相手の話を聞くときは「共感はしても、同感はしない」-ナースカウンセラー池上枝里子さんに聞く「心の健康を保つスキル」

心身の調子が悪い人や、深刻な悩みを抱えている人の話を聞いていたら、自分も落ち込んでしまった。もしくは、調子が悪くなってしまった。それ以降、申し訳ないとは思いつつも、同じ人の話を聞くのは気が進まない…。そんな覚えがある人はいらっしゃいませんか。
 

その一方で、自分の心の健康を保ちながらも、相手の話を受け止められる人もいます。カウンセラーはその代表と言えるかもしれません。この差はどこから生まれるのでしょうか。
 

今回は、看護師の経験があり、今はナースカウンセラーとしてご活躍されている池上枝里子さんにインタビューをさせて頂きました。メンタルヘルスの専門家に聞く「心の健康を保つためのスキル」とは?
 


 

ナースから相談される心の悩みごと

 

池上さんは、現場の看護師として活躍された後、看護学校の教員を経て、昨年、カウンセリングルーム「スマイル・ココロオフィス」を開設しました。
 

開設前は、不登校の生徒や大学生のスクールカウンセラーを務めており、現在はご自身の経験を活かして、看護師の心の健康を保つナースカウンセラーとして活躍中です。今、カウンセリングルームに持ち込まれる相談はどのような内容のものが多いのでしょうか?
 

池上さん:相談内容はけっこう多岐に渡るんですよ。病院での悩み、看護師であることでの生活の悩み、看護師でないプライベートでの人間関係の悩みを相談する方もいます。でも、悩みというと「職場の人間関係」というのが大きいですね。
 

ー「職場の人間関係」は他の業界でも悩みの上位にあるイメージがあります。「職場の人間関係」の中には看護師ならではの悩みもあるのでしょうか?
 

池上さん:自分の看護観と病院の求める看護観が違うときに、シビアな人間関係の問題が発生するかもしれません。患者さんが目の前にいると、自分の看護観を信じて判断をしなくてはならない。でも、病院の求める看護観にも合わせなくてはならない。人間関係というより、組織方針や風土と自分の看護観のズレといったほうがいいかもしれません。看護師って、総合的に考えると、自分のやりたいようにはできないのです。
 

ー組織の方針や風土と自分の価値観の違い。その中で思うようにはできない葛藤が悩みにつながっていきます。他にもストレスを抱えやすい要因はあるのでしょうか?
 

池上さん:もともと持っている性格にしても、ストレスをためやすい性格の人が相談に来るというのもゼロじゃないかもしれないですね。私は看護学校の教員をしていた経験があるのですが、看護師に憧れる人の中には従順で誠実で真面目な人が多い印象なんです。すべてじゃないですけど。それに、看護師は「しっかりやらなきゃ」ということが好きな人が、きちっと仕事をできる部分もあります。
 

看護は「やってないけど、やったことにしちゃおう」といったことが許されない面がありますから、学校でもそういった倫理観を教育するので、自然と、真面目さとか従順さが育っていくんでしょうね。すると、自分にストレスをためることも多くなる。
 

ー看護師の職業柄の生きづらさは、もともと持ち合わせた性質に加えて、それをさらに伸ばす学校、病院といった環境も影響しているようです。しかし、看護師の皆さんは学校でストレスについてかなり学ばれているイメージがあります。だとしても、実際に自分のこととなると難しい部分もあるのでしょうか?
 

池上さん:たしかに学校で、ストレスのメカニズムについてはめちゃくちゃ学ぶんです。脳からこういうホルモンが出て…とか。でも、カウンセリングを学んでから気づいたんですけど「生活の中でこうしたらいい」とは教わらないんですよ。知識と行動が乖離しちゃう部分があるのかなと思います。
 


 

心の健康を保つためのスキルとは?

 

ー実際にカウンセリングの場で悩みを聞いていくにあたり、周囲からネガティブな影響を受けないためのテクニックはあるのでしょうか?
 

池上さん:相手をよく知ること。そして、自分のことを知る努力をすることですね。
 

ー具体的にいうと、どういうことでしょうか?
 

池上さん:相手を知るというのは「こういうことで悩む人には、こういう傾向があるな」とかを意識します。そうはいっても、偏見になってはいけないので、カウンセリングの時には真っさらにして、目の前にいる方の気持ち、考えの傾向を、状況とともにお聴きしています。
 

また、自分はどういう時にネガティブな観点になりやすいとか、自分もカウンセリングを受けて知っておくことです。相手の話を聴きながら、常に自分の感情の揺れ動きを感じています。相手の感情と自分の感情を区別しておきながら、話を聴くんです。これは、看護の現場でも結構やっていることですね。「これは患者さんの気持ちだから」「患者さんが痛いのであって、私の痛みとは違うから」など、相手に寄り添いながらも、これは私の気持ちではないと区別をします。
 

ー辛そうな人の話を聞いていると、自分も辛くなってしまう。そんな時には「自分と相手の感情を分ける」ことが出来ていないのかもしれません。カウンセリングではどうやってその区別を学ぶのでしょうか?
 

池上さん:基本的にカウンセリングでは相手に入り込みすぎないための、ニュートラルに関わっていく方法を学んでいくんです。このスキルは一般的にも結構使えるかもしれません。
 

人の話を聞くときは「共感して同感はしないこと」が大切です。同感だと主語が「私」になっちゃうんです。「私もそう思っています」とか。すると同情になって、「私の問題」になるから引きずられちゃう。共感の主語は「あなた」なので「あなたはそう思っているんですよね」となります。こうすれば、最初から切り分けて考えられるようになります。
 

ー「共感して同感はしない」ということは、頭で分かったとしても実行するのはなかなか難しそうです。これを実際に行うために大切なことは何でしょうか。
 

池上さん:常に自分の感情にアンテナを張り巡らせるのが一番だと思います。例えば、気持ちの揺れを感じたら「私は、今、どんな気持ち?」と問いかけてみる。すると「いたたまれない感じ」とか「落ち着かない感じ」とか「私は…」と主語をつけて自分の気持ちを思ってみる。それだけで、自分と患者さんとの気持ちの区別がついて楽になってきます。
 

看護師は、患者さんと話しているときに、「こんな気持ちになってはいけない」とか「患者さんに申し訳ない」など自分を否定する必要はないんです。患者さんと接しているときに、どんな気持ちになってもいいのです。ただそのまま「いたたまれない感じ」と自分の気持ちに気がつくことが大事ですね。
 


 

池上さん:そして時間があれば「なぜ、いたたまれなかった?」と考えてみる。すると「患者さんがあまりに辛いから、私が辛くなる」というふうに同感していることに気がつくと、その患者さんとのこれからのかかわりも楽になってきます。同感すると、つい、患者さんの苦しい気持ちや辛い思いを和らげてあげようと思ってしまうから、お話をお聞きするのがしんどくなってくるのです。和らげてあげようとアドバイスする必要はなく、気持ちを共感して、ただ聞くだけでいいのです。「辛いですね」と共感されると、患者さんの気持ちは和らいできます。
 

ーカウンセラーの方は毎日人の悩みに携わっています。それを続けながらも自分の健康を保つためには、ニュートラルに関わっていく方法が必須でしょう。自分自身に引き起こされるネガティブな心情の整理、周囲の人から受け取ってしまうネガティブな影響の整理。私たちにとっても、このニュートラルな関わり方は、必要な技術だと感じます。
 

期待ではなく、希望を持つ

 

ー池上さんは悩みを抱える当事者の方に対して「期待ではなく、希望を持つ」ということを大切にされていると伺いました。
 

池上さん:「期待」は、相手に、私の価値観や結果を押し付けていることになる。けれど「希望」は、こうなればいいな、という思い。カウンセリングでは「クライエントは、ご自分が望む姿に、ご自分で変化することができる」と信じています。これがカウンセラーの希望です。
 

期待は「私が期待する結果」であって、主語は「私」だから、クライエントが望む結果とは違ってくる。だから、クライエントにプレッシャーをかけることになってしまう。「希望」をもってお話をお聴きすることで「クライエントが望む結果」に、つまり、クライエントを主語にした結果をサポートできると思っています。
 

ー普段の人間関係の中でも「期待」と「希望」の違いを意識することって大切な気がします。
 

池上さん:日頃、家族や友人、仕事での人間関係でも、期待は「私の望むこと」だと知ると、人との関係も楽かもしれません。私の期待だから、その通りにならないこともある、と受け入れやすくなる。「そうなればいいな」という希望なら、いつまでもあきらめることなく、ずっと関係を築いていけると思います。だから私も日頃から、期待して相手にプレッシャーをかけていないかな?と振り返るようにしています。
 

ー池上さんへのインタビューを通して、自分の傾向ってあまり分かっていないなあと改めて感じました。自分のことを知らず、振り返る機会もなく、心は無防備なまま。この状態だと、周囲のネガティブな影響も受けやすくなってしまいます。
 

池上さん:日常生活でも、気持ちが揺れ動く場面に出くわしたら「私は今、どんな気持ち?」と、私を主語にした気持ちを意識してみてください。
 

感情はお天気のようなもので、良いも悪いもなく、どんな気持ちも大事な気持ちなのです。だから、自分にどんな気持ちがあってもよくて、気がついてあげることが大事。気がつくと、ネガティブな気持ちなら和らいでくるし、ポジティブな気持ちは大きくなって、さらにうれしくなってくる。自分の気持ちに敏感になることは、ストレスが多い厳しい環境で、心の健康を保つ第一歩になってきます。
 

ー感情はお天気のようなもの。明日の天気を気にして、ニュース番組で天気予報を見るように、自分の感情に敏感になることで、自分の心の健康を保っていく。私自身、自分の傾向が分かっていないと感じていましたが、まずはもう少し自分の感情に興味をもつことから始めてみようと思います。池上さん、ありがとうございました!
 

ライター:森本しおり
 

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この記事を書いた人

Plus-handicap 取材班