2012年5月に設立されたグリー株式会社の特例子会社である、グリービジネスオペレーションズ株式会社(以下GBO社)。30人ほどの障害者(そのほとんどが発達障害者)が働く桜木町のオフィスでは、スマートフォン向けゲームの品質管理、競合他社からリリースされているゲームの調査など、ゲーム業界独自の業務のサポートや、親会社の人事労務業務のサポート作業、DMやサンクスレターの梱包作業といった業務などが行われています。
「障害者は重要な人的資源。活用しない手はない。」と言うGBO社代表の福田智史さんに障害者雇用を進める企業の経営論を、現場でマネジメントを担う竹内稔貴さんに人材マネジメント論を伺いました。
「障害者雇用をやりたい」のではなく、「リソースとして活用したい」
代表の福田さんは3年前に設立されたGBO社の2代目の代表。現在の職に就いて1年半であり、グリープラットフォーム事業の現場から人事に異動した後、抜擢されました。グリーという会社全体の人事、採用状況を見て感じていた、加熱する人材獲得競争や採用費の高騰といった課題が頭にあったことで、障害者雇用は会社の課題解決の一端を担えるのではないかと考えました。
「日本全体で見ると、少子高齢化が進み、労働力人口は確実に減っていきます。自社で見ると、人材獲得競争が激しい環境下にあって、良い人材の採用には時間もお金もかけざるを得ないという経営課題がありました。人事では、多様なライフステージに対応できるような人事制度の導入やオフショア開発の推進、クラウドソーシングの活用などを考えはじめていたタイミングで、特例子会社の代表にならないかという声がかかりました。障害者雇用を経営課題の解決策の一つとして考え,障害者を活用する施策を練る。これは今の会社にとって重要だなと感じました。」
障害者雇用、特例子会社という言葉だけを見ると、どうしても福祉的な観点で見てしまいがちですが、GBO社の場合、そして福田さんの場合、その観点で語ることはできません。会社全体の利益を作っていくというなかで、特例子会社は一手段であるという、経営戦略として至極真っ当な姿勢が見え隠れします。
「親会社からの案件で業務を行う当社のKPI(業績評価指標)は、グリーのグループ全体の生産性向上につながればいいなと考えています。例えば、グリーの社員で行っていた業務をGBOの社員が請け負います。そうすれば彼らの就労機会を創出、そして、グリーの社員はより事業貢献度の高い業務に従事できるようになる。結果として利益が上がればwin-winです。グリーのグループ全体の利益にどうやって貢献できるか、事業会社として追っかけていきたいと思っています。」
ゲーム業界だからこそ活用できた障害者の特性
就任当初からやりがいを感じていたという福田さんは、障害者雇用に対して最初から知識があったわけではありません。他社事例を調べ上げ、自社で働く障害者社員と直接1on1で面談を行い、それぞれの特徴や特性を発掘しながら、業務の切り出しを行っていきました。
「障害者に関して、また多くの他社事例を学んでいくうちに、いわゆる単純作業のようなルーチンワークが障害者に向いていることは分かりましたが、全社員と面談していくうちに一括りにできないことも分かりました。単純作業が苦手なひともいるのです。健常者と同じで、社員個々には得手不得手があるんです。私自身は、現場にいたこともあり、会社全体を見回してどんな業務が存在しているかを把握していたので、業務の移管がうまくいったように思います。」
「面談をしているうちにゲームのことが大好きという社員が多いことが分かりました。週に何本もリリースされている競合他社の新作タイトル調査をする仕事があるんですが、これはゲーム好きじゃないと集中力が続かないですし、一定以上のやり込みができて客観的にゲームの評価ができる人材が適任なんです。GBOにいた!大きな発見でした。」
自社で開発したゲームのバグの発見や改善の提案、競合他社のゲームの調査など業界独自の業務を行う社員さんもいれば、親会社のバックオフィス業務の請負を行う社員さんもいます。他の子会社のバックオフィス業務の請負も進めており、親会社からの評価もどんどん上がってきていると言います。受けられる業務・受けられない業務などの判断軸はどこにあるのでしょうか。
「健常者が行っている仕事を障害者に移管することで、成果物のクオリティが大きく落ちそうな仕事は受けないことが前提です。一般雇用における人材育成では、失敗経験を多く積ませ、そこから自発的に学ばせることも大事ですが、障害者雇用、特に発達障害者の人材育成の場合は逆です。成功体験を優先させています。失敗経験から過度にストレスがかかることはよくないと考えています。この業務は今のメンバーで受けることが可能か否かというスクリーニングをすることが、健常者スタッフである私たちの重要な役目のひとつです。」
自社の障害者メンバーの能力や勤怠状況を把握しながら、現場の仕事を理解している健常者メンバーが仕事を切り出し、提案をしていく。互いの特徴をつかみ、強みを活かす。親会社と特例子会社の関係性の中でも、障害者のマネジメントの鉄則が活用できるという好例ではないでしょうか。
障害者社員の業務パフォーマンスを正当に評価する
「スタート地点がフェアじゃないというのはよくないと思う」というのは福田さんの言葉ですが、障害者は自身の障害や社会の障壁によって、健常者とは違う位置からのスタートにならざるを得ない場合があります。障害者雇用という枠組み自体、その一例になりますが、障害者社員に対する評価への福田さん自身の意見は非常に説得力のあるものでした。
「障害があるというだけで評価の水準が制限されてしまうことはフェアではないと思います。評価に関しては、一般雇用と同じく、個々の業務能力に応じた適正な評価がされるべきと思うんです。障害特性に配慮せざるを得ない、できる仕事に制限が入る場合は、少なくとも、その時点での評価が低くても仕方がない。そこから一緒に成長して評価をあげていきましょう、私はそう考えています。特例子会社は一般雇用と社会福祉の間に位置するもの。障害者社員の業務パフォーマンスを正当に評価するという流れのハブになる必要が、私たちにはあると思います。」
いくら障害者社員が仕事をひたむきに頑張ったとしても、その成果が正当に評価されなければ、働く意欲の低下やパフォーマンスの低下につながります。障害者雇用は法定雇用率という側面からどうしても「採用」ばかりに目がいきますが、「定着」を図ることで雇用率を下げないことも重要です。教育や育成、モチベーションコントロールなど、健常者社員が当たり前に受け取っているものを障害者社員が当たり前に受け取ることが、これからの障害者雇用に重要になってくるのではないでしょうか。
障害者を採る、定着させる、マネジメントする
桜木町のオフィスで障害者社員を実際にマネジメントする竹内さん。「グリーグループへの事業貢献を通じ、日本中の障害者に向けて明るい未来を照らす」というミッションの達成に向けて、日々障害者社員とともに働いています。
「障害があるとは言っても、皆さんスキルや能力を持っているメンバー。サーバのエンジニア、パソコン教室の元講師、マニアックなほどのゲーム好きなど優秀なひとが多いので、どう活かすかを考えることが楽しいです。活かせる業務は何だろうと考え、マッチングしていく。これはマネジメントの面白さですね。共に働くことに難しさはあまり感じたことがありませんが、障害特性上、勤怠が不安定になったり、精神の不安定が見受けられたりするので、そのケアに取り組むことはありますね。」
平均年齢31歳で現在30名の障害者社員(精神障害者なかでも発達障害者の割合が9割程度)が働くGBO社。竹内さんの言葉にあったような優秀な社員が集まる企業は、どのような点に着目して採用選考を進め、どのように定着を図っていくのでしょうか。
「勤怠の安定、職場マナー、社会的常識、PCスキル、ITリテラシーなど様々な観点で選考しています。特に勤怠に関してはきちんと確認しています。」
「ずっと採用活動をしていることもあって、最近ではGBOさんにこのひとが向いていると思うんですと、就労支援機関からアドバイスをもらえるようにもなりました。また、面接を常に行っていることで経験値が貯まっていることも事実ですね。」
「種類としていろいろな業務を請け負っているので、入ってきた社員の特性に合わせた仕事を手配できることが強みかもしれません。他の特例子会社の担当者の悩みとして「業務がない」ということが多いらしいんですが、当社は困ったことがないんです。幸い、親会社からGBOの仕事のクオリティが良いという評価もいただいていて、クチコミも広がっているので、今は追い風かもしれません。」
健常者スタッフはコストである
優秀な社員はリーダー・サブリーダーに登用されるGBO社。健常者スタッフ不在で仕事が回るといいます。障害者が障害者をマネジメントする。一見、無理ではないかと捉えがちですが、そんなことはありません。
「当社の場合は和があるひとがリーダーに向いています。いろいろな個性をもつひとをうまく調整でき、うまくまとめられるひとです。また、親会社からの業務の急な変更などがあります。障害特性上、こだわりが強い場合もあるので、それを受け止められるかどうかも大事です。」
社内の表彰制度での表彰などもあり、リーダーへの抜擢などを含め、働く意欲の向上を図る施策を打つことで、よりパフォーマンスが発揮しやすい環境が整備されています。
「幸運なことに優秀な社員を採用することができ、一人ひとり成果を出してくれているので、障害者を雇用した実績としてモデルケースになるのではないかと思っていますし、しなくてはいけないと思っています。障害者だけで仕事が進められる組織が出来上がりつつあるので、私たち健常者スタッフがコストです。これからのベンチャーICT企業に対して、障害者雇用の先行事例として展開していかなくてはという決意もありますね。」
働く意欲が強い障害者社員は絶対に成長してほしい、そして成長させるという想いは今回取材させていただいたお2人から伝わってくるものでした。この想いを働いている障害者社員が受け止め、日々の仕事で成果を出し続けているからこそ、障害者雇用がうまく進んでいるのかもしれません。福祉的観点ではなく、ビジネスの観点から障害者雇用を考えるGBO社から学ぶことは有益なものが多いのではないでしょうか。