私がうつになった理由と再発予防に必要なこと

うつ病を発症してしまうに至った理由は、人によってさまざまだと思います。元々の性格かもしれないし、人間関係かもしれないし、仕事内容かもしれない。他にからだの病気があるかもしれません。
 

では、私の場合はどうだったのか。今回は私がうつ病になった理由と、再発しないために気をつけていることを書いてみたいと思います。
 

私がうつになった理由とは?

 

私がうつを発症してしまったのには、いくつか理由があると自分では思っています。
 

ひとつは、子供の頃からとにかくマジメだったという性格。
 

小学校のころから、わりと「出来る子」のイメージが周りについていました。周りよりちょっとだけお勉強が出来て、長女だからということもあって性格もしっかりしていたせいだと思います。小学校で班長などのリーダー的役割が多かったり、中学校で部活の副部長だったり、高校でも生徒会役員だったり。いつのまにかそんなイメージがついてしまって、気が付いたら自分でも、そんなイメージの自分を演じるようになっていました。他の子たちが、ちょっとイタズラなことをして盛り上がっていても、仲間に入れない。マジメな部分でしか周りに存在をアピールできない、不器用な部分があったのです。
 

もうひとつは、友達がうまく作れなかったという環境。
 

私は小学校に入学してすぐに引っ越すことになり、転校した経験があります。仲良くしていた友達の輪を離れて、新しい環境へ。そこでうまく馴染めなかったところから、人間関係を築くのがものすごく苦手になってしまったのです。
 

仲良くしてもらえなかった。話しかけることが出来なかった。私はひとり。そう思ってしまったことが、殻に閉じこもってしまう原因のひとつだったのかな、と思います。
 

そして最後にダメ押しをしたのが、看護師になった後の燃え尽き症候群。
 

学生の間、そんな満たされない思いを抱えながらも勉強などをがんばってこれたのは、「看護師になる」という目標があったから。親が応援してくれている、頑張っている私を他の人も認めてくれている。それに応えなくては。その思いだけが、私を奮い立たせていたのです。
 

そうやって、頑張って頑張って、看護師の資格を取ったけど、ココロは満たされなかった。資格は手に入ったけど、ココロにぽっかり穴があいてしまって、頑張らなきゃいけないのに、頑張れなくなってしまった。目標としていたものが完全にゴールになってしまって、それを達成してしまったらその先が見えなくなってしまったことも、発症の要因だと思います。
 

うつを発症した看護師1年目の秋

 

そんな私が最初にうつ病を発病したのは、看護師1年目の22歳の秋。今からちょうど、8年前。正確には、この時期に病院にかかり始めたというだけで、症状はもっと前から出ていたと思います。資格をとった燃え尽きで気持ちが途切れてしまって、でもなんとか仕事はしなくちゃという義務感だけで動いていました。
 

仕事に行くのが憂鬱。寝ているはずなんだけど、疲れが全く取れない。からだが重いから、とにかく横になっていたい。書かなきゃいけないレポートが、全く進まない。いつもならPCに向かえば何となく言葉が出てくるのに、出てこない。冷静に考えればしないようなミスを重ねる。食欲が全くない。突然熱を出したり、常に胃が痛かったり。出かける気力はないけれど、自分の部屋(病院の隣にある寮に住んでいた)には居たくないなんて思ったり。
 

そんな症状が少しずつゴールデンウィークの頃から出始めて、秋頃にはひどくなっていました。それでも何とか頑張ろうとしていたら、ある日出かけた繁華街で座りこんで動けなくなってしまって。どうしようもなくて、一番頼りになると思った職場の先輩に電話をしました。3コールくらいですぐに切ってしまったけど、異変を感じた先輩がすぐにコールバックしてくれて、私は救われました。そこから休職して、元の職場へ戻ろうともしたけれど、どうにも心もからだも拒否しているようで、戻ることができず。結局、退職してしまいました。これが、最初に発症したころです。
 

電源ボタン
 

1人暮らしでの再発

 

退職してしばらくしたあと、順調に回復した私は、いったん薬も通院も必要としなくなりました。しばらく派遣社員として働いて、1年弱の間、オーストラリアへワーキングホリデーに行きました。渡豪中は調子は悪くなかったけれど、たまにおかしいなと思うことはありました。
 

けれど、悪化することもなく帰国。就職のため福岡から再び関東へ出てきて、1人暮らしを開始。ここで、私は再発したのです。働き始めて1カ月過ぎたくらいで不調を感じてメンタルクリニックへ。以前内服していたものと同じ薬がどーんと処方され、うつでぼーっとするのか、薬でぼーっとするのか分からない状態に。寝過ぎて仕事に遅刻したり、ふらつき過ぎてグラスを派手に割ってしまったりすることも。そんなことが重なって、仕事はやめざるを得なくなってしまいました。
 

今考えれば、最初の不調は環境の変化による不安定さで、本来、薬はいらなかったのかもしれないとも感じます。前みたいに悪化させたくなくて早めに受診したのだけど、結果的にそれが悪い結果につながってしまった気がするのです。本当は、カウンセリングだけで良かったのかもしれないと、今になって思います。
 

職を転々として、横須賀へ。

 

その後、職についても長続きせず、という状態が続きました。そんなんじゃもちろん生活費もなくなって、家賃の安いシェアハウスに行ってみたり、当時付き合っていた人のアパートに転がりこんでみたり。お金がなくなって受診も出来なくなって、薬を独断でやめて、当然のことながら具合が悪くなったり。実家に帰れば良かったのかもしれないけど、そんな行動に出る気力もなく。
 

その後、なんだか運よく今の夫に出会い、夫の生活に合わせる形で横須賀へ引っ越しました。そこで安定するかと思いきや、なかなか良くならず。しばらくは毎週末泣いてた気もするし、病院に運ばれたこともあるし、声が出なくなったりしたことも。回復傾向になるまで、かなりの時間を要しました。
 

そんなことが重なって、夫もうつに。幸いなことに、その少し前から私の調子が良くなってきていたので、立場が逆転する形になりました。そうなってから、紆余曲折あって今に至ります。
 

風見馬車
 

これから再発しないために必要なこととは

 

今は乗り越えることができたとはいえ、うつはもう二度と経験したくないです。そのために私が気をつけていることがふたつあります。
 

ひとつは、自分を知ること。
 

先に書いたことが、自分をうつに追い込んだ原因。こういう思考のクセがある、周りに心を開けないのが良くない、そんな風に自分のことが分析出来たなら、対策が打てます。
 

マイナスに考えがちなら、プラスの面も考えてみるように心がける。うまく心を開けないなら、少しずつでいいから自分のことを話すようにしてみる。周りの人をすぐに受け入れられないのなら、プロのカウンセラーでもいい。話してみようとすることが大事なんです。
 

そしてもうひとつが、自分を認めてあげること。
 

うつに陥ったとき、何もかもうまく行かなくなったとき、「自分はダメな人間だ」と、自己否定しがちです。それがある限り、うつは良くならない。そう言ってもいいんじゃないかと思うくらい、自分を否定することは良くないと、私は思っています。
 

いいんですよ、うまく行かなくても。誰だって上手くいかないときはある。うつになったときなんて特にうまくいかないけど、それは病気なんだし、ココロが疲れてるんだから、仕方ない。悪いのはその人自身ではなく、病気なんだから。
 

うつ病になったのは、どこかに必ず原因がある。生きてきた中で生じた歪みが、うつという形で現れているだけのこと。だったら原因を解決して歪みを正せば、それまでよりはるかに生きやすい自分が待っているはず。きっと他のうつに悩む人もそうなんじゃないかと、うつの発症と寛解を繰り返した今、私はそんなふうに考えています。
 

※この記事は、ブログ「GOOD!! Log(http://www.ayk-i.com/)」の記事を加筆、修正したものです

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この記事を書いた人

小松 亜矢子

1984年生まれ。自衛隊中央病院高等看護学院卒、元うつ病のフリーライター。元精神科看護師。22歳でうつ病を発症し、寛解と再発を繰り返して今に至る。そんな中、自分自身のうつ病がきっかけで夫もうつになり、最終的に離婚。夫婦でうつになるということ、うつ病という病気の現実についてもっと知ってほしいと思い、ブログやウェブメディアを中心に情報発信中。孤独を感じるうつ病患者とその家族を少しでも減らすことが願い。