心の声と向き合う。保健師の相談事例から学ぶ、現代人の心のために必要なたったひとつのスキルとは?

皆さん、こんにちは。心と体の健康を守るナースの杉本九実です。
 

私は保健師として、企業で働く方の健康管理やメンタルヘルス相談などを中心に活動しています。その中でも、最近特に多いのがメンタルヘルスのご相談です。今回は、私が保健師として受けた2つのメンタルヘルス相談事例から分かる、現代人の心のために必要なたったひとつのスキルについてお話しします。
 

■ケース1「仕事がつらい。でも辞めたくない。」面談で泣き崩れた新入社員のAさん
 

【状況と相談内容】

入社して半年ほど経過した新入社員のAさん。新入社員研修の一環で、半年間の仕事や生活、健康を振り返る面談を保健師とするために、健康相談室にやってきました。入ってくるなり泣き崩れるAさん。目はうつろで表情も乏しく、明らかにメンタルダウン状態でした。しばらくして落ち着きを取り戻し、Aさんは徐々に話し始めました。
 

nayami3
 

Aさん:「私、仕事ができないんです。いつもまわりの人に怒られて、迷惑かけて。自分ではがんばってるつもりなのに、どうして成果がでないのか、自分で自分が分からなくなりました。」
 

保健師:「まずはお話してくれてありがとうございます。Aさんは仕事のことで悩まれているのですね。何が一番つらいですか?」
 

Aさん:「仕事ができない自分に嫌気がさしています。何で自分はこうなんだろうって。3ヶ月くらい前からずっと悩んでいたけど、誰にも相談できなかった。仕事はつらいです。でも辞めたくはない。」
 

保健師:「ずっと一人で悩んでいたんですね。つらかったですね。ここまでよく一人でがんばってきました。夜は眠れていますか?体調が悪いところはないですか?」
 

Aさん:「夜は眠れています。でも、仕事が終わるのが遅いし、仕事の振り返りもしないといけないので、睡眠時間は少ないです。その分休日にずっと寝てしまって1日中家にいます。友達とショッピングに行くことが好きなのに、最近友達とも会えないし遊びにだって行けない。体調は悪くないけど、毎日疲れがとれません。」
 

【保健師からのケア内容とアドバイス】

Aさんはメンタルダウン状態にあり、客観的に自分自身をとらえる力が低下していたため、何によって自分が今苦しんでいて、泣き崩れるほどの状態になっているのか分からないという状況でした。まず、思考と感情の整理が必要だったので、「今一番何に悩んでいるのか」という問いを投げかけ、メンタルダウンしてしまった原因を明確にするところからスタートしました。
 

Aさんにとって一番の悩みは、「がんばっているのに仕事ができない自分が嫌い。自分自身が分からない。」ということです。そして、その悩みを助長させている原因は、誰にも相談せずに一人で抱え込んでいたことだと考えられます。悩みの原因を明確化する導き方をすること、相手が悩みながらも一人でがんばってきたことをほめることで、思考と感情のパニック状態が解除され、客観的に自分を見つめることができるようになります。メンタルヘルス相談では、実はここが最も重要なポイントです。
 

また、Aさんの場合は目がうつろで表情も乏しかったことから、すでに身体的な症状が出ている可能性が考えられました。メンタルダウン状態にあると、睡眠障害を起こしやすいので、睡眠障害や身体的症状の有無を確認します。すると、ふだんの睡眠時間が少なく、極度の疲労から休日を有効活用できていない生活を送っていることが分かりました。そして、気分転換やストレス解消に有効な、趣味の時間や利害関係のない人とかかわる時間がないことが、メンタルダウンの状態を悪化させている原因であることも分かりました。
 

以上のことから、Aさんは「仕事による極度の疲労と精神的ダメージによる身体的・精神的症状の悪化のおそれ」がある状態であり、産業医とともに経過をみていくことになりました。Aさんへのアドバイスとしては、起こりうる身体的・精神的症状の説明と、困ったときや悩みがあるときの相談窓口の提示、身近に相談できる人の確保、気分転換方法やストレス予防の基礎知識の提供などを行い、定期的に面談をして継続サポートをしています。
 

■ケース2「適応障害で休職後、復帰。再発しないか不安です。」中間管理職のBさん
 

【状況と相談内容】

適応障害で1カ月休職していた中間管理職のBさん。復職直後から数カ月は保健師による継続的なサポートが必要なので、復職後面談にやってきました。表情は硬く、緊張している様子です。現在、メンタルクリニックを受診中で精神安定剤と睡眠導入剤の内服をしています。復職してからの体調や精神状態について、仕事や日常生活を振り返りながら面談を始めました。
 

保健師:「復帰してみて、気持ちはいかがですか?体調はどうでしょう?」
 

Bさん:「まぁなんとか仕事できています。でも、いつか再発するんじゃないかと思って不安です。体調は薬をのんでいるので大丈夫です。ときどき気分の浮き沈みがあるくらいかな。」
 

保健師:「休まずに仕事に来られるようになってすばらしいですよ。再発するかもしれないと不安に思われているのですね。ときどき気分の浮き沈みがあるようですが、薬は処方通りに内服できていますか?」
 

Bさん:「たまに調子がいいと、薬をのまなかったり、回数を減らしたりして自分で調節しています。最近は調子がいい日が続くので、もう薬なしでも大丈夫かなって思っています。」
 

【保健師からのケア内容とアドバイス】

Bさんの場合は復職後なので、精神状態は比較的落ち着いていますが、再発への不安を抱いているため、それを長期的にサポートして徐々に緩和していくことが必要です。また、薬をのんだりのまなかったりと、内服状況にムラがあり、自己中断のおそれが高いことが分かりました。このようなケースは非常に多く、精神状態が安定してきたからといって、内服を自分の判断でやめてしまうと、症状が悪化して再発する可能性が高まってしまいます。Bさんにはそのリスクを予防するためのサポートが必要でした。
 

まず、適応障害に関してどのくらい知識があるか、その理解度の確認や、薬の効果と副作用についての説明などをして、自分の病気がどんなものでどんな治療をしているかを再認識してもらいます。正しい知識と客観的な視点を持つことによって、薬を自己中断することが再発の可能性を高めてしまうことを自分で考えて導き出せるようになります。この「自分で考える」ということが予防行動をとるための大事な一歩です。ここをサポートするのが保健師の大きな役割であると私は思っています。
 

Bさんはその後も、メンタルクリニックで経過をみながら、薬の自己中断や再発もせずに仕事を続けています。復職直後よりも表情が穏やかになり笑顔もみられるようになってきましたが、引き続き定期的に面談を繰り返して、保健師のサポートがなくても自立した予防行動がとれるようになるまで、Bさんをケアしていくことが必要です。
 

現代人の心の健康に必要なたったひとつのスキル
 

2つの事例は共に、あるスキルが不足していたことによってメンタル不調を引き起こしています。そのスキルとは「予防の力」です。
 

resize (1)
 

もし、Aさんが日ごろの疲れやストレスを解消するために、趣味のショッピングの時間をつくったり、友達や家族に自分の悩みを相談できていたりすれば、ここまで苦しまなくて済んだはずです。もし、Bさんが適応障害になる前に自分の不調を訴えることができる身近な人や上司がいたり、病気の基本的な知識があったりすれば、適応障害にならずに済んだかもしれません。
 

大切なことは、病気にならないように未然に防ぐ力や情報、相談相手を持つことです。それは病気になる一歩手前の状態では効力を発揮しません。「“健康”だから大丈夫。」と自分を過信するのは危険です。人は誰でも心や体の病気になるリスクを持っているので、健康なときから、病気を予防するための自分なりの予防策を持つ。これが、ストレス社会を生きる現代人に必要なたったひとつのスキルなのです。
 

※今回ご紹介した事例に関しては、プライバシー保護として個人が特定できないような内容に編集して記載し、配慮しております。

記事をシェア

この記事を書いた人

杉本九実

1985年生まれ。順天堂大学卒の看護師・保健師。憧れだったICU看護師となるが、理想と現実のギャップ、過労、ストレスにより心身のバランスを崩し、バーンアウト状態と診断され休職。休職中に訪れた旅で自然の「ありのままに生きる」姿に感化された経験を活かし、2013年PONOプロジェクトを設立。「ストレスやこころの病気を自然の中で楽しく予防しよう!」をコンセプトに、自然の力と看護スキルを活かした今までにない新しいメンタルヘルス事業を行う。