語彙力がないから伝わらない。だから、しんどい。

冬、それはアルコール消毒の時期。病院、学校、スーパー…。ありとあらゆるところに感染防止用の消毒液が置いてあって、「ご自由にどうぞ」って書かれていて。ほんとにありがたい季節だなって思います。
 

見つければ絶対に使う。とりあえずシュッってしとけば菌がいなくなるなんて手軽だし、すごく安心感があって、本当に毎日お世話になっております。なんなら、リュックの中に持ち運び用のスプレーも入っていて、最近なんか、学校のどこに消毒液が置いてあるか、何となくわかってきたところです。
 

潔癖
Photo by The Honest Company on Unsplash

皆さんは今、私のことをどんな人だと思いました?
 

8割9分9厘くらいで「きれい好き」「潔癖」「風邪引きたくなさすぎ」とか。そしてあと1割は「きもい」とか。わかる。私も傍目から見てたら引く。
 

こんな話を聞きました。「潔癖です」って配慮事項に書いた障害者雇用枠で働く方のこと。企業側は、男性社会のむさ苦しいカンジがする職場で、オフィスもキレイとは言い難い環境。最初はとても心配だったけれど、その方は、ウォーターサーバーの水も気にしないし、共用のものもガンガン使い、オフィスにも割と馴染んでくれた。「潔癖」ポイントは、毎朝机の上を拭くこととキーボードを拭くことなんだとか。
 

その話を聞いた時「…それは、潔癖か?」と思わず言ってしまいました。一定のキレイ好きな人はみんなやってる。それに私も福祉施設での実習中は、毎朝の掃除の一環として職員さんみんなの机を拭いていました。その人も、朝のルーチンが多いだけで、潔癖とは言い難いんじゃないか…。
 

そもそも潔癖に対するイメージがぼんやりしてたから、ちょっとグーグル先生に聞いてみました。
 

潔癖症、それは不正や不潔を嫌い、どんなものにも妥協しない完全なものを求める性格。また、不潔恐怖症。
 

不潔恐怖症は、汚れを過剰に気にすることであり、現実に汚れているかどうかが問題ではなく、いったん取りついた強迫観念を治めるために、さらに汚れを落とそうとするような脅迫行為を繰り返すこと。外出先のトイレの便座に座ることができない、第三者が作った料理や弁当を食べることができない、ドアノブや電車のつり革を掴めない、温泉に入れない、ネットでの買い物を受け取れないなど。
 

部屋が汚い潔癖症という人種もいるようで、彼らは「無機物ならあってもOK、自分のやったことならOK、汚いとこに触れないから掃除ができない」という性質を持っているらしい。
 

あれあれ、これはもしかして私も潔癖なのか…?
 

冒頭、あんなにアルコール消毒への愛を語りましたが、自分のことを潔癖と思ったことは一度もありません。掃除は苦手だし、他人の作ったご飯なんて余裕だし、コップの回し飲みもしちゃう。でも、外出先のトイレの便座はだめ。素手のおにぎりは躊躇するかも(ラップ使って)。共用の場所が汚いのは許せない。アルコール消毒に関しては「これを吹きかけとけばとりあえず清潔で安心」と思ってやってるもの。
 

結果として、私の自己評価は「アルコール消毒が好きな人」。これからも私は自分のことを潔癖症と称することはないでしょう。それは、潔癖症という言葉が相手にどんなイメージを与えるのかの想像がつくから。
 

語彙

言葉は、共通するイメージがあるから「言葉」として成り立っているもの。意味が当たってようがなかろうが関係なしにイメージされてしまうものがあるから、言葉を簡単に選んでしまうと、コミュニケーションのズレも生まれてしまうのです。
 

誰かに自分のことをわかってもらうため、何かを伝えるために私たちは言葉を使い、相手に理解してもらいたいのであれば、より分かりやすく、イメージが共有しやすい言葉を使う努力をしなくてはいけないのです。
 

最初の例でも、彼女が伝えたかった意図と配慮事項を受け取った相手との間では、認識のズレが生じていました。結果、会社の人たちは対応する必要の少ない事項まで対応しようとしていたり、本当に必要な配慮が手薄になってしまっていたりした可能性も考えられます。今回の例では大きな問題になってはいないようだけれど、ズレは防げたほうがいいに決まってます。
 

専門職以外の人に相談するときも、配慮してほしいときも、一緒。
 

「私、つらいんです」と言われた相談相手は「何がつらいのかな」「どうしたら力になれるだろう」と考え、いろいろな話を聞いてくれるかもしれません。その時に「いやなんか分からないけどつらくて」とだけ返されると、どうしてほしいのか混乱するに決まっています。
 

話を聞いて欲しいだけなら「話を聞いて欲しい」と、解決策を一緒に考えて欲しいのなら「どうすればいいか相談に乗って欲しい」と伝える。配慮してほしいのなら「○○をどうこうしてほしい」と伝える。そうすることで、自分と相手の認識のズレを少しでも減らした状態でコミュニケーションをとることができるようになるのではないでしょうか。
 

こんな内容のコラムだって、言葉を使って書いています。私の言葉はほんとうに伝わっているのでしょうか。
 

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この記事を書いた人

大竹結花