明日あなたも、白なまずになるかも?

最近は、脳脊髄液減少症ネタを書いてきましたが、今回は違うテーマを書きます。
近しい女性が、ここ一年ほど白斑(はくはん)という病気で悩み、葛藤し、向き合っています。
 

白斑は、外見上の様子から“しろなまず”とも言われますが、正しくは尋常性白斑といい、発症率は人口の1%前後です。マイケル・ジャクソンも白斑であったと言われています。ググると画像や情報が、沢山出てきます。最近では、カネボウの美白化粧品による白斑被害が大きな社会問題となりました。
 

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尋常性白斑とは・・・
表皮内等にあるメラニン細胞のメラニン色素を作る機能が低下し、肌の色が白く抜ける後天性の症状。白斑が引き起こされる要因は現代医学では未解明だが、皮膚への直接刺激やストレス等が原因として挙げられる。尋常性白斑には、限局型白斑(体の一部のみに白斑が広がる)、汎発型白斑(全身及び体の左右に広がり、治り難い)、神経分節型白斑(神経の通り道に沿って体の片側のみに広がる)の三種類がある。皮膚内の色素量の低下に伴い、紫外線による皮膚癌の発症率も上がる。
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白斑は、直接的な痛み・かゆみはなく、見た目が最大の悩みになります。顔や手足など人目につく部分に真っ白なまだら模様ができたら、誰だって人前にでることを躊躇してしまいます。症状が進行して皮膚が頭皮に達すると、髪の毛や眉毛等も白くなります。以前、私が円形脱毛症により不毛地帯が7割に達した経験から推測・比較すると、白斑は隠すことが難しいでしょう。当事者でなければ、普段目にする機会が少なく、社会的な認知度もあまりないため、奇異な目で見られ、辛い状況にあると容易に推測できます。女性であればなおさら。治療効果が現れない場合、正常な皮膚を漂泊し、目立たなくする対処法もあります。それぐらい当事者には、辛いことなのでしょう。
 

ちなみにgoogle検索では、「白斑」は1400万件、私が患っている「脳脊髄液減少症」は45万件ヒットします。潜在患者数含めどちらも100万人前後ですが、ここ十数年で認知され治療が始まった脳脊髄液減少症とは、情報量、治療を行っている病院・方法など桁違いです。この差は、自らの病気を認識している人の比率、目に見えることから治癒させたいという切実さの表れでしょうか。しかしながら、私はつい最近まで白斑という病気を知りませんでしたし、街中でも意識したことはありませんでした。
 

1年前の白斑、未治療

*1年前に白斑を自覚した時の画像、耳や顎周辺の白い塊が白斑
 

4か月前の白斑、光線治療後

*今夏の光線治療後の画像、顎下や首元に新たに白斑出現、赤くなっているのは光線治療の痕

 

 

【当事者の白斑の悩み】

  1. ・周囲の視線が、常に気になる。
  2. ・原因が分からない。
  3. ・治るかどうか、分からない。
  4. ・白斑が拡大し続ける恐怖。
  5. ・頭髪、眉毛、まつ毛までも白くなる恐怖。
  6. ・1年間、治療効果を実感できない。むしろ悪化している。
  7. ・治療に継続した時間と費用を要する。

 

【当事者が現在受けている白斑治療】

  1. ・中波長紫外線を照射するUVB療法:波長308ナノメーターを放出するエキシマライトと311ナノメーターを放出するナローバンドUVBの照射を組み合わせた療法、白斑、乾癬や他の難治性皮膚疾患に有効性有。
  2. ・投薬:抗アレルギー薬(自己免疫疾患対策)、ビタミンC(皮膚の改善)
  3. ・死海光療法:詳しくはこちら

*今回は未使用ですが、もちろんステロイド系の薬もあるそうです。

 

【当事者の白斑の原因?(推測)】

  1. 数年前、長期間の激務による過労で倒れ、その際に顔の肌の状態が悪化した。
  2. それ以来、お肌の手入れ(薬の服用や塗布、光線治療、プラセンタ注射等)を色々と試してきた。
  3. 発症する1年前から大きなストレス(家族の介護や死別等)に晒された。
  4. 今では、白斑そのものが大きなストレスになっている。

 

日々の生活のなかで、ふとした拍子で白斑を意識して辛くなることも多々あるそうです。例えば、毎日鏡を見れば白斑が目につく、電車内で気を抜いているときに他人からジロジロ見られる等々。また、回復の兆しが見られないため、自費治療での皮膚移植等も検討しているそうです。
 

日頃、目に見えない病を抱えている私が、他者の目に見える病・悩みを記事にしました。記事を通して、見える・見えない、症状の重い・軽いだけでは推し量れない、他者の苦労が少しだけ垣間見られた気がします。
 

病気や怪我、障害は、否応なくその人の生き方に影響を与えます。その時が来たときに、当事者と周囲の人は、どのように考え、行動し、生きていくのでしょうか。私は、自らの病気を通して、拙いながらも発信していくことが大切だなと、10年掛けて気がつきました。
 

何とかしたい、何とかして欲しいのであれば常に声をあげていくしかない。これは、私の活動現場である知的・発達障害児の子ども達の育成現場でも常々感じていることです。今回も最後まで読んで頂きありがとうございました。
 

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