女性でも男性でもなく、同時にそのどちらでもあるような状態

私が自分の性自認について分かりにくさを承知で説明するとしたら「女性でも男性でもなく、同時にそのどちらでもある、あるいはその中間である」というふうになります。男なのか女なのかはっきりしてくれ、と思うかもしれませんが、実際そんな感じの感覚でいるのだからどうしようもありません。
 

私の身体は一応は男性で性分化疾患もありません。しかし、容姿はおおむね女性に見えるようで、初対面の人はほとんどの場合、私を女性だと認識します。
 

服装は女性らしい格好をする日もあれば中性的な格好をする日もありますが、基本的に男性性を強調するような服を着ることはありません。
 

声は女性のそれです。一応、声変わりは終わっているので男性的な声も出せるのですが、ボイストレーニングをして自然な女性的な声を出せるようにしました。
 

一人称は「僕」と「私」を使い分けています。
 

パブリックな場ではだいたい「私」を使い、友達との会話などのよりくだけた場では「僕」を使うことが多いです。「私」だとなんだかよそよそしい感じがしてしまう、という面もあるし、単純に「僕」という一人称が気に入っているという面もあります。書き言葉の場合「自分」を一人称に使うこともあります。
 


 

これらの点だけで見ると、私が女性になりたがっているように見えるかもしれません。
 

しかし、そこは微妙なところで「女性になりたいのか?」と聞かれても正直なところよく分かりません。他人から女性だと認識されるような容姿でいたいとは思っていますが、手術もして戸籍も変えて完全に女性になりたいか?というと、そこまでしたいとは思わないからです。
 

「自分がもし女性の身体を持って生まれていたら」ということは時々考えるし、自分は女性になりたいようだ、と思っていた時期もあります。女性であるということに嫉妬することもないわけではありません。もし生まれ変わることがあって、そのとき性別を選べるとしたら女性を選ぶかもしれないと思います。
 

ただその一方で、いまの自分の身体も”これはこれで”気に入ってはいます。
 

自分の容姿に対して色々と注文をつけたいところはあるし、女性らしさという点ではどうやっても生まれつきの女性には敵いません。男にしては華奢だし、見ようによってはそれなりにかわいい方だし、他人からは女性に見えているようだし、それならまあ良いか、という感じです。
 

男として生まれた割にはけっこう頑張ってるじゃないか、と。
 

それに、男性の身体を持っていることで得をしている面もあります。
 

まず、女性に比べ太りにくいので高カロリーなものを食べる時にあまり体重を気にする必要がありません。脂肪がつきにくい分脚の形もすらっとして細くなります。
 

また、私は音楽が好きなので、男性ボーカルの曲をキーを変えずに違和感なく歌えるというメリットもあります。私は基本的に自分の男性的な濁った声が嫌いで、わざわざ女性的な声を作るトレーニングまでしたわけですが、歌を歌うときはなぜか低い声を出すことに抵抗がなかったりします。
 

自分のことを「”一応”男です」というふうに言うこともあります。男性の身体を持っている人間を「男」と呼ぶのであれば、確かに私は男だからです。
 


 

社会的にどっちの性別で生活しているのか?というのは難しい問いです。
 

私は日々生活していて基本的に女性として扱われます。しかし、たとえば男性として生活していた頃を知っている友人からしたら、私は「なんかよく分からない奴」ではあっても「女性」ではないことでしょう。
 

あるいは中性ファッションをしている時の私はもしかしたら「中性的な男性」とか「髪の長い青年」だと認識されているかも分かりません。男性ボーカルの曲を歌えば性別はバレるわけだし、相手の驚く反応が面白くて「実は男です」と自分から言ってみることもあります。
 

なので「おおむね女性として生活している」というところが妥当な気がします。状況によっては私が女性ではないことが周囲の人間に知られていることがあるので「おおむね」です。
 

自分のなかで女性モードと男性(というか中性)モードが刻々と入れ替わっているような感覚もあります。女性的なファッションを好む時期が続いたかと思いきや、突然中性ファッションに目覚めてジェンダーレスな格好をし始めるようなこともあります。
 

そんな感じなので正直なところ、自分がいったいなんなのか自分でもよく分からないのです。
 

ただ、分からないから悩んでいるかというとそうとも言えず、自分のなかでは「好きな服を着て好きな髪型をしているだけ」という感じで完結しているようなところもあります。社会的な状況に応じて、その都度対外的に適当な性別を使い分けている、という面もけっこうあるかもしれません。
 

広く使われている言葉に頼るなら、私は「Xジェンダー」に該当することになるでしょう。Xジェンダーというのはものすごく大雑把に(ちゃんと説明すると長くなるので割愛させてください)説明するなら、男女以外の性別を志向する人のことです。
 

しかし、私はあまりこの言葉を自己紹介には使っていません。なんというかあまりしっくりこないからです。「ノンバイナリー(non-binary)」という言葉もありますが、これはこれで現状(2018年)の日本では知名度が低すぎる気がします。
 

「トランスジェンダー」というのはたぶん、私が自分を指し示すのにもっとも無難な言葉です。私がジェンダーをtrans(越境)しているのは間違いないからです。ただ、トランスジェンダー=MTF/FTMみたいな認識の人もいたりするので、これはこれで微妙な誤解を招くかもしれません。
 

なかなか難しいものです。
 


 

マンガ/アニメ文化のキャラクターの一類型として「男の娘」というものがありますよね。あれだと思ってくれればだいたい合ってます。身体的には男だけれど、容姿やジェンダー的には女性、というわけです。
 

男の娘というコンテンツは私がトランスするうえでひとつのロールモデルになったようなところがあります。ああいうものがあったから、私は自分の身体を受け入れることができている、というような面もあるかもしれません。なので「男の娘です」と自己紹介するのも自分としてはありなわけですが、まあこれだとふざけていると思われそうだし、なんだか説明になってないような気もします。
 

話を移して性指向について言えば、私はバイセクシャル、パンセクシャルにあたります。恋愛対象になる人に性別の区別がないタイプです。
 

もともとは女性のみが恋愛対象になる人間だったのですが、自分自身の性別がよく分からない感じになって来たからなのか、相手の性別も割とどうでも良いや、という風になっています。
 

自分の性別はよく分からないし、相手の性別はなんでも良い。こう書いてみるとずいぶんと曖昧な人間であるような気もしますが、実際にそんな感じなのだから仕方がなく、さらに言うなら、わたしはしょっちゅう自分をどう定義するかについて迷っているし、ここまで書いて来たことの確実性についてもあまり自信がないのです。
 

だから、あるとき新しく発見された地層から未知の化石が転がり落ちてきて、ここまで書いたことが全部ひっくり返ってしまうこともあるかもしれないし、あるいはもっと単純に、ここに書かれたことのいくつかを後になって振り返ってみると「アレは間違っていたな」ということになるかも分からない。
 

この文章を書いていると、まるで顕微鏡を使って地図を書いているような気がしてきます。
 

ただ、一点だけ明白に分かっていることがあります。それは「男性にはなりたくない」ということです。
 

私はいまの自分の身体をそれなりに受け容れることができているわけですが、それはこの身体が小柄で中性的だからです。ありがたいことに、私の身体は第二次性徴が始まってもあまり「男らしく」ならなかった。身長は中学生になったあたりからほとんど伸びなかったし、骨格がごつくなるということもあまりなかった。そのおかげで、自分のアイデンティティとしても社会的な扱いとしても男女どっちつかずのような状態でいられる、という面があります。
 

だからもし今のような生き方を続けるのが難しいような状況になったとしたら、つまり女性になるか男性になるかの二者択一を迫られたとしたら、私は躊躇なく女性になることを選ぶでしょう。
 

このことを踏まえたうえで再度冒頭の話に戻るなら、私の性自認は「非-男性」、つまり「男ではない存在である」というふうに定義できるかもしれない、とは思います。
 

このライターの執筆記事

  1. 女性でも男性でもなく、同時にそのどちらでもあるような状態