前回、「社会人スキルでもスタンスでもなく大切なのは『社会人フィジカル』」の記事で、社会人としての能力を大きくスキルとフィジカルに分けて考えました。新入社員に対する「優秀なんだけど、なんか物足りない」感覚の正体をスキルの高さに対してフィジカルの弱さがあるためではないかという私の仮説をご紹介しましたが、今回は「社会人フィジカルと早期離職の関係性」について考えてみます。
皆さんは、早期離職する人はスキルに対して社会人フィジカルが高い人、それとも低い人、どちらだと思いますか。
私が直接お話しした多くの方は「スキルに対してフィジカルが低いと早期離職につながるのではないか」という意見を持っています。中には「社会人フィジカルが落ちてきているから、早期離職が増えている」と言う方もいらっしゃいました。
ただ、一言、申し上げておきたいのですが、早期離職の比率自体は20年前からほとんど変わっていません。仮に新入社員の社会人フィジカルが昔に比べて落ちているとした場合、社会人フィジカルと早期離職の相関関係はないという結論になります。
確かに、早期離職の量と社会人フィジカルの間には相関関係はないかもしれません。しかし、私は早期離職の質、つまり離職理由や離職に至った経緯とは関係性があるのではないかと考えています。
社会人フィジカルの部分が原因で、どのようなひとが早期離職に至るのかというと、スキルに比べて社会人フィジカルが高い人が、うつ病などによる早期離職につながりやすいと考えています。私が早期離職者インタビューをした中でも、うつ病などで退職する人は体調不良の症状が出てもすぐに退職しません。しばらくは多少無理をしてでも仕事を続けます。中には、通勤中に必ず気持ち悪くなって途中下車をしてしまうので、通常よりも2時間以上も早く家を出て、途中下車しながらでも定時には出社できる状態にしていたという人もいました。また、スキルで追いつかない部分はフィジカルで無理やり補うことを続けることで、身体に不調をきたしているケースも少なくありません。
これは、スポーツに例えてみても同じではないでしょうか。圧倒的な身体能力や恵まれた体格を武器にする選手は故障に悩まされます。相撲で言えば、昔の小錦、曙といった外国人力士が思い当りますし、サッカーで言えば、圧倒的なスピードを武器にした選手、元イングランド代表オーウェンやオランダ代表ロッべンなどです。彼らのスキルは低いわけではありません。ただ、最大の武器は体の大きさや筋力、スピードと言われていました。筋力や体格に頼るとどうしても、身体に無理な力がかかってしまい、その武器を長続きさせるのは難しいのだと思います。
一方で、野球選手では若い頃は力任せの剛速球で鳴らした選手が、年齢とともに技巧派に転向するケースもあります。最近だと、大リーグの松坂投手は以前は速球で鳴らしていたのに今は技巧派に転向しています。また、昨年引退した石井一久さんはかつては速球だけどコントロールが下手な投手だったのに、年齢を重ねてからは速球は遅くなってもコントロールと変化球に磨きがかかっていました。長年活躍できるスポーツ選手は、フィジカルだけに頼るのではなくスキルも確実に磨き続けています。
では、採用の段階ではフィジカルとスキル、どちらに目を向けるべきなのでしょうか。私は、基本的には社会人フィジカルを見るようにした方が良いと思います。スキルはフィジカルに比べると後で身に着けることが難しくないからです。
「スキルに比べてフィジカルが高い方がうつ病になっている」と言っておいて、なんだそれは!と思われるかもしれませんが、これは人材育成の方法を工夫することによって解決ができます。スキルよりも社会人フィジカルの高い人は、要求された仕事に対して、自分のスキル不足がわかっていても無理やりフィジカルで穴埋めをしようとします。一方、スキルが高くてフィジカルが低い人は高いレベルを要求されると新たなスキルを探すか、諦めてしまうのです。結果的にフィジカルが高い人の方が無理をして壊れてしまいます。大切なのは、本人のフィジカル、スキルの状態を把握し、レベルに応じた仕事の配分とスキルを身に着けさせることです。
現在のビジネスでは求められるスキルが多様化・高難度化しています。そして、求められるスキルの変化スピードも早くなっています。だからこそ、そのベースとなるフィジカルを鍛える必要があるのです。ただし、フィジカル頼みになってしまってはいつかどこかで壊れます。
スキル不足をフィジカルで補い続けた結果が、うつ病などの精神疾患が増えた今の日本ではないでしょうか。