障害年金を受給することで生まれる「暮らしやすさ」と「心の葛藤」

母の尽力があり、障害年金受給者になりました。
 

以前、一度申請して落ちたときは、ちょっとホッとしたのですが、両親の老齢もあり「親としてあなたの将来の安心のために」と言われると、その気持ちが痛いほど解るだけに、断る気にもなれず…。再申請すると話されたときは、了承していました。
 

でも、いざ受給が決まると、友だちにも言いにくくて、ものすごく葛藤しています。私は本当に障害者というカテゴリーに属しているんだなという感じもありますし。それは、発病してから10年、ほぼ自力で通院&カウンセリング費用を捻出し、税金を納めてきたことを不意にするような感覚でもあります。
 

発病後は、7年かけて年商(←年収ではないけれど)800万まで回復させ、がんばりにがんばった挙句、再発して入退院を2度繰り返し、せっかくそこまでに育ててきた仕事と、その環境を壊してしまったことがあり、それ故の障害年金受給申請ではあったのだけど…ものすごく葛藤します。
 


 

障害年金をもらっている人に初めて出会ったのは、病気発覚後、初めて入院した後でした。
 

通院仲間で仲良くなった中の1人だった彼は、年齢でいったら新入社員的な年齢。たくさんの薬を飲んでいるにもかかわらず、思考もしっかりしていたし、病人には見えないタイプ。その彼は「障害年金を節約してる」と言っていました。
 

そこまでは良かったのだけど、「節約してブランド品を買ってる」と言われたときに、個人的に「ええ?!」という感覚があったことを覚えています。ヴィトンのキーケースとか、それどういうことなの?と。
 

嗜好品は生きていく上で大切にしていいことだと思うけれど、私が病気だと分かった後も必死に働いて、何とか稼いだお金で納めている税金が、パッと見は元気で、でも、医者の言うことを聞いてまだ働けないでいる、そんな若者の、ブランド品になっていることがあるんだと思うと、相当疑問だったのです。
 

当時の私は、ハイブランドについての知識が単なる贅沢品だと思っていたこともあり、また、病状に怯え、葛藤している時期でもあったので、そんなひとのための年金制度ってどうなの?不正受給ってどういうことなんだっけ?と考えたりしました。
 

ところが、今回、受給者になり…すごくすごく悩むのです。正直、年金はありがたいです。生命保険は入れないし、稼げるようになるかどうかも当然わかりません。医療費は、病気にまつわるものは自立支援でカバーされるものの、他は健常者と変わりません。ただ、私が感じていたモヤモヤを思うと葛藤するのです。
 

そもそも私は、どちらかといえば対人関係のストレスに過敏で、普通に振る舞える反面、二週間も経てば数日はパタンと崩れるようなペース。コンスタントに物事をこなせるだけの精神的な安定はまだないので、一般企業への就労は他者に迷惑をかけてしまうので難しいと感じています。
 


 

親の持ち家に住み、扶養家族に入り、自分がもともと起業していた会社を低空飛行で維持し、お小遣いみたいな金額で暮らしているのが現状。それは、起業した経営者によくある裏側(儲かるようになるまでは生活を切り詰め、実はサラリーマンの方が稼いでいたりする)を言い表してもいるし、別に落ち込むことではないのかもしれません。
 

主治医からは、頑張ることをほどほどにするよう指導はされていますが、稼がなくても入ってくるお金が多少あるというのはとても助かる反面、必死に頑張れなくなる原因のひとつとなるかもしれない不安が付きまといます。受給者になるので、コンスタントに払ってきた年金も支払わなくてよくなるし、コツコツ老後の安心のために入れてきた国民年金基金への支払いもなくなるのですが。
 

なのに、わー!これで安心だー!と、全く思えないから不思議です。
 

母に何度も確認したのは、これは不正受給にならないよね?ということ。正規の手続きを取っているのだから不正ではないと言われているし、そうなのだろうと思いつつも、じゃあ私は、贅沢品を買わずにいられるのか?というと、これを機に全く買わないですとは言い切れない。それって、私が「ええ?!」と思った子と同じことをする可能性があるということなのではないか?と。
 

本当に受け取っていいんだろうか?と葛藤します。
 

親から仕送られていたお金は基本的にプールしてきたので、同じように老後のための資金としてプールして「贅沢品を買うときは自分で稼いだお金から買えばいい」という話をしてくれた人もいたのだけれど、それだって微妙です。端からみて、その違いがわかるかどうか。
 

「ベース資金として受け取れないものなんですか?」という問いかけもあったのだけどとにかく気持ちは微妙。生活は間違いなく、助かる。ただ、気持ちとして、助かる反面、自尊心は多少傷つき、その結果苦しむことが解ったし、葛藤もするのです。
 

税金を納めている友だちから払ってもらっていると捉えると、許されるのだろうか?といった気持ちになるというか…。もちろんそれだけで安心して暮らせる十分な金額ではないから、当然働くのですが、わたしは自分に稼がせるためのアクセルがちゃんと踏めるのか?と思ったり。そのアクセルがちゃんと踏めないのは、果たして病気のせいなのだろうか?と悩ましく思ったりします。
 

お金って、難しい…。自尊心にも関わるし、生活にも関わるし。
考えているとお腹が痛くなってくるのでした。
 

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この記事を書いた人

石井 祥子