「本音で生きる」という決断― 起業家・小野貴也さんが摂食障害を克服できた理由

食事が取れない状態になる拒食症。食欲をコントロールできずに食べ過ぎてしまう過食症。食行動にこれらの異常をきたすのが「摂食障害」と呼ばれる精神疾患です。私の友人にも過去に摂食障害を患い、過食と拒食でボロボロになっていったひとがいました。心の病気と言われる摂食障害。治療しようにも一朝一夕でどうにかなるものではなく、心に抱える問題と向き合わなければならなかったと聞いています。
 

VALT JAPAN株式会社・代表の小野貴也さんは、大学時代から起業に至るまでの約5年間ずっと摂食障害を患っていました。過食と拒食を繰り返した小野さんは、どのように摂食障害を克服されたのか。小野さんのお話には摂食障害だけではなく「生きづらさ」を解消するヒントが隠されていました。
 

小野さん
 

摂食障害を積極的に治そうとはしなかった理由

 

小野さんが過食と拒食を繰り返すようになったのは大学4年生のときでした。硬式野球部に所属してトッププレイヤーと共に、大学生活を歩まれていた小野さん。しかし、人前で平然と振る舞うその裏では、1食に3000円を費やし、異常な量を食べては出す、その繰り返しでした。過食・拒食を発症したきっかけを伺ってみても「原因はわからないんですよね」とのこと。なにか決定的な出来事があったわけではなく、日々積み重なっていく小さなストレスがなにかの拍子に爆発したのではないかとおっしゃっています。
 

「今思えば、当時はものすごく神経質だったような気がしますね。人からメールをもらっても『このメッセージの意図は?』『返信が遅いことには理由があるのか?』と深読みしたり、自分の言動が適切だったかどうか他人に確認してみたり。小さい時からずっとそうだったかもしれません。人からどう思われているか、本音を言えない自分がいたんでしょうね。」

 

医者に初めて相談した際も、自分の話だとは言わずに「友達が過食・拒食で悩んでいるのですが」と尋ねたという小野さん。具体的な解消方法の提示を期待しつつも、医者の話は「薬で完治するものでも短期間で治ったりするようなものでもない。心にある根本的な問題を解決しないといけない」でした。
 

とはいっても、それを聞いた小野さんは「心にある根本的な問題」とはあまり積極的には向き合わず、過食・拒食を「有効なストレス発散方法」として用いていました。
 

「ストレス発散の方法は、スポーツやひとりカラオケなど、人によっていろいろありますが、僕の場合は「食べること」だった。それだけの話ですね」

 

小野さん②
 

ある決意が、摂食障害を解消するきっかけに

 

小野さんは大学を卒業して民間企業へ就職しました。過食・拒食によるストレス発散は続けていましたが、仕事に支障をきたすこともほとんどなく、周りに摂食障害を悟られることもありませんでした。ただ、転機が訪れたのは、会社員になって3、4年目の頃。小野さんは「自分の症状について一度考えてみよう」とある行動に出ます。
 

「精神的な悩みを抱えている人達ってどんな感じなのか、ふと気になったんです。それで、当事者とその家族の集会に参加してみることにしました。」

 

その集会に来てまず小野さんが驚いたのは、参加者の経歴でした。経営者、学校の先生、デザイナーなど、そこにいたのは様々な仕事で成果を収めてきた方たち。輝かしい実績を持ちながら、現在は家族や仕事から離れて生活保護を受けて暮らしている方もいて、小野さんは衝撃を受けました。
 

「その場では参加者がお互いの状況や治療について情報交換をしていたのですが、『薬、医者、会社、上司、部下、家族が悪い』と周りのせいにしている彼らの姿を目の当たりにしました。」

 

お互いに弱音や愚痴を漏らし合う空間に、居心地の悪さを感じた小野さん。しかし、参加者の話を聞くうちに、小野さんは彼らの「本音」に気づきました。
 

「会社の社長をしていた方が『悔しい』と言っていたんです。弱くて情けない自分が悔しいと。悔しいという言葉には、その方の意志が滲み出ていました。この人達も心の底では今より良くなりたいと願っている。そうでなければ、本当はこんな場所には来ないんですよね」

 

なかなか今の状態から踏み出せない。でも本当はこの状況をどうにかしたいんだと意志を持っている。そんな意志を持つ彼らが再び社会復帰して活躍できるような組織を自分がつくればいいのではないか。
 

学生時代から「いつか自分で会社をやる」と決めていた小野さんは、この瞬間に起業を決意しました。そしてこの決意が、小野さんの人生を大きく変えることになります。
 

VALT JAPAN株式会社の経営理念(ホームページより)
VALT JAPAN株式会社の経営理念(ホームページより)

 

生きづらさを解消したのは「本音」だった

 

「Love to the possibility —意志のある可能性に愛を—」を理念に掲げるVALT JAPAN株式会社。3000名を超える障害者スタッフによるバックオフィス業務代行事業は、成果物のクオリティが非常に高いとクライアント各社で好評を得ており、業績は右肩上がりです。「こんな仕事もお願いできるの?」と驚かれるような難易度の高いPC業務も請け負えることが同社の強みで、強い意志を持つ人たちの可能性の大きさを日々感じていると小野さんは言います。
 

そしてもうひとつ、起業によって思わぬ成果がもたらされました。
 

「起業以降、摂食障害の症状は一切出ていません。今はあまりストレスがないので、解消する必要がなくなったのかもしれません。振り返ってみると、本音で生きると決めたことがよかったのかもしれないですね。自分は会社や社会をどうしたいのか、自分と徹底的に向き合いました。本音だからこそ人がついてくる。やり遂げたいことが必ず達成する。そう確信しています。」

 

起業を機に「本音で生きる」と心に決めた小野さん。もしかすると、今までは本音を押し殺していたストレスを過食・拒食で解消していたのかもしれません。
 

人に嫌われるかもしれない。非難を浴びるかもしれない。本音を伝えて他者から否定的な反応が返ってきたときのダメージは大きいものです。「自分の心の声」を押し殺して周りに合わせた振る舞いをしているほうが、安全で楽な生き方にも見えます。
 

しかし、自分に嘘をつく生き方は心と身体を蝕み、どこかで限界を迎えます。小野さんの摂食障害もそんなアラートだったのかもしれません。「本音で生きる」というシンプルな決断は、生きづらさを解消するだけの力を持っているのではないでしょうか。
 

(参考)
VALT JAPAN株式会社
http://valt-japan.com/

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この記事を書いた人

真崎 睦美

平成元年生まれのフリーライター。前職は不登校支援の仕事に従事。大学時代は教育の道を志す「the 意識高いキラキラ学生」だったが、新卒入社した会社を2か月でクビになり、その後務めた会社を2か月で退社して挫折。社会人2年間で2回の転職と3社の退職を経験し、自らの「組織不適合」を疑い始めてフリーに転身する。前職時に感じた「不登校生は〇〇だ」という世間的イメージやその他の「世にはびこる様々な偏見」を覆していくべく、「生きづらい」当事者や支援現場の声や姿を積極的に発信していく予定。人生の方向性は絶賛模索中。