筋ジスと向き合う小澤綾子さんが、仕事に主婦に歌に活躍できる理由とは?

20歳のときに進行性の難病である筋ジストロフィー(以下、筋ジス)と診断を受け、「あと10年で車椅子、その先は寝たきり」と宣告された小澤綾子さん。生きていく意味が分からないと絶望していた過去があると言いますが、今の綾子さんを目の前にすると、そんな過去が想像できないほど、生き生きと活躍しています。仕事では活躍したいと言い、プライベートでは新婚ほやほやで、歌ではCDを出すために挑戦している綾子さんの素顔を取材してきました。
 

綾子さん写真
 

仕事で活躍するために戦略的に考える。

 

大学卒業と同時にシステムエンジニアとして外資系企業に就職した綾子さん。同期には絶対に負けたくない。そんな野心を抱きながら働き始めました。
 

「入社当初、出世したい、会社で頑張りたいという気持ちが強かったんですよ。稼ぐぞ!みたいな。ただ周りが優秀で競争が大変。また、自分の体のことを考えても、終電まで仕事とか徹夜して翌日の仕事に臨むとか無理。SE(システムエンジニア)の仕事って体力勝負じゃないですか?仕事のやり方を工夫するとか、キャリアを見直すとか、戦略的に仕事を考えるようになりました。これは今も変わりません。」

 

筋ジストロフィーは筋肉がどんどん無くなる病気、破壊された筋肉が再生されない病気です。病気が原因となって障害認定を受けることになりますが(綾子さんは1級)、障害者としてバリバリに働き続けることに難しさはないのでしょうか。
 

「社内で誰もが知っているような存在として、視覚障害者の管理職の方がいて、研究職から成果を出し続けてキャリアの階段を駆け上がっていらっしゃるんです。会社の文化として障害とか関係ないんですよ。配慮してもらえる部分はありますが、仕事で成果を出すことを求められます。」

 

障害者にとっても平等に機会が与えられるような環境の中で、いかに出世やキャリア構築を考え、行動に移していくのか。綾子さんの考え方は非常にシンプルです。
 

「強みを生かす。やりたいことに特化する。そこです。人前で話すことが好きで、文系出身なので理系脳には勝てない。だからチームをまとめるポジションやプロマネとしてのキャリアを歩もうと考えました。やったこと以上に魅せるプレゼンをしたり、チームとしての成果を導けるように工夫して、その工夫もアピールしたりして、突破してきました。体力勝負のSEは体のことを考えるとずっと続けられないなと思っていたので、結果として、仕事面、体調面、性格面から、ベターな選択だったかなと思います。」

 

自己啓発本などに「自分で自分を経営する」という言葉が使われることがありますが、その言葉通り、綾子さんは自分の状況を把握しながら、うまくキャリアを構築しています。
 

「これって普通じゃない?障害とか関係ない話じゃないですか?」回答を終えたときに発した綾子さんの言葉は非常に本質的でした。
 

綾子さん写真①
 

結婚する資格なんてないと思ってた。

 

会社の同期と5年半付き合って昨秋結婚した綾子さん。今は新婚ほやほやで幸せなひとときを過ごしていますが、結婚という2文字に対して、様々な感情が交錯していたようです。
 

「私は結婚できないと思っていたんです。自分の人生に結婚なんて単語が入るとは思っていませんでした。結婚ってお互いに支え合うイメージがあったんですけど、私には無理だなあって。結婚する資格なんてないと思ってたんですよね。この話を夫にすると、へえ、そうなの、意外だなあって言われて。いやいやこっちはめちゃくちゃグルグル考えてたんですけどって。」

 

遺伝の可能性がある先天性の障害をもつ障害者の場合は、その問題から結婚や出産に対して後ろ向きな方は少なくありません。また、パートナーの両親や親族が、障害者との結婚に否定的であることも多いです。この記事を書いている私自身も先天性の障害者なので、妻の実家に初めて挨拶に行ったときの緊張感は一生で一番のものでした。
 

「親に会ってくれない?と言われたときはめちゃくちゃ緊張しました。旦那とは5年付き合ってきたから、全部とは言えないけど受け入れてくれるのかな、いやいややっぱり無理かなとか考え始めて不安で不安で。実は、自分の両親も、相手の親御さんに会うって言ったら、不安そうだったんですよね。」

 

実際に相手の実家の両親に会ったとき、心配していたことが嘘のように、何事もなかったという綾子さん。あまりにも何もなかったことがかえって不安となり、帰り際にもやもやしていたものをぶつけたそうです。
 

「帰りがけにすみませんって謝ったんです。障害とか病気とかある私ですみませんという気持ちで。そしたら、「できないことがあるのはお互い様だし、苦手なことがあるのもみんな一緒。むしろ、綾子さんこそ、あんな息子でいいの?」って。大号泣ですよね。自分自身に対して、完全にスッキリしているわけではないけれど、せっかくこんな風に言ってくれる家族と出会えたんだし、やってみようかなという気持ちで主婦生活が始まりました。」

 

もし、自分の子どものパートナーが先天性の障害者だったら、手放しでOKを出せるか。自分自身が先天性の障害者であるという背景がありながらも、綾子さんも私自身も簡単には頷けないという意見が出ました。だからこそ、互いのパートナーの家族は強いよね、凄いよねと。力強いパートナーと家族の支えは、綾子さんの充実した生活をより前進させました。
 

綾子さん(結婚式写真)
 

健常者を見るとうらやましいし妬ましい(笑)

 

筋ジスという病気は、先々、歩くことが難しくなる、今できていることができなくなるといったことを自覚させます。綾子さんははっきりと健常者がうらやましいと話します。
 

「目的なく生きてるような健常者とか見ると、その時間と体くれよって本当に思いますよね(笑)。こっちは元気な時間が少ないし、健康な体と心が欲しいと思うことがいっぱいある。日曜にダラダラとテレビ見ながら一日終わるとかやってみたいけど、その時間が惜しい。」

 

綾子さんの時間に対する強烈な想いを聞くと、自分自身の生活を反省しないと気が済まなくなってしまいます。ただ、綾子さんの健常者に対する、一種の嫉妬心は、分かりやすい冗談話にも聞こえ、嫌味な響きは一切ありません。それは、自身の病気や症状、障害を受容できているからのように感じます。
 

「昔はこんな体じゃなかったらなあと思ってたけど、今は、乗りたい電車に乗れず駆け込み乗車できない自分に気づいたときくらいです、体を恨むのは。なりたい自分になれている、やりたいことができるようになったからかなあ。歌うこともそうだし。「充実した生活を送っていてうらやましいです」なんて言葉を最近いただいたんですけど、まさか障害を持った自分がそんな存在になるとは。ちょっと嬉しいかもしれません。」

 

過去と現在は受容していても、進行性である筋ジスの場合、明日の症状、1週間後の症状、1年後の症状は予測できません。未来が予測できないことは皆変わらないものですが、歩けなくなる、動けなくなるという未来が待っていることに対する不安はないのでしょうか。
 

「今後に関しては向き合えていないですね。進行って結構残酷なもので、ちょっと進行するだけで毎回毎回受容しなくてはならない壁が来るんです。これからも辛いこと、悲しいことの連続。でも、ここまで一段一段階段を上ってきているから、次もどうにかなるかもと思いつつ、乗り越えられるか全然分からないなと思います。だからかもしれませんが、自分の数年後に当たるロールモデルを探そうとしていますよね。病気が悪化して寝たきりで仕事している方とか、進行性の病気を抱えながら妊娠、出産している方とか。プラハンでも誰かいたら紹介してくださいね。」

 

綾子さん(結婚式写真②)
 

病気を患っているからこそ、患っていないひとに対して、思うことがある。障害者だからこそ、健常者に対して、思うことがある。比較論で考えると、厳しい環境にいるほうが、相手を羨み、妬み、苦しい想いをするということはたくさんあります。綾子さんが絶望していた時期は、自身の状況を受け容れるための葛藤もさることながら、他者との比較に苦しんでいたのだと思います。
 

しかし、今の綾子さんの生き方は非常にシンプルで、「自分の時間を自分のやりたいことのためにどのように使うか」という根本があり、いい意味で病気や障害、他者のことを考えていません。変えることができない現実は割り切り、今をどのように生きていくのかという判断と決断の連続が、充実した人生につながり、たくさんの応援が集まるのだと思います。
 

シンガーとしての顔をもつ綾子さんは、自身の歌のCD化にもチャレンジ中(Readyforにて)。歩けなくなっても、動けなくなっても、何か面白いことをやっていくんだろうなと感じられる綾子さんから、私たちが学び取れるものはとてつもなく大きいです。

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この記事を書いた人

佐々木 一成

1985年福岡市生まれ。生まれつき両足と右手に障害がある。障害者でありながら、健常者の世界でずっと生きてきた経験を生かし、「健常者の世界と障害者の世界を翻訳する」ことがミッション。過去は水泳でパラリンピックを目指し、今はシッティングバレーで目指している。障害者目線からの障害者雇用支援、障害者アスリート目線からの障害者スポーツ広報活動に力を入れるなど、当事者を意識した活動を行っている。2013年3月、Plus-handicapを立ち上げ、精力的に取材を行うなど、生きづらさの研究に余念がない。