うつ病で休んでいるのは、決してサボっているわけではないんです。

はじめまして。元うつ病ナースの伊藤亜矢子と申します。夫が現在うつ病で、「うつ夫婦」の妻でもあります。看護師として働きながら、ブログ「GOOD!!Log」にて情報発信をしています。
 

このたび、プラス・ハンディキャップに寄稿させていただくことになりました。うつ病にまつわる「生きづらさ」をメインに書いていこうと思っています。
 

伊藤さん0916①
 

さて。最初の話題は、うつ病での休職についてです。
 

うつで休職することになると、長期間になってしまうことが多いです。2〜3ヶ月で復帰出来ればいいけれど、場合によってはそれ以上、1年単位での休職になってしまうことがあります。その長期にわたる休職に対して、「そんなに長々休めていいよね、こっちは1人いない分忙しいのに」なんて言っている人をたまにネット上で見かけます。これに対して、私は声を大にして言いたいのです。そんなに楽な暮らしをしているわけではない、と。
 

目に見えない病気で長期間休んでいると、サボっているように見えるかもしれません。けれど、つらいこともたくさんあるんです。何故休んでいるか。それは働ける状態じゃないから休んでいるわけです。ぱっと見ではわからない症状が、内面にたくさんあります。
 

眠れない。
朝のひどい憂うつ感。
食事が摂れない。
何をしても楽しくない。
ぼーっとする。
からだが鉛のようで、思うように動かせない。
薬を飲み始めれば、逆に強い眠気に襲われる。
症状は一進一退で、今日はいいかも、と思っても明日には悪くなっていたりする。
 

そんなの気力でどうにかなるでしょ、気の持ちようでしょ、って思うかもしれません。でも、その気力もないし、どうがんばろうとしたって、からだは全く動かない。どうにかしなきゃって思ったりもするけど、その思いとからだはつながらない。ただその場に存在しているだけで精一杯なのです。
 

うつ病というのは、明らかな症状が他人からはわかりにくいせいか、どうにも理解されにくい面があります。そのような方々からかけられる言葉がさらに追い詰めることにもなります。上にも書いたような、「気の持ちようでしょ」なんて言葉がその代表例。
 

「寝てばかりいたって仕方ないでしょ」
「もう休み始めてしばらく経つんだから、なにか出来ることしなさいよ」
「あなた、いつ会社に復帰するの?」
 

他にもいろいろ言われます。
 

そんな言葉を聞くたびに、「私は何をやっているんだろう…」と考え、焦り、無理に動こうとしてまた悪くなる、そんな悪循環に陥ります。誰かに何かを言われなかったとしても、考えが負のループに入っている頭では、自分で自分のことを責めてしまいます。
 

「同僚はこうしている間も仕事したりしているのに、自分は何をしているんだろう。」
「近所では子供が学校に行く声が聞こえるのに、自分だけどうして家にこもっているんだろう。」
「家族が食事の準備や身の回りのことをしてくれているのに、自分は何もしていない。」
「こんなんで、自分は生きている価値があるんだろうか…。」
 

そんなことを延々と考えていたりします。
 

人間、自分の存在価値を見いだせないと、誰でも生きる力をなくしてしまうんじゃないかと思います。その存在価値は、普段だと確認できる機会が日常に転がっています。仕事で成果を出すとか、家族に頼られるとか、何でも話せる友人がいるとか。そんな当たり前にあることでも、私たちは無意識に自分の存在する意味を感じていると思うんです。
 

それが、うつになると全く見えなくなる。仕事も家庭のことも出来なくなるし、友人と会う気力なんてない。まわりの人に迷惑をかけてばかり。そうなると、何もしていない自分は生きている価値はないと、自分を責めてしまうのです。毎日毎日、自責の念に駆られる日々。それは言葉では表せないくらい、つらいものです。
 

会社を休む、という行為自体は楽そうに見えます。働かなくたって、傷病手当金ももらえますしね。からだに不都合があるわけでもないし。それはそれは、楽に見えるでしょう。でも、仕事から離れる分は楽になったとしても、休んでいるからと言って日々気ままな生活をしているわけではないのです。
 

毎日うつ症状に悩まされ、自分の存在について自分で問いかけ続け、まわりが理解してくれない孤独の中にいる日々は、他の人が想像するより絶望的な毎日です。そんな状況から脱するには、時間がかかるのです。そのことを、ほんの少しだけでも分かっていただけたらと思います。
 

このライターの執筆記事

  1. 共依存という病がもたらした夫婦の結末
  2. うつ病から社会復帰への道のりー復職の難しさと心の波を乗り越える
  3. 「何がしたいかわからない」ーその希望を奪ったのは誰だ?