前回の記事、発達障害から学ぶ?では、私の障害福祉分野への関わりを振り返りつつ、そこで私が実感した「両育」について書きました。今回は、学校が終わった放課後に、子ども達がどのように過ごしているのかについて、お付き合いのある福祉施設を例に記事にしました。
■障害福祉を巡る今
この1~2年、障害福祉に縁のない方も発達障害という言葉を耳にする機会が増えたのではないでしょうか。私がボランティアを始めた十数年前は知的障害、最近では発達障害という表現をよく耳にします。詳しくはライターの矢辺さんが、発達障害ってなんだ?判断基準が貧相な社会が発達障害を生むにて、記事にしていますのでご参照下さい。
とくに学習障害(LD)は、メディアでも頻繁に取り上げられるようになりました。子どものみならず、新入生や新入社員など成人になってから、本人または周囲が気づく学習障害が注目されています。発達障害の増加については、医学や臨床心理分野での進展、法制度の充実、それに伴う世間の認識向上、社会的要因による実数増加など様々な要因が挙げられていますが、その辺りは今後改めて書きます。
■障害を持った子ども達の放課後
私の対象現場である福祉施設に通ってくる子ども達は、主に家庭、学校(通常学級、特別支援学級、特別支援学校)、福祉施設と3つの場で、生活をし、教育を受け、療育を受けています。ここでいう福祉施設とは、学校が終わった後の児童館をイメージすると分かり易いと思います。放課後と春夏冬休みの利用時間を考慮すると、学校と施設の子ども達の滞在時間はほぼ1:1になります。制度的には、福祉施設で提供するサービスを次のように定義しています。
「学校通学中の障害児に対して、放課後や夏休み等の長期休暇中において、生活能力向上のための訓練等を継続的に提供することにより、学校教育と相まって障害児の自立を促進するとともに、放課後等の居場所づくりを推進する。」
これ以前の福祉サービスは、東京都心身障害者(児)通所訓練等事業、または障害者自立支援法に基づく児童デイサービスとして提供されていましたが、平成24年4月1日から児童福祉法に基づく、放課後等デイサービスへ改正されました。この改正によりサービス内容や助成制度に大きな変化が生じましたが、法制度変更による進展・課題についても詳しくは今後取り上げます。
■知的障害?発達障害?
昔からの区分である知的・身体・精神の3障害については、読者の皆さまも耳にしたことがあるのではないでしょうか。発達障害者支援法(平成17年4月施行)施行後は、発達障害という言葉も一般的になってきました。法制度の変更やアメリカ精神医学会が定める精神障害の診断と統計の手引き(DSM)改定などにより、障害の診断や呼称が少なからず変わってきます。現在、自閉症やアスペルガー症候群などはその最たるものです。
乱暴な表現をすると知的障害も発達障害も法律用語です。医学的な診断では、まとめて広汎性発達障害とされることが多いようです。私の記事では、これらを踏まえ、知的・発達障害とします。今後、法制度、医学、臨床心理での名称が統一されるようになれば、また表記も変えていきます。
■子ども達の学びのリアル
前置きが長くなってしまいましたが、子ども達の育成現場での療育、とくに個別指導についていくつか実例を挙げます。
【文字の獲得】
写真の通り、点と点を結びます。
*指導員が青色、子どもが黒色、出来たら赤丸
点の数を増やします。
ドットの数が増えていくと、文字に近づきます。
片仮名のイ
文字の獲得のどこが難しいのか、考えられる項目を挙げてみます。
・鉛筆を正しく持つ
・線を引くときの力加減
・直線と曲線の違いの認識
・線を重ねたくない、重ねたい等のこだわり
・手先の細かな動作が難しい
・目で見た情報を、鉛筆と手を通して書く
・模倣が難しい
・短期記憶、長期記憶に損傷がある
・書き順が難しい
文字を獲得したら次のステップです。
・文字を組み合わせて言葉にする
・言葉とモノの一致
・言語の獲得
健常な子どもは、上記のような一連の流れを発達に応じ、例えば丸の形は菱形の認識より前段階にあるといったように、段階を経て学習していきます。知的なハンデがある子どもの中には、脳機能的な損傷が見受けられることがあり、学習障害の子どもの中には、普通に会話ができるのに漢字が書けない子もいます。先天性の障害ではあるものの、イメージするとすれば、交通事故や脳卒中の後、ろれつが回らなくなる、数の概念が分からなくなる、カタカナの読み書きだけ抜け落ちるといったことと似ているといえば分かり易いでしょうか。損傷具合や程度にもよりますが、これらの障害も訓練により、ある程度回復することもできます。
片仮名→平仮名→漢字と難易度を挙げ、文字を獲得したら次のステップです。
・文字を組み合わせて言葉にする
・言葉とモノの一致
・言語の獲得
認知という点では、リンゴ一つとっても、赤いリンゴ、青いリンゴ、絵で描いたリンゴ、テレビに映るリンゴと様々です。見え方は違うけども、これらは同じリンゴであると認識する必要もあります。私たちが日ごろ当たり前のように認識し、使っている言葉にも、幾つもの要素があります。要素を最小化していくことで、分かり易く学ぶことができます。この積み重ねを経ると、写真の通り、文章や言葉でのやりとりができるようになります。
この点結びに限らず個別指導(療育)を行うには、子どもがまず落ち着いて椅子に座る、集中して目の前のことに取り組む意欲を持つ、指導員の指示に従う、模倣をするといった、学ぶための姿勢作りが何より重要になります。実際に学ぶまでの自主性の引き出しが療育の本質と言っても過言ではありません。あとは、それぞれの障害と課題に合わせたプログラムを如何に提供できるのかとなります。
【信号の判断】
赤は止まれ、青は渡っても大丈夫を覚えます。
最初は、室内で絵カードを用いて、歩く、止まるをやってみます。
次に、廊下でやってみます。
そして、人を変えてやってみます。
写真を使って確認してみます。
実際に信号を渡ってみます。
世の中には、信号無視をする人もいます。大人が信号無視をしても、信号機の色を判断して渡れるのか。そこまで考えて、練習すれば、子ども達は一人で家まで帰れるようになります。
【食べ物を味わう】
読者の皆さまも、苦手な食べ物を無理やり飲み込んだりした経験はないでしょうか。理由は様々ですが、子ども達の中には、噛まずに飲み込んで食べる子もいます。
例えば、胡瓜を薄く、とても長く切ったものを食べようとすれば、噛まなければ飲み込むことはできません。反射的に噛むことで、味があることを実感します。噛むと味がするということを実感できたら、次は違う食べ物で試して、色々な味があることを知ります。この繰り返しで、食べたことがない食べ物を苦手とする子も味わってみようかなとなっていきます。
施設によって理念も方針も違いますが、今回取り上げた施設では「親亡き後に、子ども達が少しでも自立した生活が行えた方が社会の中で幸せに生きていけるのではないか」という考えのもと、上記のような療育を指導者と児童のマンツーマンで行っています。
療育を辞書で引くと、障害をもつ子どもが社会的に自立することを目的として行われる医療と保育とがあります。施設によっては、脳の仕組みに着目したアプローチを試みているところもあります。
■療育のポイント?
私なりにまとめると下記の通りです。
・子どもと指導員(療育者)の信頼関係の構築
・非言語のやりとり
・子どもの着目・集中を引き出す
・子どもからの何かしらの発信を待つ、引き出す
・出来たら誉める。褒められる喜びを自信、達成感に繋げる
日頃から職員が大切にしていることは、理論と実践の一致だそうです。幾ら頭で考えていても、子ども達への行動が一貫していなければ意味がありません。また、今回取り上げたのは、小1~高3までの就学児童を対象にした療育ですが、未就学児童を対象にした施設では、障害にもよりますが、「人と関わりたい、関わってもいいな」と子どもが思えるようなアプローチをするそうです。
前回の記事にてボランティアとして、子ども達へのよいやりとり、そうでないやりとりについて触れました。それは、子どもの主体性を引き出せているのかどうかということです。あまりいい表現ではありませんが、子ども達の中には悪意なく、どちらかというと本能的に、相手を意のままに操る術が身についている子もいます。泣けば好きなことをさせてくれる、この人は自分のいうことを聞いてくれるといったように。療育者として関わるときは、ここの見極めが大切になります。
療育者の言葉を借りると、
「障害児教育には人と人の関わりの原点や教育の原点がある」
とのことです。
今回は、知的・発達障害児の置かれている現状と子ども達の放課後の育成環境の一例(福祉サービスが充実している自治体の一施設)についてお伝えしました。次回以降は、育成現場の実情や取り組み、現行制度の課題、育成環境の地域格差などについて掘り下げていきます。