「生まれつき」の障害者だからこそ付きまとう、子どもに障害があるかもしれないという不安

子どもが生まれて3ヶ月。新米パパとして子どものひとつひとつの成長に目を細めたり、育児で直面する様々な難しさに頭を悩ませたり。毎日の子育ての日々が楽しくもあり、大変さもあり、まとめれば充実しています。
 

生まれつき足が不自由な私にとって、自分に子どもができたことは、新たな障害者をひとり生み落とすことになるかもしれないという不安との戦いでもありました。生まれた瞬間、五体満足だったときの安心感というのは、「普通のひと」の出産後とはまた違う思いだったのではないかと思います。そのあたりの心情をまとめてみました。とはいえ、まだ自分の子どもに障害がないなんて言い切れないのが実情ですが。
 

父と子①
 

自分の障害は受容できても、子どもの障害は受容できない

 

障害者には大きく分けて先天性と後天性という2種類があります。先天性は生まれつき、後天性は生まれた後だと思って頂けると分かりやすいです。これは身体、知的、精神それぞれに当てはまるものです。
 

「先天性疾患による両下肢不完全及び機能障害」というのが私の障害になりますが、私がなぜ障害を負ったのかというのは原因は不明確です。遺伝的要素なのか、胎内時のトラブルなのか、詳細な原因は分かりません。ただ、分からないからこそ、自分の子どもが障害をもって生まれる可能性が否定できないというのが、私個人の大きな不安でした。妻に「子どもができた」と言われたとき、天にも昇る嬉しい気持ちだったことと同時に、一抹の不安がよぎりました。
 

遺伝的要素であれば、私の子どもである限り、障害児として生まれてくる可能性は通常の場合より高い。果たして自分の子どもはどうなのだろうか。
 

生まれつき足が不自由な私は、足がちゃんとある、ちゃんと歩けるといった状態を知りません。後天性の場合、事故や病気によって障害を負うことがほとんどなので、過去の自分と障害を負った後の自分のギャップに悩まされ、障害を受容できないということがありますが、私の場合はギャップもなければ、比較もないので、受容できるかできないかは本人の性格や生活環境に左右されることが多いです。実際、私は自分の障害に関して何か考え込むことはありませんでしたし、あっけらかんとしているものです。
 

しかし、自分の子どもとなれば、それは別の話。自分の子どもに障害があってほしいと祈るひとはほとんどいないと思いますが、私の場合、その祈りは他人の追随を許さないほど強いのではないかと思います。実際、仲の良い友人には、自分の心の内を話すことは多く、「障害あったらどうしようかな?こんな仕事してるからネタになるかな」と話していましたが、強がっていただけでした。内心は不安で不安で仕方がなかったことを思い出します。
 

自分自身の障害は受容できても、自分の子どもの障害は受容できない。これはまぎれもない真実です。もし自分の子どもに私と同じような障害があったら、自分で自分を責めよう、そんな気持ちと覚悟まで抱いていました。
 

生まれてすぐに確認したのは指の数

 

「やっぱり、手足の指、確認しました?ちゃんとあるかって?」
 

私と同じように生まれつき両足が不完全な友人に質問された言葉です。不謹慎と思う方もいるかもしれませんが、生まれつき障害があるひとにとっては、この確認作業は非常に重要なことです。生まれたばかりの自分の息子を見て、私が最初にとった行動も、手足がちゃんとあるか?動くか?指があるか?そんな確認作業でした。
 

父と子②
 

出生前診断というものがありますが、技術の最先端を駆使したエコー画像があっても、おそらく100%身体障害者かどうかは分からないでしょう。出てくるまで分からないなんて、どんな子どもであっても等しいのにもかかわらず、私は自分だけこんな悩みに悩まされているんだと孤独な気持ちに至ったこともありました。予定日が近づくほど、なおさらだったように思います。
 

だからこそ、生まれたときの確認作業は、無我夢中でした。妻に言わせれば、そんなこと気にしてたの?という感想でしたが、私にとっては気が気でない時間。無事に生まれてきてくれたことへの感謝と喜びもひとしおでしたが、生まれた瞬間は五体満足だったという事実認識と安堵感も忘れられません。
 

今後、自分の子どもに障害が見つかったら?

 

現状は、生まれた瞬間に障害がなかったというだけであって、今後の発育によって分かることもあるかもしれませんし、病気や事故といったことが理由で障害を負う可能性だってあります。ただ、私が抱き続けた不安は、生まれた瞬間に五体満足であるかどうかという一点に尽きます。それ以外のことは、私自身だけというよりも、ほとんどのパパさんママさんが抱く不安や怖れと似ていると思います。
 

生まれた瞬間以降に起こりうることは「しょうがないよね」という一言で私は片を付けてしまうかもしれません。子どもが障害を負うといったことが発生すると、葛藤し、悩み苦しむこともあると思いますが、私にとっては子どもが生まれた瞬間の障害の有無が自己肯定感を揺るがす大事であって、それ以外のことはアクシデントだと割り切って受容できてしまう気がします。生まれつきの障害は完全に自分の責任ではないかと自分を責めてしまいそうでしたが、それ以降の問題は、どう立ち向かおうかと思考を整理できそうな感覚を抱いています。他人から見ればいびつな精神構造だと言われそうですが、30年間障害と付き合ってきた自分自身の内面は、そんな構造で折り合いがついているのです。
 

同じ障害者であっても、障害者の気持ちを理解することはできません。ただ、自分の子どもが障害者になっても「障害者」という括りの中での先輩として、方向性を伝えることはできるのではないかなと思います。「普通の人」からすれば違う道を生きてきたかもしれないからこそ(こんな判断軸は生理的に大嫌いですが)、父親としてのいい背中を見せられることもあるのかもしれません。
 

(最終パラグラフの一部を2015年10月に加筆修正しました)

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この記事を書いた人

佐々木 一成

1985年福岡市生まれ。生まれつき両足と右手に障害がある。障害者でありながら、健常者の世界でずっと生きてきた経験を生かし、「健常者の世界と障害者の世界を翻訳する」ことがミッション。過去は水泳でパラリンピックを目指し、今はシッティングバレーで目指している。障害者目線からの障害者雇用支援、障害者アスリート目線からの障害者スポーツ広報活動に力を入れるなど、当事者を意識した活動を行っている。2013年3月、Plus-handicapを立ち上げ、精力的に取材を行うなど、生きづらさの研究に余念がない。