2014年8月1日からスタートした「ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014」。障害者とプロのアーティストが手を組み、作品を創作。その展示が横浜の象の鼻テラスで行われています。
今回、総合ディレクターの栗栖良依さんに作品の数々を案内してもらいながら、パラトリエンナーレに懸ける想いやビジョンを伺いました。「伴奏者(アカンパニスト)」という存在を明確にし、育て上げていくことで、障害者ならではの類い稀な才能を活かした作品を展開しているパラトリエンナーレ。その背景や裏側をお話しして頂きました。
「支援者」ではなく「伴奏者」。一流の伴奏者を育て上げる。
アーティストと障害者施設がコラボし、新しいものづくりを始めようというプロジェクトが発端となり、「SLOW LABEL(スローレーベル)」という雑貨ブランドを立ち上げた栗栖さん。障害者に対する福祉的なアプローチだけでは、独特のクリエイティビティを発揮する障害者の才能を活かすことは難しいことに気がつきました。
障害者には障害者ならではの独特の感性がある。それは今回展示している作品を見て頂けると分かると思います。作品として面白い。ただ、この才能は福祉的な観点でアプローチしたんじゃ活かしきれない。才能ある障害者の表現活動に、一流のクリエイターが協働することで、今までにない作品が生まれるのかもしれない。その実験の過程を紹介するのがこのパラトリエンナーレです。
「SLOW LABEL」の活動を通じて、「伴奏者(アカンパニスト)」というコンセプトに気づきました。独特の感性を生かした創作活動をサポートするプロフェッショナルな存在、それが伴奏者です。当事者に対して支援者という言葉が使われることが多いですが、私たちは伴奏者という存在を大切にしています。
当事者と支援者という関係性は、支援する側・される側という上下関係に似た関係性が喚起されやすいですが、伴奏者という言葉には共に進むイメージが湧きやすい。むしろ、才能ある者同士の対等な関係性を表せる言葉かもしれません。
伴奏者はその道のプロと言えど、障害者と協働するのは初めてのことが多い。夜型で作品を作っているひとが多い業界だったりするので、朝10時〜夕方4時までという作業所のスケジュールに合わせることが大変だったというこぼれ話を聞きました。クリエイター同士の当たり前が通用しないことで、伴奏者も鍛えられている。伴奏者が鍛えられていくことが実は重要で、彼らが障害者のことを知り、社会との接点を創り上げていくことができれば、その応用が実社会にもつながるのではと思っています。
障害者という言葉を死語にする。
障害者の作品展示会というと、参加することに意義があるというニュアンスが用いられることもありますが、あくまでもパラトリエンナーレは優れた才能と作品が集う場所です。
才能がある障害者はたくさんいると思いますが、作品を展示できる障害者はその中の限られた一握りのひとたち。ただ、作品を飾ることはできなくても、パラトリエンナーレに関わることはできる。ボランティアとして運営に関わることで参加した経験を積むとか。これが、創作へのモチベーションにつながったり、またボランティア活動したいという気持ちに繋がってもいいんです。
パラリンピックを目指すアスリートなど一握りの障害者を除けば、競争機会を得るチャンスは限られています。切磋琢磨できる環境が生まれる競争的要素は、才能の開花や未来思考への変換、現状からの改善活動などを生み出します。自らの可能性を掴もうとする障害者が増えれば、社会側の抱くネガティブなイメージが変わるかもしれません。
実際に多数の障害者がボランティアとして関わり、障害の種類や程度に応じて、自分たちができることを手伝っていることは、障害者ができることを広報する活動につながります。ボランティアに障害者が含まれていること、そしてその働きぶりを間近で見ることで、社会の障害者に対するイメージも変わっていくことを意図しているのです。
障害者の来場者の方も多く、例えば、目の不自由なひとや足の不自由なひとは鑑賞するにも一工夫いります。そこで鑑賞支援という活動を行っています。パラトリエンナーレは創作活動と展示会という時間を通じて伴奏者を育てていますが、それを日常に応用させるための実験が鑑賞支援です。
障害者という言葉を死語にするというエッジの利いたビジョンを掲げているパラトリエンナーレですが、運営に関わる業務を通じて、障害のあるひと、ないひとが出会い、その出会いが固定観念や常識観を揺さぶり、自身の経験に基づいた障害者観につなげる。このプロセスは理に適っているように感じます。最終的には、障害者や伴奏者といった言葉に囚われない状態を創ることが、社会に対してパラトリエンナーレが提供していく価値となるのかもしれないなと感じました。
2020年東京パラリンピックへの想い。
栗栖さんは7歳の時から創作ダンスを始め、勉強ではなく制作のために学校に行っていたと語ります。進路に迷っていたときに見たリレハンメルオリンピックの開会式に感動し、これをやりたい!演出したい!という想いが今の活動の原点となっています。
私、学校では演劇部でもないのに、ずっとパフォーマンスを発表していたんですよ。そして、リレハンメル見て感動して、長野オリンピックでは選手村の文化プログラムと式典の仕事に携わってました。そのままずっと突き進んできました。ただ、2010年に骨肉腫になって一度その道をストップしたんです。
足に人工関節を入れて、これから先もなんとなく生きていけそうだなと思った後に見たのがロンドンパラリンピックの開会式。オリンピックよりもずっと面白い開会式だった。私はこれをやりたいんだと思って、気持ちがぐっと高まってきたんです。今やっているパラトリエンナーレは2020年の東京パラリンピックの開会式へ向けた道だと思っています。
今を「たまたま障害者なだけ」と語る栗栖さん。当事者になったからこそ見える世界もあるようですが、障害者の才能とその作品に惚れたからこそ、今の活動を展開されているそう。誰が創ったかということ以上に、純粋に作品を見て評価してほしい、作品自体が面白いという想いは、ここからつながっているような気がします。
8月23日〜26日のカトリーヌ・マジによるサーカスワークショップ、そして9月25日〜28日のペドロ・マシャドによるダンスワークショップと組んだのですが、これらはパラリンピックの開会式のパフォーマンスへの道だと考えています。知的障害のあるひととのサーカスを創作しているカトリーヌ・マジ、ロンドンのオリンピック・パラリンピックに参加したカンドゥーコ・ダンス・カンパニーから、ダンスによって障害をもつアーティストの可能性に魅せられているペドロ・マシャドを呼んだことは私の本気の表れです。ご興味がある方はぜひ!一緒に2020年に参加しましょう!
独特な作品群が展示されているヨコハマ・パラトリエンナーレ2014。ぜひ一度足を運んでみてほしいなと思います。パラトリエンナーレはコア期間と呼ばれる、全作品の展示が9月7日までとなっています。
http://www.paratriennale.net/post-315/
ペドロ・マシャドによるダンスワークショップ(9月25日〜28日)
http://www.paratriennale.net/post-161/