていたとしても、単なる思いつきで言うのかデータから語るのかでは説得力と納得感が違います。ここが専門家の強みでしょう。
 

話を聞いている中で余談として出てきた「男性社員に彼女いるの?と聞くこともセクハラになるし、マイノリティ否定になる」という話題や「生まれてきてくれてありがとう的な研修は様々な背景の中で育ってきた子どもの多様性を否定している」という意見も非常に興味深く、今までの常識や社会通念が通用しない職場となってきている(だからこそ早期離職の問題も個別対応となる)ことを伝えてくれました。
 

現在、Readyfor?のクラウドファンディングで早期離職白書2016の出版プロジェクトに取り組む井上さん。興味がある方はぜひリンクをチェックしてみてください。
 

(参照)
新規学卒者の離職状況に関する資料一覧|厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/topics/2010/01/tp0127-2/24.html

「3年以内離職のリアルを伝える 早期離職白書2016をつくりたい」|Readyfor?
https://readyfor.jp/projects/soukirisyokuhakusyo2016

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この記事を書いた人

佐々木 一成

1985年福岡市生まれ。生まれつき両足と右手に障害がある。障害者でありながら、健常者の世界でずっと生きてきた経験を生かし、「健常者の世界と障害者の世界を翻訳する」ことがミッション。過去は水泳でパラリンピックを目指し、今はシッティングバレーで目指している。障害者目線からの障害者雇用支援、障害者アスリート目線からの障害者スポーツ広報活動に力を入れるなど、当事者を意識した活動を行っている。2013年3月、Plus-handicapを立ち上げ、精力的に取材を行うなど、生きづらさの研究に余念がない。