見た目にはわからない病名を伝える意味とは?

Plus-handicapではライターの網谷さんがカミングアウトについての記事を何本もアップしていますが、セクシュアルマイノリティの方と同じように、HIV陽性者にとってもカミングアウトは常に難しい問題です。
 

僕の場合は人前で患者としてお話をする機会をいただくことがあるので、全く初対面の方の前でも病名を伝えることがあるのですが、一方で両親や兄弟には誰一人伝えていません。両親は既に亡くなっていますので、隠し通したことになります。
 

ときどき、家族に伝えていないことについて「何かあったとき困らないよう、伝えたほうがいいのでは?」と言ってくださる方もいて、講演先でも質疑応答のときダイレクトに聞かれたりするのですが、「何かあったときにって言いますが、この病気は言ったら何かが起きる病気なんですよね」と返すと、ハッとした顔をされたりします。
 

この返しは、僕自身の経験から生まれたものです。
 

会議室

 

僕はこれまで3回転職しているのですが、職場では常に上司にカミングアウトしてきています。陽性がわかった後に直属の上長になった方は全員僕の病気を知っています。
 

陽性判明当時、社員が1000人クラス、全国に支店や工場があるメーカーに勤務していたのですが、陽性告知後しばらくして、僕に転勤の話が出てきたのです。
 

年功序列的なところが残っている企業でしたので、順番でまわってくるものだったとはいえ、会社で一番大きな工場への栄転という良いお話・・・だったのですが、そこは山奥の工場でした。車の免許を持っていない僕の場合は、一番近いHIV診療をしてくれる病院まで、本数の少ないバスにタイミングよく乗って2時間、診療経験豊富な病院に限定すれば半日がかりというとんでもない場所でして。
 

まさしく「何かあったら困る」と思った僕は、先手を打って転勤は拒否したいアピールをすることにしたのですが、うまい理由がなく正直に病気を伝えてしまおうと思ったのでした。
 

会社の面談室で、部長と次長と課長という直属上司が揃った中で伝えるのは緊張したのですが、何とか伝えたところ全員が絶句。まあさすがに驚くだろうな、とは思ったのですが、続けて「勤務は問題なく続けられるが、医療環境上、勤務地・居住地ともに都市部を離れたくはない」という話をしたのがどうもうまく伝わらなかったのか、翌日から新しい仕事を振ってもらえない事態になったのです。
 

実はこの部署、商品企画の部署で、新しい仕事がこないというのは傍目から見ると仕事を干されている状態と変わりありません。しかし、サポート的な仕事はまわってくるので、窓際に追いやられている状態とも違う。そんなあるとき気がつきました。これは「勤務中に倒れてもフォローできるレベルに仕事をセーブされている」ということに。
 

僕の病気を知らない社員から見ると異常な業務分担なのですが、上長たちは何も理由は伝えませんでした。偉い人たちからは部下の出世コースを無理やり断ち切ったみたいな言われようになっていたようで、隠せば隠すほど【部下の秘密を抱えて鬱状態になる上司】と化していきました。「もう役員会に伝えてもいいんですよ」と僕のほうから言ったのですが、かたくなに拒否されたあげく、「会社に居づらくなる可能性があるから自分たち以外には言わないように」と口止めまでされる始末。ただ、現状十分に居づらかったので、親の介護が始まったタイミングで退職しました。たぶん最後まで、上長たちは「難病にかかっているのに無理して働こうとしていた社員」と僕を見ていたように思います。
 

ちなみに、転職した次の会社では、カミングアウトしたら「職場内で他者に感染させたら全責任をとるという念書を書け」と言われまして、先の会社の上司がいっていた「会社に居づらくなる可能性」が現実になったのを実感したのですが(役員会を巻き込んだ末にさっさと転職して辞めました)、こうした「感染源扱い」されるばかりではなくて、最初の会社のように過剰な気遣いの結果おかしな事態になることもあることを、勤務先でのカミングアウトを通して身をもって学びました。
 

だからこそ、「何かあったときのために周囲に病気を伝えておくこと」には賛成できないのです。HIVは「伝えたら何かが起きる病気」だからです。僕の職場での例で言えば、このカミングアウトは結局誰にもメリットをもたらしていないのです。
 

逆にカミングアウトによるメリットがあるとするなら、それはこの病気とどう向き合うかの環境が既に整っている場でのカミングアウトだと思います(こちらについても経験に基づいているのですがその話はまた別の機会に)。
 

僕が初対面の人に病気を伝える理由のひとつは、そのことを考えてほしいからです。身近な人からのカミングアウトでは混乱する人も、病気をオープンにしている知らない他人の話に耳を傾けるときは、あらかじめわかっているぶん、そこまで混乱はしないでしょう。
 

ヒューマンライブラリー2014

Human Library2014
 

ちなみに直近では、11/30(日)に、明治大学中野キャンパスで行われる「Human Library」というイベントに「HIV陽性者の本」として参加します。少人数での対話形式なので、聞きたいことを何でも聞いていただければなと思っていますし、僕だけではなく様々なマイノリティーの方の話を聞くことができる面白いイベントです。興味があるかたはぜひご来場ください。
 

ヒューマンライブラリー
http://www.meiji.ac.jp/nippon/info/2014/6t5h7p00000i07ad.html

記事をシェア

この記事を書いた人

桜沢良仁