湘北高校はブラック企業である

 
世間一般で言われているブラック企業は範囲が非常に広く、人によって定義が違います。そのため、どんな企業もブラック企業と言われてしまう可能性があります。ブラック企業の定義があいまい過ぎるが故に、元・現従業員が「この会社はブラックだ!」と言ったらそれだけでブラック企業と言われてしまう現実が広がっています。
 

ブラック企業かどうかは判断する人によって異なります。先日より、私自身のメディアでブラック企業について、記事を投稿しているのですが、今回はアラサー世代なら誰もが知っているスラムダンクを例に取って考えてみます。
 

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スラムダンクは、バスケットボールは素人だけど超人的な身体能力をもつ桜木花道が、一目惚れした相手に誘われるまま弱小の湘北高校バスケ部に入り、個性的なメンバーと衝突しながらも成長し、最後には無敵を誇る山王工業高校に勝つというストーリーです。個性的なメンバーのうちの一人が、キャプテンの赤木。彼こそが湘北高校をブラックにした張本人です。
 

彼の夢は全国制覇。身体が大きいものの技術はそれほどなかったために強豪校へは進学できず、湘北高校に進学します。全国制覇が夢の彼は部員に過酷な練習を強いたため、部員は次々に辞めていく状況になりました。それまで弱小だった湘北高校は、強くなりたいというよりもゲーム感覚でバスケを楽しみたいという部員がほとんど。だから一回戦負けでも悔しさを見せず「よくやったよな」と言って終わらせてしまう状態だったのです。
 

しかし、かつて名将と呼ばれた安西先生を慕って、一つ下には強豪からの誘いを断って宮城リョータが入部します。物語は中学時代から有名だった流川楓と、主人公の桜木花道が入部するところからスタートします。中学時代に県MVPながらバスケから離れていた三井寿も「安西先生、バスケがしたいです」という名言とともに復活し、湘北高校のメンバーが揃い、チームは一気に強豪へと駆け上がっていくわけです。物語の途中には、赤木の同級生できつい練習に耐え、地道に練習を続けていたメガネ君こと小暮公延が試合を決定づける3ポイントシュートを決めるシーンもあります。
 

本人達が望んでいるかどうかに関わらず、全国制覇という大きな夢を掲げ、それに向けて過酷な練習を課す。その影では多くの仲間が去っていくものの、最後には結果を残し、きつい環境にも耐えてきた人間が活躍する。
 

これは、いわゆるブラック企業と言われる企業の内実と共通点が多いと思いませんか?
 

公立高校の部活では、このような衝突はけっこう起きていると思います。実は私の高校もそんな感じがありました。私が通っていた高校は、公立で、どちらかと言えば進学校、毎日の宿題も多かった学校でした。しかし、偶然にも先生は元400mのアジアチャンピオン。一つ上の先輩と私たちの代に強い選手が多かったこともあり、練習はかなりきつかったです。その影響もあったのか、1年後には半数近くが退部していました。
 

話をスラムダンクに戻します。県立湘北高校は、最終的にはインターハイにも出場し、強豪の山王工業を倒しているので、赤木が部員に課した過酷な練習も美談になっていますが、これが一回戦負けだったら、赤木はただの迷惑な勘違い野郎なわけです(まぁ、それじゃマンガにならないんですが)。実際、湘北高校がインターハイに出られたのは、赤木の猛特訓のおかげというよりも、流川と桜木という二人のスーパールーキーが入部し、さらには三井が復活するという幸運に恵まれていたからなのです。
 

部活なので、退部しても大きな問題にはなりません。しかし、ブラック企業であれば、過酷な環境で退職した人は職を失うのです。しかも、本人達は“自己成長”とか“日本一”を目指しているのではなく、それなりにお金がもらえてワークライフバランスをとりながら生活できればいいと思っていたりします。同世代が多く、風通しが良いという雰囲気に共感し入社したにも関わらず、社長が“日本一を目指す”と言って過酷な労働環境を強いるというのは、ブラック企業なのではないでしょうか?
 

湘北高校のバスケ部はまさにその状態です。ただ、読者の誰も赤木のことをブラック経営者とは思わないでしょう。私もスラムダンクを読んでいるときにはそんなこと思いませんでしたし、赤木くらいストイックになれるのは凄いとすら思っていました。そして、赤木は部員を辞めさせようとしているわけではありません。強いバスケ部を目指して必死に練習をして、周囲にもその練習を求めただけなのです。
 

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世の中のブラック企業のほとんどは、スラムダンクの物語開始前の湘北高校バスケ部と同じ状況だと思うのです。決して悪気があるわけではない。本人達は真剣に仕事に取り組んでいる。でも、すべての人に理解されるわけではなく、人が辞め、ブラック企業と呼ばれ始める。
 

だからこそ、働く側は自分の大切にしている考え方と合っているのか、この会社は全国制覇が目標なのか、県大会一回戦負けでもいい会社なのか見極める必要があるのです。全国制覇を目指す人にとっては、一回戦負けでいいと思っている会社はストレスが溜まるでしょう。一回戦負けでいいと思っている人には、全国制覇を目指す会社の環境はあまりに過酷でしょう。「ブラック企業かもしれない」と不安になってネットで検索するよりは、自分は全国制覇を目指すのか、一回戦負けで良いのか?まずそこから考えた方が元気に働ける可能性は高いのです。
 

ただし、注意が必要なのは、部活でも引退試合の前だけ頑張ろうとする迷惑な3年生がいるように、企業でも気分によって、ワークライフバランスが大事と言ってみたり、突然「根性で頑張れ」と言い出したりという、自社がどちらを目指しているのか曖昧な経営者もたくさんいます。重要なのは、そういう経営陣がいる会社にひっかからないことなのです。

湘北高校はある面で考えればブラック企業です。しかし、スラムダンクが多くの人に愛されているように、湘北高校には魅力がたくさんあります。私も、スラムダンクは大好きです。ブラック企業でもあっても、人によっては湘北高校のように多くの魅力があるのではないでしょうか?
 

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この記事を書いた人

井上洋市朗

「なんか格好良さそうだし、給料もいいから」という理由でコンサルティング会社へ入社するも、リストラの手伝いをしてお金をもらうことに嫌気が差し2年足らずで退職。自分と同じように3年以内で辞める若者100人へ直接インタビューを行い、その結果を「早期離職白書」にまとめ発表。現在は株式会社カイラボ代表として組織・人事コンサルティングを行う傍ら、「生きづらい、働きづらい環境を変える方法」についての情報発信を行っている。