2015年4月26日に投開票された、先日の統一地方選挙。東京都北区議会議員選挙では「筆談ホステス」として有名な斉藤里恵さんがトップ当選しました。1歳で聴覚を失い、うまく話すことができない中での選挙戦を戦い抜いた結果の当選は、障害者の政治参加という観点においても大きなインパクトを与えました。また、兵庫県明石市議会議員選挙でも、生まれつき耳が聞こえない家根谷敦子さんが、手話を使って有権者に語りかけるという手法を用いながら選挙戦を走り抜け、当選を果たしました。
選挙戦は音を出すことが前提。聴覚障害者の視点が不在という現実。
この2人の当選を多くのメディアが発信したことでご存知の方が多いかもしれませんが、選挙期間中はチラシを配ることができない、筆談での演説は公選法違反の恐れがあるなどの状況があり、2人の選挙戦は困難を極めました。街頭演説や選挙カーからの挨拶など、有権者の耳に残るように選挙戦は展開されます。つまり、選挙戦は耳が聞こえることが前提で作られた制度に則って行われるのです。
筆談が封じられた斉藤さんは、裏にメッセージが書ける名刺を用意し配る、電子ボードを使ってメッセージを届けるという方法で選挙戦を乗り切りました。名刺は選挙期間中も配るだろうという慣例のもと、公選法に違反しないというルールがあったことも追い風でした(実際には配布枚数の問題で嫌疑をかけられたそうですが)。また、手話は言ってしまえばジェスチャー。家根谷さんの場合、手話を使った演説に家族が通訳をする形で選挙戦を乗り切りました。有権者の目を通じて心に届ける。聴覚障害者ならではの工夫といえば聞こえはいいですが、聴覚障害者の視点が不在で作られた今の選挙制度だからこその苦労です。
議会での活動においても困難を極めます。聞こえないという世界の中で、どのように議会の議事進行についていくかは難題です。議会の傍聴において申請を出せば手話通訳を準備してくれる議会が増えてきていることもあり、手話通訳で補うという手段はありますが、聴覚障害者すべてが手話を使えるわけではありません。実際に斉藤さんの場合は「初心者レベルで勉強中」とのこと。パソコンの読み上げソフトを使うなど、様々な工夫をトライアンドエラーを繰り返しながら議員の仕事を行っていくことを思えば、選挙戦の先にもたくさんの困難が待ち受けているでしょう。議員としての活動期間内に、当事者の目線からどのような改善提案を出すのかという点にも注目できるかもしれません。
立候補した聴覚障害者にも苦労があるのであれば、投票に行く側にも苦労はあります。選挙期間中にチラシが配布されない、街頭演説で話を聞くことができないとなれば、誰にどのような理由で一票を投じるのか、その判断に困難が生じます。手話通訳や字幕が入る政見放送も増えてきましたが(国政選挙)、市区町村レベルの選挙だと行われない、立候補者数の数が多すぎるなどの問題もあり、ここにも聴覚障害者の視点が不在という現実が横たわります。
他の障害に由来する、政治参加の工夫。
見えないという不自由さがある視覚障害者。投票所で点字器を借り、投票用紙に点字を打って投票することができたり、投票所の係員に代筆してもらえたりと、投票におけるフォローは進んでいます。先述の通り、選挙戦は耳が聞こえることが前提である分、選挙期間中に耳に情報は届けられます。情報取得の困難さという観点で似ている聴覚障害者と比較して、分からなければ聞くことができるというのは大きいものです。19世紀末の第1回の衆議院議員選挙に高木正年氏が、初の首長に森盲天外氏がなっているという歴史から見ても、視覚障害者の政治参加についてはかなり昔から考えられているのかもしれません。
手が不自由で字が書けない、足が不自由で投票所に行けないという方には、代筆や郵便等投票などのフォローがあります。代筆の場合は、誰に投票したいかをご自分で意思表示でき、付き添いの方などが代筆することはできないというルールがあります。郵便等投票の場合は、両下肢・体幹や内部障害などの一定の種類の障害者、要介護5の等級を持つ介護保険の被保険者といった条件があります。
平成25年5月の公職選挙法改正によって、成年被後見人の方の選挙権が認められ、投票できるようになりました。成年被後見人とは、認知症、知的障害、精神障害などの精神上の障害などによって判断能力を欠くことが認められ、家庭裁判所から後見開始の審判を受けた人のことを言います。判断能力という観点で障害者に分類される方々も投票に参加することができるようになりました。
障害者は、自身に障害があることで障害者手帳が発行され、障害者となります。健常者と比較したとき、政治参加に困難さが発生することは仕方のないことです。ただ、選挙管理委員会のフォローや工夫、制度の改善によって少しずつスムーズに政治参加できるようになってきていることは上記の障害に関しては事実でしょう。ただ、今回の統一地方選で、聴覚障害者にとってはまだまだ改善されていないことが障害者の世界にとっても突きつけられたのだと思います。
障害者の政治参加が改善できれば、政治の世界がそもそも変わるかもしれない。
最近ではネット選挙の解禁を謳われることが多いですが、障害者にとってもネット選挙の解禁はプラスに働くのではないでしょうか。チラシの配布ができないように、ブログでの発信やSNSでの発信などにはまだまだ制限がかかると思われますが、ネット中継として音声と字幕、ガイド付きの政見放送を流す、選挙管理委員会や第三者団体(公平性を保てる組織)が候補者の主張・政策比較サイトを展開するといった施策は有益だと考えます。自分で行動を起こせば情報は手に入り、健常者と比較しても機会的に平等であると想定できれば、あとはポジティブな意味での自己責任。そこには障害者の有無は関係なくなるかもしれません。マイナンバー制との連動でネットを介した投票までできるようになれば、健常者にとっても万々歳かもしれません。
議会でも通信機器の持ち込み、活用をうまく実施していければ、障害者の議会参加の困難さも減っていくでしょう。skypeでつなげば議会という場所に通わなくても議会が成立する日が来るかもしれませんし、口頭と要約筆記(チャット)を組み合わせれば聴覚障害者にとってもストレスがない議会になるかもしれません。いつまでたっても口でやりあうだけが議論ではないと言えるのは、障害者ならではの観点です。余談ですが、通信機器を駆使できなければ政治家になれないという暗黙値があるほうが、若者にとっても政治が近くなったりするなんてことも考えられます。
障害者の政治参加を促すための改善点をつぶしていけば、その分、政治の効率化が進む。バリアフリー、ユニバーサルデザインといった考え方は、政治の世界にも通用するものです。
(参考)
●練馬区ホームページ「お体の不自由な方は、代理投票・点字投票・郵便等投票をご利用ください」
http://www.city.nerima.tokyo.jp/kusei/senkyo/kugikaigiinsenkyo/okarada.html
●江東区ホームページ「投票しやすい環境作り」
https://www.city.koto.lg.jp/ac/senkyo/8575/tenjidairi.html
●「筆談ホステス」斉藤さん当選 音使わぬ選挙戦に法の壁(朝日新聞デジタル 2015.4.27)
http://www.asahi.com/articles/ASH4W2PT1H4WUTIL002.html