“ひきこもりギョーカイ”の「最前線」でいま起きていること

あなたは「ひきこもり」という言葉からどんなイメージを思い浮かべますか。
 

部屋から一歩も出てこない世捨て人?
ネクラなコミュ障?
働きたくない怠け者?
世の中に順応できない社会不適合者?
 

もちろん「ひきこもり」もいろいろあるので、そうしたタイプがいないと言うつもりはありませんが、僕が出会ってきた当事者の多くは、そうしたステレオタイプなイメージからは程遠いユニークさと可能性、そして慈悲にあふれているように思います。
 

「ひきこもりフューチャーセッション 『庵 -IORI-』」

 

8月3日、高田馬場にある公共のホールで「ひきこもりフューチャーセッション『庵 -IORI-』」(以下「庵」)が開催されました。僕を含め、ジャーナリストやファシリテーター(「その場のやりとりを円滑にするための進行役」くらいの意味)をライフワークにするビジネスマンら有志で立ち上げ、「ひきこもり」当事者・経験者たちの意見を吸い上げながら続けてきた、今回で12回目となるイベントです。
 

「ひきこもり」の問題に取り組もうと決めてから、僕はいくつものシンポジウムなどに参加しました。ただ、そこには、「当事者」がいないし、「あまり関係ない人」もいない。ついでにいえば「ひきこもりギョーカイ」は事実上「若者支援」とほぼ同義とはいえ、肝心の当事者の多くは「若者」とは呼べない年齢に差し掛かっているのも実状。そんな中、ほとんどが「ひきこもりギョーカイ」関係の活動報告や有識者の演説に終始することに「違和感」と「もったいない感」がありました。
 

さまざまな社会課題やテーマの当事者や家族、またそれに直接的・間接的なかかわりや関心をもつ多様な参加者が一堂に会すのが特徴である「フューチャーセッション」を通じて、過去を悔い現状を嘆き将来を憂えるより、未来志向の対話をつうじてアイデアや情報を交換し、ポジティブで新しい社会の未来像を描き出そうと思い、私たちはイベントを実施しています。
 

フューチャーセッションの様子
フューチャーセッションの様子

 

各テーブルには前述の「ファシリテーター」がつき、発言が苦手なひとがいても、対話が円滑にすすむように促してくれたり、模造紙やホワイトボードに要点をわかりやすく文字やイラストで視覚化したりしてくれます。もちろん、しゃべりたくないひとは黙っていてもOKですし、挙動不審でも意味不明でも支離滅裂でも、だれも否定したり笑ったりしません。ドタキャンもドタ参も遅刻も早退も厭いません。
 

「庵」のメインテーマは「ひきこもりが問題にならない社会とは?」というもの。ゲストを招いて講演していただくこともありますが、あくまで主体は当事者を中心とした参加者一人ひとり。「ひきこもり」にまつわるテーマ(家族、しごと、お金、支援、障害…etc. )ごとにテーブルに分かれてグループセッション、つまり何人かで対話を行うのです。
 

「対話の場であり居場所であり「出会い系」である」
 

集まって「おしゃべり」することで何が変わるの?と思われるかもしれませんが、ここは対話の場であるとともに、居場所であり、ある意味では開放された「出会い系」です。
 

「庵」を始めた当初こそ参加者10人前後の場にすぎませんでしたが、今はコンスタントに70人前後が集まる場になり、毎回半分前後は「初参加」が占めるので、延べ人数は数百人に上ります。これだけの人数が集まると、いろいろな出会いや化学反応が生まれます。「庵」をきっかけにスピンオフした新しい動きも多数生まれています。
 

ひきこもり経験に価値を見い出す──当事者が講師を務める「ひきこもり大学」

 

「ひきこもったことから得たものだってあるよね」
「それを聞きたい、知りたい人もきっといる」
「当事者が求めるニーズを支援者が提供できていなかったり、家族の無理解が問題をこじらせていたりするならば当事者に教えを請うのが早道だよね」
 

ある回のセッションで挙げられた意見です。この意見を受け、当事者が講師を務める「ひきこもり大学」が“開校”しました。
 

公式HP:http://hikikomoridaigaku.jp/
 

これまで「生きていたいと思うようになりたい学科」・「メンタルヘルス学部アダルトチルドレン学科」・「失業学部中高年学科」など、提案者が命名したユニークな学部学科が開講されています。
 

ひきこもり大学の様子
ひきこもり大学の様子

 

講師となった当事者には、聴講生である参加者からの投げ銭方式で「ギャラ」が支払われまずが、ギャラが1万円を超えることもめずらしくはありません。
 

当事者がみずから動き出す「地殻変動」

 

先日の「ひきこもり大学」では「サバイバル学部「家を捨てよ、島へ出よう」学科」の講義が実施されました。講師は高橋優磨さん(25)。彼は、不登校やひきこもりの経験を経て、最近は「NEET株式会社」に取締役として参画するなど生き方を模索していたところ、「庵」で出会った元教諭で劇団を主宰する男性と出会い、男性が立ち上げる「愚放塾」というプログラムに参加するため小豆島への移住生活を決意しました。「愚放塾」は、現地の篤志家から提供された古民家をじぶんたちで手入れして暮らし、農業や演劇をつうじて生きる力を開花させようという滞在型の私塾です。
 

公式HP:http://guhoujuku.com/
 

高橋氏の講義を聴いた会場の参加者からは、思い切った決断への賛辞や応援とともに、「自分でも動き出したい」など影響を受けたというメッセージが寄せられました。
 

「地方にじぶんたちの居場所をつくる」
 

ひきこもり経験を持ち、東京で介護の仕事に就いているS原さんは地元の山梨にひきこもりの居場所がないことに問題意識を持っていたといいます。そんなときに参加した「庵」で刺激を受けて火がつき、「ないなら自分たちでつくろう」と動き始めました。タイミングよく地元で家族会発足の動きがあり、そこへ地元紙の山梨日日新聞が「ひきこもり」をテーマに1年がかりで紙面で取り上げると決めたことも追い風となりました。先月16日には家族会が主催する講演会と並行して、当事者の交流会が実施されました。
 

地元有力紙と当事者家族、そして当事者みずからが一体となり、地方の強みや資源を活かして「ひきこもり」のこれからの生きかたをつくろうとしています。「ひきこもり」にとって条件的に不利と言われがちな「地方」のやり方の試金石になるかもしれません。
 

彼らが大切にする「あたりまえ」だったはずのこと

 

遠く離れた島への移住に踏みきったり、みずから場作りのアクションを起こすなど彼らの積極性と行動力には驚かされます。
 

さらにここで注目したいのが、彼らはじぶん自身の将来も不透明だったり、いまなお苦悩や課題を抱えていたりする中でそれぞれのチャレンジに取り組んでいるわけですが、彼らが常に念頭に置いているのが「僕らがこうしてる今も一歩を踏み出せず、うずくまっているひと」のことなのです。
 

集まりやイベントに足を運べるようになったじぶんたちは、まだいい。精神的、経済的、その他さまざまな環境的要因などのハードルがあって、動けないひとがたくさんいる。たまたまひと足早く動けるようになったじぶんが「さらに困っているひとに、なにができるか」という思いを手放すことをしません。
 

ひきこもりやニート界隈には、和歌山などで、じぶんたちでコミュニティを手作りしようと行動を起こしている先駆者がほかにもいます。
 

“ひきこもり名人” 勝山実さん「ひきこもり村予定地はすでにある」
http://ponchi-blog.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/7-457b.html
 

“日本一有名なニート” phaさん『フルサトをつくる』
http://pha.hateblo.jp/entry/2014/04/27/224041
 

「おれ、たまたま動けるからさ、“人柱”やっとくわ」
「親は先に死んじゃうしさ、行き場を失っても駆け込める場所をつくっとけばちょっとは安心できるじゃん?」
 

彼らからも、僕はこんな言葉を聞きました。
 

彼ら「ひきこもり」のフロントランナーたちは、新たな暮らしかたや働きかたというテーマにいち早く反応して取り組みはじめており、時代を先取っているともいえます。しかし大切なのは「新しい」ということではありません。より非力なひと、不利な立場に置かれているひとを置き去りにしないことを優先しています。
 

人道的な意味ばかりでなく、それがもっとも共同体の持続可能性とパフォーマンスを上げることになる。「コミュニティにとって大切なこと」を彼らはひきこもり経験とナイーブで鋭い感覚で肌身にしみて知っているのです。
 

懇親会が超楽しい。

 

「庵」は、夕方にはセッションを終えて、いつもだいたい近くのサイゼリヤで「懇親会」をします。これを楽しみにやってくる参加者も多く、僕もこの時間が大好きです。
 

シリアスな話
どうでもいい話
「良識派」が聞いたら眉をひそめるような話
マニアック過ぎて誰もついていけない話
そして「ひきこもり」のこれからの話
 

それがいちいちおもしろい。あんまりおもしろいので、ここだけで話すだけだともったいないと思い、僕は「遠吠えラジオ」(初回のテーマは「宇宙」)というUST配信を始めてしまいました。
 

http://www.ustream.tv/channel/coyote%E9%81%A0%E5%90%A0%E3%81%88%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%82%AA
 

つまりは「ひきこもり界隈がいまおもしろい」のです。
 

もちろん空白期間の長期化や当事者の高年齢化など深刻な状況もあるけれど、あなたと会うことで、何かが変わる当事者がいるかもしれません。あなたも、変わるかもしれません。ぜひ「庵」に遊びにきてみてください。
 

(イベント案内)
偶数月の第1日曜に開催しており、次回は10月5日(日)13:00〜(予定)@下目黒住区センター レクリエーションホールです。
http://www.city.meguro.tokyo.jp/shisetsu/shisetsu/juku_center/shimome.html

記事をシェア

この記事を書いた人

川初真吾