簡単に夢なんて語れない、児童養護施設退所者の進学格差、希望格差とは?

「夢を持とう!」や「人生でやりたいことって何?」と若者に対して質問を投げかける大人は、いつの時代にもいます。ポジティブな内容の質問ですし、悪い質問でもありません。ただ、先進国であり、世界有数の経済大国である日本でも、経済的な背景から夢なんて持てないという若者がいることも事実です。18歳で高校を卒業すると同時に、児童養護施設を出て行かなければならなくなる若者はその中に含まれます。
 

カナエール:チラシ
 

大学進学率20%、大学中退率30%という事実

 

児童養護施設退所者の大学進学率は全国平均75%に対して、20%。進学した大学での中退率は全国平均の3倍にあたる30%という数値が出ています。大学に進学しにくく、中退しやすいのが児童養護施設出身の若者たちです。
 

児童養護施設には親を頼れない子どもたちが約3万人生活していますが、彼/彼女らは18歳で高校卒業と同時に施設を退所することになります。親を頼れないということは、自分の力で生活しなければならないということ。例えば、大学に行くということになれば、衣食住に関わる自分の生活費はもちろん、学費もすべて自分自身が負担しなければならなくなります。施設で生活していることで、18歳から先の自分の人生がどのような状態に陥りやすいか分かっているぶん、進学という選択をとらない子どもが多いのです。
 

自力で学費を稼いでいたり、家にお金を入れている学生もいるとは思いますが、親元で育つ多くの子どもたちは、家族からの経済的な援助を受けながら学生生活を送ります。また、親元を離れて一人暮らしをしている学生もいますが、実家という帰る場所があります。経済的援助、そして帰る場所があるという2つの事実は、施設退所者の学生にはありません。お金と家族の温もりが、そもそも不足しているなか、学校に通い続けるのはなかなか難しいものがあります。また、周囲の学生が友達と遊んでいたり、楽しい時間を過ごしている裏で、学費と生活費を稼ぐためにアルバイトに勤しまなくてはいけないという状況は、身体的・精神的な疲弊を生み出します。中退が多いという事実も納得できるものです。
 

「夢があるんだったら苦しくても学生生活をやりきれよ」と言いたくなる部分もあるかもしれませんが、もし自分が同じ状況にあったとしたら、その言葉を前向きに受け取ることは難しいなと感じます。
 

幼い頃の生活環境が生み出す、学習環境へのハンディキャップ

 

児童養護施設へ入所するということは、多くの場合、家庭環境に何らかの問題が発生したことが原因です。古くは孤児院と言われたように、両親との死別が原因の上位でしたが、今は虐待や育児放棄といったものが主たる原因です。
 

NPO法人 ブリッジフォースマイル調べ
NPO法人 ブリッジフォースマイル調べ

 

家庭が落ち着ける環境ではないことが原因で、家庭内で宿題や勉強をする時間がない、勉強を教えてもらえない、学校に行かせてもらえないという様々な問題が発生します。家庭環境に問題がある状態で塾に行くことなんてほぼ不可能。結果として、学校の勉強の進度に追いつくことができなくなることがあります。また、児童相談所に、一時預けられたりすると、学校に通うことができなくなってしまうこともあり、施設に入所する以前に、学習環境に対するハンディキャップを大きく背負ってしまいます。
 

施設へ入所するとなれば、通っていた学校から転校する可能性が比較的高くなります。ただでさえ心の傷を抱えながら、学校の勉強の進度にも追いついていない状況で、一から友人関係を築いていくとなれば、たくさんの壁が待ち受けているのは言うまでもありません。家庭環境へのコンプレックスを抱え、自分が施設から通学していることを簡単には打ち明けられないことも加味すると、新しい学校で、安心して授業に臨めるようになるまでの時間も短くはないでしょう。
 

学習環境のハンディキャップが小学校の低学年のような比較的早い時期に発生すればするほど、授業についていけなくなる可能性が高まります。今の日本では、出遅れてしまうと挽回が利きにくく、また、先述の通り、経済的援助も見込めない状況であれば、塾や予備校にも通いにくいため、社会に出る以前の学生生活の時点で人生の選択肢が限られてしまいます。
 

児童養護施設という特殊な環境が生み出す、キャリア観へのハンディキャップ

 

児童養護施設は、子どもたちを守るという側面があります。入所している子どもたちの生活を守ることはもちろんですが、家庭環境に問題があった子どもたちが多いぶん、元の家族から子どもたちを守ることや、社会の偏見、周囲の目線などから守ることも役割として発生します。つまり、望む望まないに関わらず、閉鎖的にならざるを得ないのです。
 

親元で暮らす子どもであれば、塾に通う、習い事に通う、友達と遊ぶといったことは、当たり前なことかもしれませんが、様々な理由・背景を抱える子どもたちにとっては経験できないこと。小さい頃の経験の数がその後のキャリア観(自分自身がどのようなキャリアを描いていくか展望すること)を左右すると思えば、これは大きなハンディキャップになります。
 

施設で生活する子どもたちが普段見る大人は、施設の先生か学校の先生です。施設の子どもたち全体の面倒を見る、クラスの子どもたちを平等に見るという前提をもつ彼らは、1人の子どものためだけに時間を割くことが難しい仕事です。自分1人のために時間を無条件に作ってもらいやすい親という存在がなく、子どもたちの身近にいる大人がなかなか自分のためだけに時間を取ってもらえなければ、将来について相談できる時間は少なくなります。
 

また、施設の先生や学校の先生というのはスペシャリスト職であり、資格をとるための大学や専門学校が出身校となるため、先生の周りにいる大人もまた、同業者が多いという状況も発生します。結果として、多様な職業に触れる機会もまた、少なくなってしまう可能性があることは否めません。
 

児童養護施設は大前提として子どもが18歳を迎え、社会に出て行くまでの生活を支え、子どもたちを守るための施設です。キャリアを考えさせる一端まで担わせるというのは、あまりにも酷な話です。閉鎖的であることは仕方がない分、うまく外部と連携していくことで、施設を去っていく子どもたちの未来の選択肢を増やすことが大切なのではないかと感じます。
 

児童養護施設退所者の「資金」と「意欲」を支えるプログラム「カナエール」

 

高校卒業後の進学一つとっても大変であるという進学格差が存在し、多種多様な自分の夢を描き、実現させていくことには多くのハードルがあるという希望格差まで存在している児童養護施設出身の若者たち。そんな彼/彼女らの自立支援を行う認定NPO法人ブリッジフォースマイルの取り組みのひとつに、親を頼れない若者の進学の夢を叶えるスピーチコンテスト「カナエール」があります。
 

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カナエールは児童養護施設退所者が自らの夢を語ることで奨学金を獲得するスピーチコンテスト。2011年にスタートし、今年で4回目。過去3回は東京のみの開催でしたが、今年は横浜・福岡を加えた3箇所で開催されます。スピーチでは単に夢を語るだけではなく、夢を描いた背景と自分の過去との関係性が語られることもあり、夢を聞いて感動する、気持ちが震えるという以上に、今の自分たち自身の心と姿勢を考えさせられるような時間になります。コンテストの参加費がそのまま奨学金に充てられるため、参加者が多ければ多いほど、児童養護施設にいる子どもたちが自分の夢へ挑戦する機会を得ることができます。
 

意外と知られていない日本の若者の貧困、そしてそれがもたらす進学格差・希望格差の問題。少しでも興味をもたれたら、近くの会場でスピーチを聞いてみてください。スピーチを聞くだけで彼/彼女らの支援になります。
 

【東京会場】6月29日(日)13時半〜17時/日経ホール
【横浜会場】7月6日(日)13時半〜17時/開港記念会館
【福岡会場】7月6日(日)13時〜16時/レソラNTT夢天神ホール
 

カナエール公式HP:http://www.canayell.jp/contest/

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この記事を書いた人

佐々木 一成

1985年福岡市生まれ。生まれつき両足と右手に障害がある。障害者でありながら、健常者の世界でずっと生きてきた経験を生かし、「健常者の世界と障害者の世界を翻訳する」ことがミッション。過去は水泳でパラリンピックを目指し、今はシッティングバレーで目指している。障害者目線からの障害者雇用支援、障害者アスリート目線からの障害者スポーツ広報活動に力を入れるなど、当事者を意識した活動を行っている。2013年3月、Plus-handicapを立ち上げ、精力的に取材を行うなど、生きづらさの研究に余念がない。